78 レイモンドの案
「マーサ、婚約指輪の箱を応接間で見つけ、クラリスに渡したな?」
「小箱のことでしたらそうです」
「どこにあった?」
「コンソールテーブルの上です」
「具体的にはどこだ? 正確な位置を指で示せ」
マーサが指で示したのはミリアムと同じ場所。
赤いバラが生けられた花瓶の隣だった。
「化粧室から戻った時にふと目に入りました。なぜここに箱があるのかと思ったので、すぐにクラリス様に知らせました」
「蓋を開けて中身を確認したか?」
「開けていません。箱を届けただけです」
「パーティーが終わった後、モードが戻って来てからどのようにしていたのかを説明しろ」
「クラリス様の補佐的な仕事をしていました」
モードの支度については侍女のクラリスが担当する。
そこでクラリスがモードの髪型や化粧を整えている間、マーサは衣装や靴の準備や片付け、衣装部屋を整理整頓するような仕事をしていた。
「緑色の靴が見つからなかったせいで、ほとんど衣装部屋にいました」
パーティーが終わったあとはお茶会の予定になっており、緑色のドレスと緑色の靴が必要だった。
ところが、緑色の靴が見つからない。
全ての靴箱を確認して見当たらなかったため、衣装箱や荷物箱なども全て確認することにしたせいで忙しかった。
「他の色の靴ではダメだと言われたので困っていました。すると、突然白いドレスに変更になりました」
マーサは白いドレスと白い靴を用意した。
そのあとは緑色のドレスを衣装部屋に戻し、緑色の靴を探すために散らかしてしまった衣装部屋の中を片付けた。
やがて、クラリスとメアリーが化粧室に行くというため、留守番を頼まれた。
衣装部屋は綺麗になったが空腹感を覚え、二人が戻ったあとで厨房に向かった。
それからまた部屋に戻り、三人で休憩していたことを証言した。
「一時的とはいえ、勝手に休憩して申し訳ありません。ですが、本日は特別なパーティーに続きお茶会や晩餐会もあります。夜遅くまで忙しくなりそうだと思って……」
「そうね。本来なら私、侍女長、召使長のいずれかから休憩の許可をもらうべきだけど、臨機応変に対応することも大事よ。一時的に休憩していたことを咎める気はないけれど、そのせいで婚約指輪がなくなったのであれば大問題だわ!」
ダートランダー伯爵夫人の表情は厳しかった。
「貴方、どうするの?」
ダートランダー伯爵夫人は夫のダートランダー伯爵に顔を向けた。
「非常に難しい状況だ。部屋を探しても見つからないのだな?」
「ありそうな場所から探していますが、現時点では見つかっておりません。隅々まで探すには時間がかかります」
「緊急事態だけに仕方がない。モードが婚約指輪をはずしたあと、赤の客間に出入りした者の身体検査をする。何かの拍子でポケットかどこかに入ってしまったのかもしれない」
「私が身体検査の監査をするわ」
ダートランダー伯爵夫人が名乗り出た。
「侍女長が身体検査をしなさい。潔白を証明するためだから協力するように」
クラリス、マーサ、メアリー、マーリア、そしてモードとミリアムも身体検査を受けることになった。
「念入りに調べたけれど、指輪はなかったわ」
寝室に一人ずつ移動して服を脱ぎ、まとめた髪も全部ほどくほど細かく調べたが、婚約指輪は見つからなかった。
全員の潔白が証明されたと考えても、婚約指輪が消えてしまった謎は深まるばかりだった。
「困ったわ……まさかこんなことが起きてしまうなんて!」
「晩餐会は本邸だ。移動時間を考えなければならない」
ダートランダー伯爵は懐中時計で時間を確認した。
「絶対に遅刻はできない! 本邸で行うことを許されたというのに、父上を激怒させるようなことはできない!」
「モードが婚約指輪をつけていなかったら、絶対に怒られてしまうわね」
ダートランダー伯爵夫人は困り切った表情で深いため息をついた。
「父上、私に案がある」
レイモンドが口を開いた。
「まずは緘口令だ。ここにいる者しか事情を知らない。婚約指輪がこのあとすぐに見つかる可能性を考え、問題が起きたことについては黙秘。ここにいない者に話すことを禁じる。父上も同意してくれるだろう?」
「もちろんだ! 全員聞け! ダートランダー伯爵としての権限で緘口令を敷く! 私の許可なくこのことを他の者に話すな!」
「母上、ルビーの指輪は他にもあるだろう? 似たようなものを貸してほしい。おじい様とモードの席は離れている。遠目に見ればわからないかもしれない」
「そうね!」
「名案だ!」
ダートランダー伯爵夫妻の顔が一気に明るくなった。
「リチャードは今すぐ部屋に戻って赤いベストに替えて来い。モードは赤いドレスにしろ。ルビーの指輪と合わせるためだ。全体の印象が赤であれば、指輪が目立ちにくくなる」
「わかった!」
「すぐに着替えます!」
「クラリス、マーサ、メアリーはモードの支度を手伝え。私の許可が出るまで寝室から出るな」
「かしこまりました!」
「仰せのままに!」
「わかりました!」
リチャードが自分の部屋へ、モード、クラリス、マーサ、メアリーは寝室へ向かった。
「侍女長、晩餐会の開始時間を遅らせろ。おじい様に私の体調が悪いためと伝えればいい。父上、母上、リチャード、モードの支度が終わったら四人だけで本邸へ行く。その時に私は頭痛が酷くなりそうなために欠席だと伝えろ」
「欠席するのか?」
ダートランダー伯爵が驚いた。
「今夜はリチャードの婚約祝いだ! 全員が揃っていなければならない!」
「そうよ! 本当に体調が悪いわけではないのでしょう?」
「支度が間に合わないせいで遅れると言えば、おじい様は気分を害する。そのような状況での晩餐会は気まずい。頭痛の種になるのは明らかだ。主役であるリチャードとモードが揃っていること、本邸に行くことが重要だ。ミリアムもまだ帰らせるわけにはいかない。私が面倒を見る」
「なるほど」
「確かにミリアムのことを考えると、レイモンドがこちらにいた方が良さそうね」
「父上と母上は晩餐会を乗り切ることを優先して欲しい。おじい様に指輪のことを知られてはいけない。あとから見つければいいだけだ」
「簡単ではなさそうだが、そう思うしかないか」
「今はレイモンドの言う通りにした方がいいわ。リチャードとモードのために晩餐会を優先しましょう?」
「そうだな」
「では、レイモンド様が体調不良のため、晩餐会の開始時間を遅らせていただけるよう伝えてまいります」
ダートランダー伯爵夫妻が納得すると、侍女長が伝令のために部屋を出て行った。
「マーリアは廊下で待機しろ。用事がある時は呼ぶ」
「かしこまりました」
マーリアは一礼すると部屋を出た。
「父上、リチャードと打ち合わせをしに行ってほしい。婚約指輪や宝飾品の話題は避ける。おじい様が婚約指輪や宝飾品のことを口にしても短く切り上げる。リチャードとモードの馴れ初め話が無難だろう。幼い頃からの付き合いだったことを強調するのもいい。母上はルビーの指輪を探しに行ってほしい。カットが同じ、サイズが同程度、金の台座だ。ガーネットの指輪でもいい。遠目からの印象重視だ。母上の目から見て大丈夫ならおじい様も誤魔化せる」
「わかった!」
「急いで探すわ!」
ダートランダー伯爵夫妻も部屋を出て行く。
応接間に残ったのはレイモンドとミリアムだけになった。




