80 質問、そして驚愕
「質問がある。母上の部屋から戻った時、赤の客間のドアに鍵がかかっていたかどうかだ」
「かかっていませんでした。ノックはしましたが、返事がないのでドアノブを回すと開きました」
「では、すぐに部屋に入ることができたわけだな?」
「そうです。まずは私が中に入り、ドアを抑えました。ミリアム様は両手で大きな衣装箱を持っていたので」
「その時以外で鍵がかかっていなかった時はあったか?」
「私の知る限りはありません。クラリス様は鍵をきちんとかけていました。ダートランダー伯爵夫人の部屋から戻った時は、正装の変更があったのでお忙しかったのだと思います。ミリアム様が部屋を出る時にわざわざ応接間に行って鍵をかけるのは手間です。髪結いや化粧の途中であれば手が離せません。モード様の担当者はモード様の支度が優先です」
「母上の部屋から戻って来た時、メアリーが内鍵をかけたのか?」
「そうです。しっかりかけました」
「応接間に小さな箱があっただろう?」
「申し訳ありません。気づきませんでした。急いでミリアム様の支度をしないといけないと思っていたので……」
「では、箱を見ていないというか、気づかなかったわけだな?」
「そうです。でも、あとでマーサが応接間にあった箱を持ってきました。その箱のことでは?」
「化粧室から戻って来た時だな?」
「そうです」
「誰がマーサのためにドアの鍵を開けに行った?」
「あっ!」
メアリーは目を見開いた。
「私もクラリス様も寝室にいました! マーサは外鍵を持っていないので、廊下に出たら鍵をかけることができません! その時も鍵がかかっていなかったと思います!」
「では、マーサが化粧室に行ったあとで鍵をかけることもなければ、戻った時に鍵を開けることもなかったのだな?」
「そうです! マーサが部屋から出て行ったあとは鍵がかかっていない状態で、化粧室から戻って来た時にまた鍵をかけたということです。たぶん……」
メアリーの証言によって、鍵がかかっていない時間が増えた。
「マーサはどのくらいの時間いなかった?」
「わかりません。でも、召使い用の化粧室は距離があります。それなりにかかったと思います」
「そのあとは?」
「三人で片づけをしました。寝室が終わったので、私とクラリス様は一緒に化粧室へ行きました。マーサは衣装部屋で作業をしていたので、留守番役として残っていました」
「その時は鍵をかけたのか?」
「クラリス様が外鍵を使って鍵をかけました。開ける時も外鍵を使いました」
「その間、マーサは部屋の中に一人でいたということだな?」
「そうです。衣装部屋にいたのだと思います」
「そのあとでマーサが厨房に行ったはずだ。その時も鍵をかけていなかったのか?」
「いいえ、私がかけました」
お茶会の間は部屋で待機になる。
一時的な休憩として応接間のソファに座り、お茶会が終わるのを待つことになった。
マーサは小腹が空いたので厨房へ行くと言って部屋を出たため、メアリーがカギをかけた。
そのあとはクラリスと急な変更で大変だった、緑の靴がないらしい、絶対にあるはず、もしかするとダートランダー伯爵夫人の部屋にあるのではないかなどと話していた。
やがて、マーサがお茶とお菓子を持って戻って来た。
古参だけに特別な催しが屋敷であると余りものが出る。それが使用人に下げ渡されることを知っており、貰って来たことが説明された。
「お茶と菓子の話は初めて聞いた」
「あ……」
メアリーは困ったような表情になった。
「申し訳ありません。余りものは全員に下げ渡されるものではなく、もらえた者勝ち。大抵は厨房関係者で消えることが多いので、他の人には言わないように言われました……」
「全員に下げ渡されるはずでは?」
ミリアムはおかしと思った。
「茶会の菓子はそうだが、パーティーの余りものは別だ」
「よく考えたら茶会はまだ終わっていません。中断でした。マーサさんが貰って来たのはパーティーの余りものということですね?」
「恐らくはそうだと思います……」
メアリーが答えた。
「食器がない。それはどうした?」
「すぐに飲んで食べ、マーサが厨房へ戻しに行きました」
「証拠隠滅か」
「申し訳ありません! でも、厨房からいただいたものなので、厨房の許可はもらっていると思います」
「そうなると、マーサは厨房に二回行ったわけだな?」
「そうです」
「その時、ドアにカギをかけたのか?」
「私がかけました。マーサが戻った時にも私がドアを開け、また鍵をかけました」
「そのあとは?」
「仕事はひと段落つきましたが、モード様が戻られると晩餐会のための支度が始まります。ミリアム様はご帰宅される前に着替えることになりますので、どこで着替えるのかの連絡を待っていました。すると、マーリア様が来ました」
ミリアムの着替えをダートランダー伯爵夫人の部屋で行うかどうかの連絡だと思ったが、婚約指輪を取りに来たということだった。
そこでクラリスが衣装部屋にある金庫から箱を持って来た。
それを渡して再び休憩に入るが、しばらくするとマーリアが戻り、箱に指輪が入っていない、どういうことだと怒り出した。
クラリスは驚き、別の指輪の箱に入れてしまったのかもしれないと言って金庫の方へ行った。
マーリアもそれに続いて行くが、婚約指輪がないことが判明。すぐに探すよう指示された。
「マーサが衣装室、クラリス様が寝室、私が応接間を探すことになりました」
「マーリアは?」
「私たちの様子を見ながら、怪しそうな場所を探していました。でも、すぐには見つからなくて……」
しびれをきらしたマーリアは侍女長に報告しに行った。
そして、しばらくすると戻って来た。
「侍女長からダートランダー伯爵夫人に話すことになった、とにかく探すしかないと言われました。応接間にはないとクラリス様に伝えると、衣装部屋を見に行くため、もう一度寝室を探すよう言われました。懸命に探していると、ダートランダー伯爵家の方々、モード様、ミリアム様、侍女長が来ました」
「マーサが化粧室に行った時のことや飲食物のこと以外は他の者とほぼ同じような内容だ」
「そうですね。内容が一致します」
「大体わかった。寝室に行って手伝え」
「はい」
メアリーは一礼すると寝室に戻っていった。
「とりあえず、関係者の話は聞いた。なんとなくではあるが、どんな状況だったのかもわかった」
「そうですね」
「鍵がかかっていない時があったが、ミリアムが婚約指輪を見たがったのも、応接間で箱を放置したのも偶然だ。外部の者の仕業とは思いにくい。内部の者の仕業だとしても、計画的なものではないだろう」
「私もそう思います」
「信用のおける者ばかりだと思っていた。だというのに、このようなことは起きるとは……」
レイモンドの口調にはつらい気持ちがにじみ出ていた。
「魔が差したのだろうか?」
「わかりません。でも、気になることがあります」
「何だ?」
「モードが指輪をはずしてクラリスが箱にしまったあと、誰も指輪を見ていません。指輪の箱については何度も複数人が見ていますが、ずっと箱の中に指輪が入っていたのかどうかがわかりません」
「私もそれは気になった。ミリアムが応接間に箱を持って行ったあとでなくなったか、そもそも箱に入っていなかったことに気づかず持って行ったのかで、指輪が消えたタイミングが変わる」
「蓋を開けておけばよかったです。そうすれば、あの時に指輪が入っていたのかどうかを確認することができました」
ミリアムは猛烈に後悔の念を感じた。
「私が急いで通達をしに来たせいだ。一分ほど遅く到着すべきだった」
「配慮してくださるのは嬉しいのですが、やけに優しいですね? 何か事情が?」
「ミリアムはモードの友人だ。交友関係に影響が出ると、リチャードや私にも影響が出る」
「ちょっとしたご縁なのに、ここまで配慮くれるなんて思っていませんでした。私ではないと信じてくださる気持ちに応えるため、モードとリチャード様の婚約を守るために、婚約指輪が消えた謎を解きます!」
「ぜひそうしてほしい。私も考えるが、部屋にいて関係者と直接接していたミリアムの方がわかることが多そうだ。その場にいなければわからない雰囲気、何気ない仕草、言葉がヒントになるかもしれない」
「とりあえず、もう一度徹底的に部屋を探すしかありません。できればクラリス、マーサ、メアリー以外の者で。ただ、嫌な予感もするのです」
「嫌な予感?」
「部屋のどこかに指輪があったとします。そうなると、部屋にいた者の誰かがそこに指輪を隠したことになります。そのことについては確定だと思っていいですよね?」
「そうだな。別の者が隙を見て部屋に入り、誰にも気づかれないように指輪を隠すことは難しいだろう」
「神に誓いますが、私ではありません。モードでもありません。そうなると、怪しい対象者は全員ダートランダーの使用人です。不祥事というか、醜聞になったら困るのでは?」
「否定はしない。だが、絶対にあの指輪を見つけなくてはならない。どうしても見つからなければ警察に通報することになるだろう」
「見つかれば通報しない可能性もありますか?」
「なくはない。だが、魔が差して盗んだということであれば許されない。当然のことだが、解雇だ。犯罪者として警察に突き出す」
「それ以外の事情があった場合は?」
「それ以外の事情?」
「特別な事情です」
「どんな事情だ?」
「それはまだなんとも。でも、正直に話せば許すということであれば、正直に話してくれるかもしれませんよね?」
「ダートランダーの使用人であれば、いかにあの指輪が重要なものなのかをわかっているはずだ。どんな内容でも話せば許すというわけにはいかない。許すだけの理由があるかどうかを熟考した上で決めることになる。先に恩赦を約束することはできない」
「正直に話してくれても、それを信じるかどうかの問題にもなりそうです。盗むつもりはなかったと言っても、言い訳をしているだけだと思われるかもしれません。そう考えてしまうと、何を言われても知らないと言い張りますよね?」
レイモンドは眉をひそめた。
「まさか……誰の仕業かわかったのか?」
「私はダートランダーのお屋敷で働いている人を全員知っているわけではありません。モードの部屋にいたことから、クラリス、マーサ、メアリーが怪しいと思うのは普通ですよね?」
「普通だ。単純だと言われてしまうかもしれないが、現状ではそうなるだろう」
「身体検査をしましたが、誰も指輪を持っていません。そして、誰がこのようなことをしたのかを示す証拠もありません。ドアの鍵がかかっていなかった時があったので、怪しい人は不特定多数とも言えます。指輪が見つかったとしても、誰の仕業かわからないままになってしまいそうです」
「一番怪しいのは誰だ?」
「わかりません。レイモンド様、とりあえず指輪を見つけることを優先しませんか? そして見つかったら、私のせいにするのはどうでしょうか?」
レイモンドは驚愕のあまり目を見開いた。




