【挿話】とある騎士の勘違い
突然だが、私はアネモネ教会に配属されている騎士、アーノルドだ。主にフィン様の側で護衛をしている。
今、フィン様に頼まれ資料を取ってきたところなのだが、一つ不思議なことがあった。
普段は静寂に包まれているこの教会だが、本日は妙に騒がしい。
警備している者達が小声でこそこそ何かを話しては顔を見合わせているのだ。
(なんだ...?)
何か問題が起きたのか。
そう考え、足早に近くにいた騎士に近づき肩に乗せて尋ねた。
「そこの君、先程からこそこそ何か話しているようだが、問題でも起きたのか?」
「ひっ...!」
彼の怯えた声にはっとする。
「あ、あぁ、すまない。驚かせてしまったな」
気づけば、乗せたはずの手は彼の肩にめり込んでいて、慌てて力を緩める。
アーノルドは項垂れて大きくため息をついた。
いつもそうだ。このいかつい面のせいで話し掛けた人皆、怖がらせてしまう。今のところ、フィン様と隊長くらいだろう。初めから普通に接してくれたのは。
落ち込んでいると、その騎士は慌てたように謝罪してきた。
「い、いえいえ。こちらこそ驚いてしまってすみません。警備の方で特に問題はありません。ただ...」
「ただ?」
警備の方でないなら他に何かあるだろうか。
その騎士は少し顔を近づけて小声で教えてくれた。
「…――――」
そんなまさか。話を聞いて思わず目を見開く。
「そ、そうなのか。教えてくれてありがとう」
そう礼を告げると、とある場所まで急いで歩を進めた。
□■□
目的地に着くと、多くの騎士がそこに溜まっていた。
アーノルドが近づいていくと、それに気づいた一部の者は素知らぬ顔でそそくさと散っていった。
いつもなら落ち込むところだが、今に関しては都合がいい。
空いた位置に入ると騎士たちの「あのアーノルド先輩が野次馬だと…!?」「頭でも打ったか…?」という声を背に、気にせず耳を澄ます。すると、こんな声が聞こえてきた。
「――そういうところがとても好ましく映ります」
(なんと…)
アーノルドは自分の耳を疑った。今のは絶対にフィン様の声だろう。
あの感情をあまり露わにしないフィン様が。感情を表に出しているだと?それも好意を。
先ほどの騎士から「シャリアとフィン様が執務室でいい雰囲気になっていて。それで皆浮足立っているんです」と聞いたが、まさか本当だったとは。
あまりに甘い雰囲気に居たたまれなくなり、アーノルドはその場を去ることにした。
廊下を歩きながらぼんやり考える。
(シャリア…最近聖女として来たあの小さい娘か?あのフィン様を魅了するとは…いったい何者なんだ?)
そうしてゆっくり歩いていると、後ろからどたどたと足音が聞こえてきた。何事かと振り向くと、そこには今の今まで頭に浮かべていた噂の娘――シャリアが走ってきていた。
フィン様はどうしたのか。なぜそんなに全力で走っているのか。
そんな疑問が頭を埋め尽くす。
走ってくる彼女をじっと見ていると、彼女と目が合った。どうやらこちらに今気づいたらしい。
「あ、アーノルドさん!ごめんなさい、ちょっと匿ってください!追われているんです!」
「へ!?どうして名前を…!?それに誰に追われてるんだ??」
聞きたいことは沢山あったが、急いでいるようだったので訳が分からないまま、とりあえず彼女を人気のない部屋に連れていく。
「ふぅ…助かりました。ありがとうございます」
「別にそれは構わないが…誰に追われていたんだ?」
ようやく状況が落ち着いたため、もう一度尋ねてみた。シャリアは少し視線を逸らして、言いづらそうに小さく口を開いた。
───アーノルドは匿うための情報として、また少しの興味から軽く聞いただけだった。だが、またしも自分の耳を疑うことになろうとは思ってもいなかった。
「えーっと...フィン様です」
「フィン様っ!?」
なぜだ。なぜ良い雰囲気になった相手に追いかけられるような状況になるのだ。この数分で一体何があった。
口を開けて戸惑っていると、それに気づいたらしいシャリアが話を補足し始めた。
「私、さっきまでフィン様と執務室で話してたら、盗み聞きしてたらしい騎士達が転がり込んできちゃって、フィン様があの黒い笑み浮かべてお怒りだったんです。それで、巻き込まれたくなかったので逃げ出してきたんですけど、そのぉ...部屋を出るときにフィン様の私を止める声がしてまして。それを思い切り無視した結果、追われて今に至ります」
「...そうか、状況は分かった」
アーノルドは頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られた。
シャリアの状況は掴んでも、全くその行動への理解はしていないからである。
(なんという娘だ...私も含め、多くの者の憧れの的であるあのフィン様に告白同然の言葉を受け取っておきながら、一切気にせずそんな理由で逃げてくるとは)
そして、アーノルドにはもう一つ気になることがあった。
「ところで、私の名前を何故知っているんだ?覚えがないのだが、話したことがあっただろうか。それから...私の顔に怖がらないのか?」
シャリアは当然のように名前を呼んで話し掛けてきた。それがずっと不思議だったのだ。
それに、この初めて話す人ほとんどに怖がられたこの顔に対して何も反応がなかったのも。
尋ねると、シャリアは首を傾げて可笑しそうに小さく笑った。
「ふふ、もちろん知っていますよ?アーノルドさん、フィン様と一緒にいるところをよく見かけますし。あと、怖がる必要がどこに?あれだけフィン様を真面目に守ったりお手伝いされている人が怖い訳ないじゃないですか」
アーノルドはシャリアの言葉に口をぽかんと開けた。
(今の言葉...昔フィン様が仰っていた言葉によく似ている...)
───あれは、私がこの教会に配属されてすぐの頃。フィン様は自然に私の名を呼び、怖がる仕草を見せなかったため、その事を尋ねたことがあった。そう、正に今と同じような質問だったろう。
そして、フィン様はこう答えたのだ。
『あなたが怖い?そんな事全くありません。ふふ、せいぜいよく鍛えられててしっかり守ってくれそうだと思ったくらいですよ。◎◎◎◎』
フィンの言葉を振り返り終えたアーノルドの心には、こんな思いが芽生えていた。
(この娘なら、フィン様に相応しいかもしれない...)
シャリアはかなり変わった娘だが、滲み出る性格がフィン様とよく似ている。きっと互いを理解し合えるに違いない。
「アーノルドさん?どうしました?ぼーっとして」
そう考えていると、顔の前で手を振られはっと現実に意識を戻す。
「いや、何でもない。...そろそろフィン様も仕事に戻られたんじゃないか?」
「あ、確かに!あの人かなり忙しいですもんね。よし、それじゃあ私もそろそろ城下町に行ってきますね!ありがとうございました!」
そう告げると、シャリアは勢いよくお辞儀してその場を後にした。
(...嵐みたいだったな...さてと私もフィン様の元へ戻らなければ)
そういえば、もともとはフィン様に資料を届けていたのだ。
疲れを少し感じながら、アーノルドは執務室に向かった。
「失礼します」
「おや、アーノルド。資料取ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
執務室に入ると、フィン様は何もなかったようにいつもの笑みを浮かべて執務机に向かっていた。
フィン様がそのように振舞うのならアーノルド自身もそれに倣うしかない。アーノルドはフィンに資料を渡した後、いつも通りフィンの手伝いをし始める。
そして、時々世間話を挟みながら就業時間までもくもくと仕事を片付け、フィンが声を上げた。
「さてと。これで今日の分の仕事は終わりです。アーノルド、いつも護衛以外の仕事までさせてしまってすみません」
「いえいえ。フィン様のお側で守らせていただけているだけでも光栄なので」
アーノルドにとって憧れの人と共に仕事ができるというのは、幸せ極まりないことである。そのため、フィンの手伝いは自ら言いだしたのだった。
だから、一切手伝いに対して面倒という感情は湧いて来るはずもない。
そして、フィンへ感謝の念を抱きながらこの数時間何度も言おうとした言葉をやっと口にすることにした。
「あの...フィン様。どうか末永くお幸せに、これからも愛を育まれてください」
もちろん、アーノルドはシャリアとのことについて触れるかどうかを迷っていたのだ。そしてフィンへの感謝を改めて感じたことでやはり祝いたいと思っての行動だった。
第一、誰も二人が結ばれたなんて言っていないのだが、アーノルドはフィン様に告白されて断る人なんていないだろうと考えているため、シャリアがあの後お断りしたなんて微塵も考えになかった。
実際のところシャリアが断っていないのは事実なのだが、そもそも告白すらも本人たちにとってはしたつもりでないため、とんだ勘違いである。
そのため、フィンも何のことか分からず、目をしばたたかせる。
「はい!?何のことですか?というか誰とです?」
「もちろん聖女のシャリアとですよ。隠さなくでも大丈夫です。本当にこんな日が来るとは…」
アーノルドは一切フィンの戸惑いに気づいていない。普段は周りの状況を素早く察して動く、機転の利いている男なのだが、フィンの恋愛話というアーノルドの最近のトップニュースの前では普段の実力など為す術がなかった。
そして、フィンが何かのジョークなのか、と考え珍しく当惑している間にフィンの幸せを願いすぎて感情が爆発しかけたアーノルドは、
「それではここで失礼させて頂きます。お疲れさまでした」
と深々とお辞儀して述べると早々に執務室を出ていった。
部屋に一人取り残されたフィンがしばらく呆然突っ立っていたのは言うまでもないだろう。




