6:おかえりなさいませ
なかなか進まなくてすみません
「あの、剣士さん、どうかしたのかい?」
おっちゃんも心配そうに声をかけてくる。
「いや、俺にもよくわからなくて……」
まさか、俺、なにかやらかしてた?
そりゃ酒場のツケを払い忘れていたこともあるけど、それは別の街の話だぞ。遊び人時代やった悪い事といえばそれくらいで、王都では何もやっていない。
王都に来た時は、もうラザフォードたちと一緒だった。悪事なんか働いたら、まず勇者パーティのみんなに叱られるわ。
俺が不安を抱えて待っていると、兵士が、なんか兵士たちをぞろぞろと引き連れてやってきた。
その中の偉そうな中年兵士が、手に紙を持っている。なんか、俺と見比べているような気が……。
待ってくれ、王都にまで伝わるような犯罪はしていない。勇者たちに誓って、していない。
あー、でも、あそこかなー。ローリエの酒場じゃ三か月分払ってなかったし、ガルドのおっちゃんの宿も家賃滞納しまくってたからなー。てか、あれから一年以上経ってるのか? ちりも積もればなんとやらか!?
マズい、何か嫌な予感がしてきた。
今の俺は勇者の体を持っているし、逃げるのに問題はない。最悪戦いになったとしても、剣さえ抜かなきゃ人殺しはしないだろうし……。
ああ、中年兵士の顔が怖いよ。酒場と宿の利子で捕まるのは嫌だよー。
なんとか愛想笑いを張りつけながら突っ立ってると、兵士たちは顔の確認を終わらせたようだ。
俺は、すぐに逃げる準備をする。ロスヴィータも連れてかなきゃいけない。女の子とはいえ、抱えて逃げられるか……?
そんな算段をしていると、兵士たちはいきなり、
「おかえりなさいませ、勇者様!」
と、俺の前でひざまづいた。
……え?
……勇者?
あ、ああ、まあ一応、今はジョブ勇者だけど、なんで知っているんだ? それに兵士の持っている人相書き、俺っぽくない?
周りがどよめいている。おっちゃんもびっくり顔で俺見てる。ロスヴィータは……、つまらなさそうだ。
「勇者様のご帰還、お待ちしておりました。魔王討伐の大業を成したのち、亡くなったという噂が流れておりましたが、我ら王国兵士一同はそのような噂を信じず、勇者様は必ずご帰還なさるものと固く信じておりました!」
あ、はい。
「国王陛下からも、勇者様がご帰還の際は、必ずお連れするようにとの命を承っております。本来ならば我々がお迎えに上がらなければならないところ、大変申し訳ございませんでした」
ちょっと待って。
「すぐに国王陛下にお伝えいたします。最上級の宿をご用意いたしますので、そちらにてお待ちください!」
はあ。
「道を開けよ! 勇者様の凱旋である!」
兵士たちが馬車を無理やりのけて、道を作る。俺が言葉を挟む間もない。
さ、どうぞ。なんて視線で伝えられても困る。いや、とりあえずどこまで歩くのよ。
俺が困っていると、後ろから突き飛ばされた。こけそうになる。
「お、おい、ロスヴィータ、何するんだ!」
「早く行け。貴様は勇者なのだろうが。ならば、相応の責任を果たす義務がある。民草からの期待に応えよ」
お、おう。
「あの、勇者様、こちらの少女は……?」
「あ、俺の仲間です」
「おお、これは失礼しました。では、お二人でどうぞ」
兵士たちはかしずいてしまって、それっきり何も言わなくなる。
仕方が無いので、俺は作られた道を歩くことにした。
あ、でもその前に。
「おっちゃん、送ってくれてありがとな」
お礼だけは言っておかないとな。
「い、いえ、勇者様と共に来られたこと、それに命を助けられたこと、感謝の言葉もございません!」
周囲の視線が痛い。いや、怒られているわけじゃないんだけど、居心地が悪い。
勇者というジョブはあっても、俺は基本的に何もしていない。魔王討伐は、別の誰かの功績だ。俺のじゃない。
渋々、歩く。じゃないと、ロスヴィータに後ろから蹴られそうだ。
門をくぐると、もう街は大賑わいだった。
どれだけ話が早いんだ。国王のパレード並みに人が集まっているじゃないか!
いや、まあ、勇者が無事に帰ってきたというなら当然なのかもしれないけど。中身は遊び人だぞ? こんな歓迎されたことないから、愛想笑い浮かべて手を振るくらいしかできない。あ、握手は勘弁な。
用意されていた豪勢な馬車に乗り込むと、歓声は一気に大きくなった。
万歳三唱とか恥ずかしいからやめて! 顔を覆いたくなるから、やめて!
「これが勇者の人気か。すさまじいものよなあ」
何が楽しいのか、ロスヴィータがニヤニヤ笑っていた。
「俺は、ただの遊び人だ」
と言い返しても、
「今は勇者なのだろう? 貴様がそう言った」
……言ったけど、言ったけどさ。
こんな待遇予想なんかしてなかったよ。おっちゃんの馬車で街に入って、ぶらぶらと情報収集するつもりだったよ。
そんな予想が、一気に吹っ飛んだ。国王陛下に謁見する必要まであるなんて……。
前に来た時は、謁見なんて恐れ多いこと、ラザフォードたちに任せて俺は宿で寝ていたよ。国王陛下の顔なんて、何かのイベントで遠くから見ただけさ。
緊張で、胃が痛くなってきた。
「どうした? 顔が青いぞ、勇者よ」
まるで鬼の首を取ったような言い方だな、オイ。
でも、言い返せない。今の俺には言い返せない……。
腹をさすりながら馬車に乗っていると、王都一番の宿の前で下ろされた。
俺が以前止まった宿の百倍の値段を取られそうだ。
「お待ちしておりました、勇者アシュレイ様」
そう言ってお辞儀してくるのは、仕立ての良い燕尾服を着た爺さんだった。
「私は、当ホテルのオーナー、ダウズウェルと申します」
「どうも、アシュレイです……。こっちは仲間のロスヴィータで」
「はい、うかがっております。当ホテルで最上級の部屋をご用意しております。さ、どうぞ中へ」
通されたのは、とんでもない部屋だった。
毛の長いカーペットに、きれいな細工を彫り込まれた家具、ベッドはとってもふっかふか。
豪商でも泊まれないぞ、こんなとこ。俺が暮らしていた安宿の一万倍は良いじゃないか……。
「ふん、小さな部屋だ。寝室にもならん」
元・魔王の意見はさておいて、これからどうしたもんだろう。
たぶん、もう国王陛下に話は通っているだろう。宿も、ほんの一時の待合室みたいなもんだ。すぐにでも謁見の連絡が来そうな雰囲気がある。
「なあ、ロスヴィータ」
「なんだ? 勇者」
ぐっ、こだわるなあ、コイツ。
でも、今は気にしない気にしない。
さっきから見えている名札のことを聞かないと。
「なあ、なんでお前の頭の上、名前とレベルが書いてあるんだ?」
「なんの話だ?」
「名札なのか? なんか、会う人会う人全員の頭についてるんだけど」
「名札……? そんなものが、どこにある? 我はわざわざ名を教えて歩くような酔狂者ではない」
そう言われても、あるものはある。
『ロスヴィータ・Lv99・賢者』 何回見ても、表示内容は変わらない。
「……いや、待てよ?」
ロスヴィータの奴、何か気が付いたのかな?
「貴様、その名札とやらには、何が書いてある?」
「えっ? 名前とレベルとジョブ」
「それは……」
なんだろう? 話からすると、ロスヴィータには見えていないようだけど。心当たりがあるのかな。
「我にはなんと書かれている?」
「ロスヴィータ、レベルは99で、ジョブは賢者」
告げると、ロスヴィータは信じられないとでもいうかのように、
「それは、魔王の瞳か……?」
「魔王の?」
「我が失った力の一つだ! 魔王の我には、貴様ら人間のレベルとジョブが見えていた。なぜ勇者である、いや、人間である貴様にその力があるのだ!」
って言われても……。
そういや、カミサマが言ってたな。デバッガー権限がどうとか。これが権限ってやつなのか?
俺はカミサマの言っていたことをロスヴィータに説明した。デバッガーだの、権限だの。俺にも分からない単語だったから、説明するのに苦労した。
「デバッガー……? 我もそのようなものは知らぬ。ジョブか何かか?」
「俺にもさっぱりだ。ただ、カミサマは俺に、デバッガーを付け加える、とか言ってた」
ロスヴィータはあごに手を当てて考え込んでしまった。俺は、よく分からない自分の状況に混乱するだけだ。
特別な力ってやつなんだろうか。でも、ラザフォードは、他人の頭に名札がある、なんて言ってなかった。勇者の力じゃない。やっぱりカミサマの仕業か。
ん? そうなると、今の俺にも名札はあるのか?
俺は鏡台に走った。
……ある。あった、俺の頭にも、名札が。
『アシュレイ・Lv99・勇者+デバッガー』
名前と、レベルと、ジョブ。その後には、さっき話したデバッガーという文字。
俺は、ただの勇者じゃないってことか。勇者ってだけでもとんでもないのに。
カミサマのヤツ、俺に何をくっつけた? デバッガーってのは、何をするものなんだ?
あの時、もっと詳しく聞いておけばよかった。俺はアイツの言うことにうなずくばかりで、疑問を持つ余裕がなかった。
今更すぎる。次、カミサマに会えるとしたら、いつになるんだ。俺がバグを全部倒し終わった後か?
願えば言葉が届くってわけでもないだろうな。
今は、こんな力がある、とだけ思っておくしかないか……。
じゃあ、これはこれで納得するとして、次の問題だ。
なあ、とロスヴィータに声をかける。実は、次の問題の方が、切実かもしれない。
「俺、偉い人に謁見とかしたことないんだけど、作法教えてくれない?」
聞いてみると、ロスヴィータは考えごとを止めて変な顔を作った。
……間抜けを見て呆れているような顔だな。一応こっちも真面目な話なんだが。
「ハンッ、我が人間の作法など知るか」
一蹴されてしまった。でも、俺はこれから国王陛下に会わなきゃならない。
その時に変なことをやったらどんなことをされるか……。
なんとか、ヒントだけでも貰わないと。
「だって、お前、魔王だったじゃん」
「……だった、というのが気に入らぬな。まあ良い、忠告くらいはしておいてやる」
おお、どんな?
「常に顔を上げぬことだ。そうすれば、首を飛ばされる恐怖に怯えずに済むだろう」
「どういう意味?」
「うつむいたままならば、上から来る刃を見ずに済む」
「魔王式の作法かよ!」
「だから我は人間の作法など知らぬと言ったであろうが!」
「だ、だって、お前も謁見しないといけないはずだぞ、たぶん。パーティメンバーだし」
「ふざけるな! 我に人間に頭を垂れろと申すか? 我はこの豚小屋で待っている!」
豚小屋言うなし。外に聞こえたらどうすんだ。
くそっ、バグへの復讐の旅が始まると思ったら、いきなり話がこじれやがった。
国王陛下に謁見したら、俺はどうなるんだ? そのまま、また旅に出させてくれるのかなあ。まさか、王都に縛られるってことはないと思いたいけど。
バグを相手にしたときとは違う嫌な汗が、俺の背中を伝う。
頼む、俺の心の準備ができるまで、ノックはしてくれるなよ……。
今のところ、一日一回投稿が目標です




