【番外編】キャラメルに想いを乗せて
「お嬢様、バレンタインデーってご存じですか?」
───それは、何でもない一言から始まった。
フローラはいつもシャーロットの髪を結うとき、世間話をする。
今日もその世間話の一つとして、本日、『バレンタインデー』の話題を振ったのだった。
「ばれんたいんでー?なにそれ」
言われた言葉を咀嚼するように目を瞬かせながら、シャーロットはこてんと首を傾げる。
(なんてお可愛いの...!)
口から漏れててしまいそうな激情を、舌を噛んで抑え、なんとか質問に答える。
「..バレンタインデーというのは、一般的には女性から好きな男性、あるいは夫や恋人に向けてお菓子を贈り、想いを伝えるという日です。とはいえ、最近では家族や友人、同僚に贈って、日々の感謝を伝えるというのも出てきています。あと贈るお菓子によって込める想いの意味が変わってくるのだとか」
「へぇー、あまり決まりとかはなくて、自由な感じなのね。フローラは誰かに渡したことあるの?」
「はい、毎年主にチョコレートを渡して......ぎ、義理ですよ?」
フローラは自分の発言を頭で反芻し、慌てて言葉を付け足す。これでは、まるでジェラルドに恋愛感情を抱いているようではないか。
毎年、当たり前のようにジェラルドにチョコレートを贈ってきたが、そこに何も下心はなかったのか。
(いやいや、確かに主は顔も整っているし優しいし、努力家だしで、非の打ち所はないけれど!恋愛的にす、好きな訳では...!)
考えれば考えるほど、顔が熱くなっていくのが分かる。今の端から見た自分はタコのようだろう。
「ひゃっ!ど、どうしたの?あぁ、凄い勢いで叩くからほっぺた赤くなっちゃってるわね。冷やした方がいいわ。って、耳まで真っ赤じゃない!耳も叩いたの?」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎながら、魔法で出した冷水を袋に入れ、頬に当ててくれる。
普通の人ならば、今のフローラの一連の様子を見ていれば何かを察しそうなものだが、変なところ鈍感なシャーロットは、一切気づくことがなかったのだった。
「ありがとうございます。お気になさらないでください。少し心が乱れただけなので」
「それは大丈夫ではないと思うのだけど...?」
シャーロットはフローラの奇行がかなり気になっていたが、これ以上何かを刺激してしまわぬよう、言われた通りにその事に触れることはしなかった。
そして、話題を変えると同時にひとつおねだりをしたのだった。
「ねぇフローラ。お願いがあるのだけど───・・・」
□■□
「ふふふ、楽しみだわ!フローラとお菓子作りできる日が来るなんて。お願い聞いてくれてありがとう!」
てくてくと歩きながら、花が咲くような可愛らしい笑顔を浮かべて、シャーロットはフローラに礼を述べた。
おねだりとは、『フローラと一緒にお菓子を作りたい』というものだった。
「さっき言ってたお菓子の意味ってどんなものがあるの?ずっと気になってたのに聞きそびれてたわ!」
ワクワクとした瞳で尋ねられる──が、しかしフローラはあまりお菓子の意味には詳しくなかった。お菓子を教えてくれた母も、流石に意味については教えてくれたことがないからだ。そのため、せいぜい噂で聞いた、グミやマシュマロがバレンタインデーではNGだとされていることぐらいしか知らないのだ。
「すみません、お嬢様。大変心苦しいのですが、私もあまり意味については知識がなく...」
そう言っているうちに、頭に何か引っ掛かるものがあった。
(...あら?確かに覚えてないけれど──)
「知識はないのですが、確かお菓子のレシピ本の付録に載っていたと思うので、気になるようでしたら、そちらをご覧ください」
「まぁ!そんなものがあるのね!ありがとう、見てみるわ!あっ、小屋ってあれじゃないかしら!」
シャーロットは楽しそうな声を上げてそちらへ駆け出した。
(こういう純粋な所もお嬢様の可愛さの一因よね)
自分の気付きにうんうん頷きながら小屋に入ると、シャーロットは冷蔵庫──というより氷でおおわれた木箱だが───の中を探していた。「んー?」「どこかしら?」と呟いているので見つからないのだろうと察し、声をかける。
「お嬢様、何を作られますか?材料なら私が取りますよ。」
「本当?ありがとう!作りたいのはね───・・」
(あら?てっきり自分が好きなバタークッキーとかかと思ってたのに)
チョイスを結構意外に思いつつ、材料を取り出すと、怒涛のお菓子作り開始のゴングが鳴った。
「……こう?」
「それでは爪とぎ猫です。爪突き立てすぎなので、通常猫にしてください」
「フローラ、見てみて!できたわ…あっつぅっ!」
「大丈夫ですか!?…はい、氷です。手の甲ですか?」
「うん。…痛いわね」
「当然です。まだフライパンしばらく冷めないので絶対触ったらダメですよ」
そうして数時間が経過した頃。
「か、完成...!」
長い長いお菓子作りの闘いは、目の前に並ぶ可愛い包装をされた菓子達によって幕を閉じた。
(後は帰りを待つのみ...!)
シャーロットとフローラはまた伯爵邸まで戻ると、今か今かとジェラルドの帰りをひたすら待つ。
魔法化学の参考書を読んで待っていたシャーロットがふと顔をあげてぼやいた。
「お兄様、今日は何時帰ってくるのかしら」
──ちょうどその時、外から馬のいななきが聞こえてきた。二人で勢いよく顔を見合わせる。
「この馬の鳴き声...お兄様だわ!」
「ちょっ、お嬢様っ!?」
そしてジェラルドの帰りを確信すると、シャーロットは部屋を走り出ていった。...窓から飛んで。
本当に見ていてひやっとするのでやめて欲しい。
以前より体が身軽になったのは喜ばしいが、あの活発な性格をさらに際立たせている気がする。
フローラもシャーロットの後を追おうと部屋をから出ようとすると、先程シャーロットが出ていった窓から、シャーロットの「お兄様、お帰りなさいっ!今日はプレゼントがあるんです!私の部屋まで来てください!」という声が聞こえてきた。
(今から追ったところで、あのお嬢様と、そのお嬢様からプレゼントがあるって言われて舞い上がっている主なら、すぐに戻ってきてしまうでしょう。
それならお嬢様が人生で初めて作ったお菓子に相応しい場を用意すべきではないかしら)
そう考えたフローラはパッと魔方陣を出現させ紅茶の葉とお湯をカップに注ぎ、それと同時に机の上を水でさっと拭き、仕上げにレースのついたクロスを机にかけて花瓶に挿した花をテーブルの真ん中に飾る。
計20秒。この数年にわたるメイド人生で培った神業である。
そして用意が終わった瞬間、シャーロットが今度はジェラルドと共に窓から戻ってきた。
「わぁ、すごい!この短い間にこれ準備したの?さすがフローラ!」
「いえいえ、お嬢様も主のお迎えありがとうございました。それで……主。薄々察されているような気がしなくもありませんが、本日はバレンタインデーです」
そこまで言うと、シャーロットが言葉を引き継ぐ。
「なので…じゃじゃーん!二人でお菓子作ってみました!私のはキャラメルです!いつもありがとうございます。どうぞ!」
「おお!まさかシャーロットにお菓子を貰える日が来るなんて…大きくなったなぁ。ありがとう。家宝にしよう…!」
「食べてくださいよ?」
あまりの感動に大分、良い兄という化けの皮が剥がれて妹溺愛、言い方を変えればシスコンの兄が現れてきている。シャーロットがあまり気づいていないのが唯一の救いであるが。
いつも渡しているはずなのに、さっきのとんでもない考えが頭をよぎってしまい、言葉がうまく出てこない。
頬の火照りに気づかれないことを願って視線を横に外しながら、フローラは途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「ど、うぞ。今年はお嬢様も一緒だったのでマカロンです。初めて作ったのでお口に合うか分かりませんが…」
いつもと様子の違うフローラに、ジェラルドは笑顔のまま石のように固まった。
「……」
「あ、主?もしかしてマカロンは嫌いでしたか?」
「い、いや。そういうわけでない。むしろ好きだ。ありがとう」
そう言って、ようやく差し出されていた袋を受けとる。そして、それを見留めたシャーロットが嬉しそうにお菓子を掲げて提案した。
「それでは!お菓子、食べましょうっ!」
□■□
「ん~!おいひい!なんへおいひいのはしら!」
「シャーロット、美味しいのは分かるけど、飲み込んでから話しなさい」
「はひ!」
三人でテーブルを囲んでお菓子をつまむ。
テーブルには、キャラメルとマカロンがアフタヌーンティースタンドに乗せられて置いてある。
頬が落ちてしまわないように、頬を押さえながらにこにことお菓子を頬張るお嬢様の姿は、小動物的なかわいさがある。
フローラはジェラルドとアイコンタクトで『お嬢様見てください、めちゃかわですよ』『分かる。リスみたいだな』と会話しながら、キャラメルを口に入れる。
「.........」
「?主、どうしました?私の顔に何か付いてます?」
お嬢様お手製キャラメルをしっかり堪能し、ふと顔を上げると、主がこちらをじっと見つめていた。
「い、いや。なんでもない」
声を掛けると主はふいと視線を外してしまった。
(なんだったのかしら)
フローラは不思議そうに首を傾げる。
全く考えもしなかったのだ。
───まさかジェラルドが、窓から射す夕日に照らされて微笑む一人の美女に目を奪われていたなど。だが実際、それは一枚の絵画のような美しさがあったのだった。
それから三人はお菓子がなくなるまで、お菓子作りの間のエピソードや最近あったことなどをのんびり談笑した。
そこには主従関係などない。ただ互いを大切に思う家族的愛情があるのみである。
そんな温かいバレンタインデーとなったのだった。
キャラメル→一緒にいると安心します
マカロン→あなたは特別な人
♡Happy Valentine♡




