71 青灰色の部屋
ダートランダー伯爵の挨拶によって婚約披露パーティーが始まった。
招待客が挨拶や祝いの言葉を贈り、貴族らしい社交の時間になる。
そのまま一時間ほどが経過。
白いケーキが運び込まれ、モードとリチャードで切り分けるための入刀を行った。
「結婚祝いのパーティーのようです」
「あれもリチャードの希望だ。結婚は先になるが、結婚は決まりだと示したいらしい」
「絶対にモードと結婚するという強い気持ちを感じます」
招待客にケーキが配られていく。
ミリアムもレイモンドと一緒にもらい、ケーキを食べた。
そのあと、モードとリチャードは一旦会場を退出した。
「メインイベントのためだ」
「婚約指輪の贈呈ですね!」
招待客がケーキを食べている間に二人は着替え、会場に戻って来た。
モードは赤いドレスに着替えており、リチャードもベストを赤にして揃えていた。
盛大な拍手で迎えられた二人が笑顔を浮かべて軽く礼をすると、拍手がより強くなった。
「これほど多くの人々が僕とモードの婚約パーティーに来てくれて、大変嬉しく思っています!」
リチャードが主役として挨拶の言葉を話し始めた。
「子どもの時からモードに特別な想いを寄せていました。学校が別々になったことで会えなくなった時期もありますが、立派な紳士になってモードを迎えに行きたいと思っていました。モード、ここでもう一度僕の気持ちを伝えたい。心から愛している。僕と結婚して欲しい」
「私もずっとリチャード様のことを想っていたのよ。結婚を了承するわ!」
「僕たちは相思相愛だ。僕の愛が目に見えるように、特別な婚約指輪を用意した」
リチャードはポケットから指輪を取り出した。
「ダートランダー公爵家が所有する宝飾品の中から選んだ。僕もモードも若い。これからの人生において困難な時もあると思う。だけど、僕が側にいて守る。心からの愛で優しく包み込み、美しい輝きに変えるよ。僕の愛と決意を込めた婚約指輪を受け取ってくれるね?」
「もちろんよ!」
リチャードはモードの手を取るとルビーの指輪をはめた。
「なんて素敵な指輪なのかしら! 確かに愛の輝きが見えるわ!」
「この指輪はダートランダーになることを示す指輪でもある。大切にしてほしい」
「心から大切にするわ! リチャードも指輪もね!」
リチャードがモードの頬にキスをすると、盛大な拍手が鳴り響いた。
ミリアムも友人として拍手する。
「モードは心から喜んでいると思うか?」
レイモンドがミリアムの耳の側で囁いた。
「まあ、そうですね」
「まあ?」
すかさずレイモンドが反応した。
「どういう意味だ?」
「ルビーはリチャード様の愛をあらわすのにふさわしいと思います。でも、重いですよね。ダートランダー公爵家が所有する指輪なんて」
「普通は栄誉だと感じて喜ぶ」
「石も大きそうです。物理的にも重そうです」
「普通は立派だと感じて喜ぶ」
「婚約指輪はずっとつけていないといけないのでしょうか? 学校で何かあったら大変です」
「さすがに学校ではつけないだろう。あえて見せびらかすためにつけていく可能性もあるが、念の為に保険をかけておく方がいいかもしれない」
「保険をかけるほど高額なものなのですね」
「ダートランダーが保有してきた宝石というだけでかなりの価値がある。ダートランダーの屋敷内で紛失した場合や破損などが生じた場合は保険が出るが、外出先では保証されない」
「でも、見た目だけではダートランダー公爵家の指輪だとわからないですよね?」
「リングの裏にダートランダーの刻印がある。その刻印があるからこそ、他の宝飾品とは異なる価値がある」
「やっぱりいろいろな意味で重いです」
あとはモードが指輪を見せびらかしながらリチャードと社交を楽しむ時間にすればいいということで、レイモンドはミリアムを連れて会場から退出した。
「私は高位者の見送りに行かなくてはいけない。その間はミリアムだけになる。一人にした瞬間問題が起きると困るため、部屋で足を休めていて欲しい。それでもいいか?」
「大丈夫です」
「先に化粧室に寄るか?」
「それも大丈夫です」
レイモンドが案内したのは二階にある部屋だった。
「ここにいれば余計な者は来ない。靴を脱いでもいい。くつろいで大丈夫だ」
「わかりました」
「テーブルの上に本がある。興味のありそうなものがあれば、読んでも構わない」
レイモンドはドアから出て行く。
すぐに鍵がかかる音がしたため、外鍵を使ったようだった。
ミリアムは早速座ろうと思ったが、腰掛椅子がないことに気づいた。
「ソファしかありません。座るとシワが……もう終了だということなので、平気ですよね?」
ドレスにシワがつかないよう腰掛椅子に座ることについては今日初めて知った。
そのせいでミリアムは不安になった。
「トレーンだけは踏まないように言われたので、それを守ればいいですよね?」
たぶん。おそらく。
自分を納得させる。
「そもそもここは……どういう部屋なのでしょうか?」
青灰色を基調とした部屋で、落ち着いた雰囲気の応接間だった。
「衣装と同じ色の部屋です。でも、図書室ではないですね。明らかに」
多くの本があるが、テーブルの上にあるだけ。
ジャンルも古さもバラバラ。女性向けの本ということでもない。
「あとでいいことがあるようなことを言っていましたが、ここに連れて来ることではないですよね? 私が喜ぶことではありません」
ミリアムの視線はテーブルの上に置かれた本に向けられた。
「まさか……特別な本をここから選ぶとか?」
まさに謎。
ミリアムは頭を悩ませることになった。
「ミリアム」
誰かが自分の名前を呼んでいると思った瞬間、ミリアムはハッとした。
「はい!」
慌ててミリアムは起き上がった。
足が疲れていたせいでソファに座っただけで安堵の気持ちが押し寄せ、眠くなってしまった。
少しだけと思って目を閉じるとそのままうとうとしてしまい、完全に寝てしまっていた。
「すみません! 寝てしまいました!」
「疲れたようだ」
声をかけたレイモンドは無表情。怒っていなかった。
「体調が悪いなら教えてほしい。遠慮するな」
「それは大丈夫です。でも、足が特に疲れていて。腰掛椅子がなかったのでソファに座ってしまいました」
「問題ない。ドレスが最もよく見られるのは最初だ。会場に入った時に綺麗であればいい」
「そうでしたか」
「トレーンを踏まないように避けて座っている。マナーも守っている」
「正解で良かったです」
「パーティーは時間通り終了した。帰りの馬車については順次用意する。ミリアムは帰る前に着替える必要がある」
「そうですね」
「母上はまだ忙しい。モードが泊っている赤の客間に連れて行く。そこで着替えろ」
レイモンドの先導でミリアムはモードの部屋に移動した。
「モードは?」
赤の客間には若い召使いがいた。
「戻られています。寝室の方にいらっしゃいます」
「ミリアムの着替えは届いているか?」
「はい。受け取って運びました」
「あとでまた来る」
レイモンドはドアを閉めると行ってしまった。
「ミリアム様にご挨拶申し上げます。お着替えを手伝わせていただくメアリーと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
「ここは内鍵をかけることになっておりますので、少々お待ちください」
メアリーがドアに近づき、内鍵をかけた。
「誰かが来ると応接間のドアを開けることになります。ですので、隣の寝室で着替えることになります。ご案内いたします」
メアリーの先導に従ってミリアムは寝室に移動した。




