76 あまりにも突然
「そろそろ戻る」
ダートランダー公爵が立ち上がると、他の者もすぐに席を立つ。
最上位者の入場及び退場の時には起立して出迎えたり見送ったりするのが貴族のマナー。
遅れないようにミリアムも席を立った。
「晩餐会は本邸で行う。リチャードの婚約者になったことを考慮し、ダートランダーの者と一緒の時はモードの立ち入りを許す」
「ありがとうございます」
モードは深々と頭を下げた。
「婚約指輪をつけて参加しろ。リチャードが心を込めて選んだ品だ」
ダートランダー公爵の言葉によって、全員が婚約指輪のことに気づいた。
「申し訳ございません。由緒ある指輪だと教えられ、軽々しくつけてはならないと思いました」
「パーティーで贈られたはずだ。大切な品であれば、軽々しくはずすべきではない。リチャードとダートランダーを理解できるよう努めるのだ」
「はい。お言葉を心に留めます」
ダートランダー公爵が退出すると、レイモンドとミリアム以外の全員が安堵の息をついた。
「やっぱりおじい様だ……婚約指輪をしているかどうかを確認していた」
「早速の失態だわ……」
「大丈夫だよ。突然の変更だったし、家族のお茶会だからね。晩餐会の時につけておけばいいよ」
「気になってしまうからすぐにつけて来るわ!」
「わざわざ部屋に戻る必要はないよ。トレーンがついているドレスだから歩きにくい」
「どうしても今すぐつけたいの! 叱責された不安を少なくできるわ!」
「じゃあ、侍女に取りに行かせればいいよ」
「マーリアに行かせるわ」
ダートランダー伯爵夫人が呼び鈴を鳴らし、廊下で待機していたダートランダー伯爵夫人付きの侍女マーリアを呼んだ。
「御用でしょうか?」
「モードの婚約指輪を持って来て」
「かしこまりました」
しばらくすると、マーリアが小箱を持って戻って来た。
「お持ちしました」
「ありがとう」
小箱を受け取ったモードが箱を開ける。
「ないわよ?」
リチャードはモードの持つ箱を取って調べた。
「確かにこれは婚約指輪用の箱だ。でも、何も入っていない」
「クラリスから箱を受け取ったのですが、中身については確認していませんでした。申し訳ありません」
「違う箱に入れてしまったのかな? クラリスに聞けばいいよ」
「恋人の指輪の箱に入れてしまったのかもしれないわ」
「もう一度行ってまいります!」
マーリアは急いで空箱を受け取ると、すぐにまた部屋を出て行った。
「びっくりしたわ! 指輪がないなんて思わなかったもの!」
「そうだね。でも、急いで支度をしたせいじゃないかな?」
「そうね」
「最初の衣装に着替えることになったからでもある。それで恋人の指輪をつけているんだよね?」
「そうよ。最初は白いドレスにプラチナとダイヤモンドの宝飾品を合わせることになっていたでしょう? 赤いドレスの時は金の宝飾品と婚約指輪だったわ」
「そうだね。どちらも美しかった。モードを見る度に惚れ直してしまうよ」
「リチャード様は惚れっぽいようね? 他の女性に目移りしないか心配だわ」
「モードだけだよ! 他の女性は目に入らない!」
「あら、私も女性なのよ? 母親を無視してはいけないわ」
「母上……冗談はやめてください。妻と母親に挟まれる男性の心労はかなりのものです」
「まさかと思うが、それは私のことを言っているのか?」
「父上まで悪ノリをしないでください!」
「怒るな。ちょっとした冗談で笑顔の花を咲かせたかっただけだ」
「僕の余裕はパーティーで使い切りました。モードを本邸に入れるようにしてくれたのは嬉しいですが、晩餐会で何かあったら大変です。今は些細なことであっても動揺しそうです」
「モードの方が落ち着いているのは確かだ」
「リチャードをからかう余裕があるからな」
「リチャードの方が婿みたいね?」
「それでもいい。モードが側にいてくれるだけで僕は幸せになれる」
「私が支えるわ。だから、リチャード様も私を支えてね」
「もちろんだよ!」
笑顔と共に幸せの空気が広がっていく。
ダートランダー公爵はいた時とは違って和やかな雰囲気になったが、マーリアはなかなか戻って来なかった。
ようやくノックがしたと思うと、侍女長が顔を出した。
「奥様、折り入ってお話があるのですが」
「何なの?」
「まずは奥様のお耳に入れたいことがありまして」
「どんな話なの?」
「お一人だけお客様がおりますので……」
侍女長はミリアムを見つめた。
「ミリアムは大丈夫よ。信用できる者だから。そうでなければ茶会に参加させないわ。それで?」
「……モード様の婚約指輪についてのお話です」
「私の指輪がどうかしたの?」
「もしかして、問題が起きたとか?」
モードとリチャードが揃って不安そうな表情を浮かべた。
「あの指輪がどうしたの? 問題があるの? はっきり言いなさい!」
「率直に申し上げますと、見つかりません。探しているのですが、時間がかかりそうです」
「なんですって!」
「なくしたというのか!」
ダートランダー伯爵夫妻は驚愕の表情になった。
「リチャード様……」
「大丈夫だ! すぐに見つかるよ!」
動揺するモードをリチャードが抱きしめた。
「赤の客間に行く」
冷静な表情のレイモンドが立ち上がった。
「リチャード、モード、ミリアムも一緒に来い」
あまりにも突然。
しかし、やるべきことは一つ。
ルビーの婚約指輪を探すことだった。




