79 怪しい者
「まずはミリアムに謝罪する」
怒られると思っていたミリアムにとって、予想外の言葉だった。
「面倒なことに巻き込んでしまった。パーティーだけですぐに帰っていれば無関係。身体検査を受けるような目にも合わなかった。屈辱的だと感じたかもしれないが、疑っているわけではない。潔白を証明するためだということを理解してほしい」
「屈辱だなんて全く思っていません! 謝罪をするのは私の方です! とても大切な指輪を預かったのに置きっぱなしにするなんて……大大大失敗です! 本当に申し訳ありません! 絶対に見つけたいので、協力させてください!」
「改めて聞く。ミリアムは箱を受け取っただけで、指輪を見ていないわけだな?」
「そうです。箱を開けていません。なので、どんな指輪なのか知りません。ルビーなので赤い宝石の指輪だということはわかります」
「今更かもしれないが、やはり別の石にすべきだったのかもしれない」
「それって……縁起が悪いからですか?」
「なぜ、そう思う?」
「レイモンド様だから話しますが、最初に着替えた時、ダートランダー伯爵夫人が別のものにした方が良かった、縁起が悪い気がしたと言っていたのです」
「そうか。まあ、わからなくはない」
「わからなくはない?」
ミリアムは疑問に思ったが、すぐに理由を思いついた。
「もしかして、愛の疑惑という石言葉があるせいですか?」
「愛の疑惑によって生じる嫉妬や悪しき感情を消し去るという意味だろう?」
「さすがレイモンド様です。ご存じでしたか」
「だが、愛の疑惑を否定しているわけではない。嫉妬や悪しき感情を消し去る効果はともかく、愛の疑惑を呼び寄せる宝石だと考える者もいるだろう」
「なるほど……考え方次第ですね。でも、ルビーの石言葉は勝利・情熱・勇気・愛です。リチャード様の気持ちをあらわすのにぴったりだと感じました」
「本来の石言葉ではないが」
「えっ?」
ミリアムは驚いた。
「違うのですか?」
「本来の石言葉は勝利・情熱・成功・導きだ」
ミリアムが知っているルビーの石言葉とは少しだけ違う。
解説書によって宝石の石言葉や植物の花言葉には多少の違いがあるため、そのせいだろうとミリアムは思った。
「とにかく、この状況をいかに乗り切るかだ。絶対に婚約指輪を探し出さなくてはならない」
「晩餐会は乗り切れそうな気がします。似たような指輪をつけることで誤魔化すというのは名案だと思いました」
「食事中に最も注目されるのは表情、仕草、話題だ。おじい様は婚約指輪をつけているかどうかを見るだろうが、離れている席だけにわかりにくい。それらしいものをつけているだけで誤魔化せると思うが、晩餐会のあとが問題だ」
貴族は晩餐会が終わると歓談のために場を移す。
通常は男性と女性の部屋に分かれるが、今夜は婚約を祝うための集まりであるため、全員が同じ部屋に集まる。
食堂の席のように序列の順番で座るわけではなくなるのもあって距離が近くなる。
その時に婚約指輪ではないことに気づかれてしまう可能性があった。
「おじい様が晩餐会だけということにしてくれればいいが、恐らくはそうならない。モードにチェスタット伯爵のことを話す機会だと思うだろう。簡潔に言えば、チェスタットを捨ててでもリチャードを選べ、それができなければダートランダーの者になれないという話だ」
「なるほど」
「その程度のことはモードもわかっている。喜んでリチャードを選ぶだろう。だが、重要なのはその時にモードをじっくり見られることだ。婚約指輪のことに気づけば、一度注意したことだけにおじい様は激怒する。最悪の場合、婚約が撤回になる可能性もある」
「そんな! 絶対になんとかしないと!」
「その通りだ。そこで晩餐会が行われている間に私とミリアムで指輪を探し出す」
「わかりました」
「それで、どう思う? 率直な意見を聞かせて欲しい」
「あえて聞きます。私が盗んだとは思わないのですか? 客観的に見て外部の者は私だけです。婚約指輪の箱を持って一人で応接間に行きました。一番怪しいですよね?」
「疑う気持ちは微塵もない。ルビーの指輪だからだ。本ではない」
ミリアムは自分のことをどう思われているかを察した。
「貴重な本が消えたら真っ先に私が疑われそうです」
「緊張をほぐすための軽口だ。私から見ればモードとミリアムが持っている可能性は皆無だ。盗んでも隠しても全く意味がない」
婚約指輪はモードのもの。自分で自分のものを盗むのはおかしい。隠すわけもない。
ミリアムは宝飾品に興味を持っていない。指輪を欲しいとは全く思わない。
大切な友人が持つ愛の証明品であることも、ダートランダー公爵家に睨まれるようなことはできないこともわかっている。自ら問題を起こすわけがない。
「そうなると、他の者が怪しいということになる」
「ドアの鍵がかかっていない時に誰かが出入りした可能性もありますが、それ以外だと怪しいのは四人ということになります」
クラリス、マーサ、メアリー、マーリア。
「マーリアは除外してもいいと思っている」
マーリアはダートランダー伯爵夫人の侍女として信用が高く、常に側についているのが仕事。
婚約指輪を盗む機会があるとすれば、ダートランダー伯爵夫人の命令で箱を取りに行った時だけ。
廊下を歩いている時に箱から取り出してポケットに入れるなりどこかに隠すなりすればいいだけのように思えるが、クラリスが金庫から出した時に箱の中身を確認していれば、マーリアが真っ先に疑われてしまう。
努力して築いた信用を失ってまでルビーの指輪を盗むとは思えない、というのがレイモンドの意見だった。
「母上の側付きだけに普段から高価な宝飾品に触れる機会が多くある。わざわざ今日に限ってモードの宝飾品を狙うのは変だ」
「特別な事情がない限り、指輪を持ち去る理由がなさそうです」
「特別な事情という言葉は全員に当てはまる仮定だ。つけても意味がない」
「そうですね」
「クラリスとマーサからは話を聞いた。メアリーからも聞く必要がある」
「ちょっと様子を見てきます」
ミリアムは寝室の方に向かった。
「メアリーさん、話を聞きたいのですが、忙しいですか?」
「クラリスとマーサがいれば大丈夫よ。早く指輪を見つけるためにも、ミリアムと話をしてきて」
「はい!」
メアリーはすぐにミリアムの方へ来た。
「どのようなことを話せばいいのでしょうか?」
「応接間で聞きます。レイモンド様がいるので」
応接間に移動したメアリーはレイモンドを見て不安そうな表情になった。
「メアリー、一人ずつどのような状況だったのかを聞いている。すでにクラリスとマーサから話を聞いた。メアリーはモードの担当ではないが、部屋にいた一人だ。この部屋に来てからのことを話して欲しい」
「この部屋に来てからというのは、パーティーが終わりそうな頃からということでしょうか?」
「そうだ。まずはミリアムと一緒に母上の部屋から戻るまでを話せ」
「ミリアム様の衣装箱と宝飾品の箱を持って赤の客間に行き、茶会に出席するミリアム様の支度をするよう言われました」
ミリアムはダートランダー伯爵夫人の部屋で着替えてパーティーに出席した。
しかし、ダートランダー伯爵夫人はパーティーが終わったあとも配車待ちの客と話したり指示を出したりするため、茶会用の着替えはモードと一緒に赤の客間で行うことになった。
ミリアムはパーティー用の髪結いや化粧をすでにしており、茶会にはロングワンピース、宝飾品はなしというカジュアルなスタイルで参加する。
侍女は忙しい。服を変更するだけなら召使いが担当でも平気。何かあればモードの担当であるクラリスに相談すればいいだろうとなった。
「まずはミリアム様に座っていただき、宝飾品をはずしました。傷などの問題がないかどうかはクラリス様が確認するのですが、モード様の支度が優先です。一時的に箱にしまうように言われました」
そのあと、ミリアムはドレスからロングワンピースに着替えた。
あとはドレスを衣装箱にしまい、クラリスに確認してもらった宝飾品の箱をダートランダー伯爵夫人の部屋に持って行けばよかった。
しかし、クラリスが忙しそうにしていたこと、ミリアムとモードが楽しそうに話していたため、ついでに髪型と化粧も直しておこうとメアリーは思った。
「ミリアム様の髪が少しだけほつれていましたので、同じように結い直しました。お化粧についてはロングワンピースに合うようなもの、ご自宅で化粧を落としやすいように考え、軽くに留めました」
「メアリーさんは召使いですが、侍女と同じように綺麗に仕上げてくれました」
「ありがとうございます。でも、衣装や宝飾品についてはまだまだ勉強不足です。侍女の方にはかないません」
「勉強すれば侍女になれるのでは?」
「相当難しいと思います」
「脱線するな。ミリアムの支度が終わったわけだな?」
「そうです。ですので、私はドレスを衣装箱にしまい、宝飾品の箱も入れて一つにまとめました」
「名案でしたね。途中で宝飾品の箱を落とさないようにするため、大きい箱の中に小さい箱を入れてしまうなんて。メアリーさんは本当に頭が良いです」
「ありがとうございます。でも、ちょっとしたアイディアというだけです。私は衣装箱を持ち、奥様の部屋に行って侍女に衣装箱を渡しました。宝飾品の箱は衣装箱の中に入っていることを伝えました」
赤の客間に戻る途中、ミリアムに会った。
正装する必要があると聞き、二人で一緒にダートランダー伯爵夫人の部屋に向かった。
侍女が衣装箱から宝飾品の箱を取り出してしまったあとだったため、ミリアムが衣装箱、メアリーが宝飾品の箱を持ち、赤の客間に急いで戻った。
「このような感じなのですが……?」
メアリーは不安な様子で次の言葉を待った。




