4:最悪との再会
「おい、ロスヴィータ」
「うるさい。気安く我の名を呼ぶな」
言葉はとがってるけど、覇気がない。ロスヴィータは、俺みたいに覚悟があってジョブを変えられたわけじゃないからな……。
そっとしておいてやりたい気持ちもあるけど、カミサマ曰く、ロスヴィータは俺のパーティメンバーらしい。放ってはおけない。
「街に行こう。今、世界がどうなっているのかを、調べなきゃいけない。お前は俺のパーティメンバーになったらしいし、ここには置いていけねえよ」
「我が、遊び人と組むだと? はっ、つくづくみじめな話だ」
「……そう言うなよ。俺だって、いきなり勇者にされたんだ。しかも、やらなきゃいけないことがたくさんできちまった。さっき、話したろ? 魔王とか、バグとか」
「ふん、どこまでが真実か分かったものではない。全て貴様の妄言かもしれぬ」
「だったら、お前が人間になったことはどう説明するんだよ。俺じゃ、そんなことはできないぞ。幻影魔法なんかじゃないって、気づいてるんだろ?」
また、ロスヴィータは黙ってしまった。
どうしたもんかな。無理やりに引っ張って行くのも、なんだか気が引ける。
俺が悩んでいると、遠くから馬のひづめの音が聞こえて来た。ガラガラっていう音も聞こえるから、馬車か何かだろう。
街道の端っこに寄る。通り過ぎようとしているのは、やっぱり馬車だった。
商人かな。荷台にたくさん物を乗っけてる。
俺はそのまま見過ごそうと思ったんだけど、御者のおっちゃんが、俺とロスヴィータを見て話しかけて来た。
「どうしたんだい、こんなところで」
律儀に馬を止めてくれるとは。こっちは気の良いおっちゃんなんだろうな。
説明したかったけど、カミサマの話なんて信じちゃくれないし、話すだけ無駄だ。
「えーっと、街に向かおうと思ってたんだけど、こいつが疲れたのか立ち止まっちゃってな」
そう言って、ロスヴィータを指さす。うなだれたままの恰好は、疲れて座り込んでいるように見えるだろう。
冗談みたいな嘘だけど、おっちゃんはロスヴィータを見て、こんな提案をしてくれた。
「そうか、歩いて行くとは難儀だな。どうだ、乗っていくかい? 別に運賃は取らないよ」
「えっ、いいのか?」
ありがたい申し出だ。どこにつながっているかも分からない街道だからな。街まで歩いてどれくらいの距離があるのかも知らない。
それに、今のロスヴィータは歩くどころか立ち上がる気力すらないだろう。乗せてもらえれば、とりあえず街には着ける。
「ああ、荷台で良ければだけどね。二人乗るスペースくらいはある」
「いや、ありがたいよ。ちょうど道にも迷ってたんだ。この道が、どこにつながってるのかも知らなくて」
「おいおい、そんな無茶なことをしていたのか。この先は王都だ。ここからだと、歩いてじゃ半日はかかるぞ」
うへ、そんなにか。じゃあ、やっぱり乗せてもらうしかなさそうだ。
「ロスヴィータ、行くぞ」
呼びかけてみても返事が無いので、俺は無理やり立たせてやった。
ロスヴィータは、完全に気力を無くしている。反論もせずに、大人しく馬車の荷台に乗ってくれた。
「ありがとうな、おっちゃん」
「気にしないで」
馬車が動き出す。舗装されているとはいえ石畳の上だ。すぐに尻が痛くなってきた。
でもま、我慢だよな。歩いて行ったら尻が痛いどころじゃすまない。
「旅の途中なのかい?」
おっちゃんが話しかけてくる。
「旅っていうか、ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだ。でも、その前に色々知りたいことがあってさ」
「知りたいこと?」
そうだ、このおっちゃん。商人っぽいし、今の世界がどうなっているのか知らないかな?
「ああ、そうなんだ。俺は田舎の村から出て来たばっかりでさ。ほら、世界っていうのかな? そういう事情に疎いんだ。人間とか魔族とか、そこら辺があやふやで」
ああ、とおっちゃんはうなずいた。
「魔族か、懐かしい話をするもんだな」
「懐かしい?」
「そうだよ。まあ、懐かしいって言っても、一年前の話さ。勇者様が魔王と相打ちになって、世界を救ってくれた。それ以来、人間世界は平和なもんだ」
「一年前!?」
おいおい。俺がカミサマ世界にいたのは、せいぜいでも一時間くらいだぞ。それが、こっちじゃ一年も経っていることになってるのか。
しかも、勇者が魔王と相打ち?
「な、なあ、おっちゃん。その勇者って、何て名前なんだ?」
恐る恐る聞いてみる。俺の予感が正しければラザフォードの名前が出てくるはずなんだが……。
「勇者様の名前か? 確か、アシュレイ様、だったかな」
え……?
なんでそこで俺の名前が出てくるんだ?
「ラザフォードじゃ、ないのか?」
「ラザフォード? 人の名前かい?」
「ああ、そうだ」
「勇者様のパーティにいたかな、そんな名前の人?」
勇者・ラザフォードが、俺に置き換わっているのか?
待てよ。じゃあ、俺が魔王と相打ちになったのか?
「魔王の名前は、知ってるか?」
こっちも尋ねてみる。
「さすがに魔王の名前は知らないよ。そもそも、魔族に名前なんてあるのかい?」
そうか、そうだよな。俺もロスヴィータの名前を聞いて、少し不思議だった。魔族にも、名前があったんだ、なんてな。
でも、こうなっているとは訳が分からない。魔王も倒されてるってことは、俺が魔王討伐に行く必要はないんじゃないか?
バグってのを消していくだけで、話は終わるんだろうか。なら、状況が単純になってくれて助かるんだが。
ああ、でも、そのバグがどこにいるのかが分からないな。うん? じゃあ、俺はどうしていけばいいんだ?
マズい、バグの探し方なんて知らないぞ……。
カミサマは特に何も言っていなかったし、自力で探し当てるしかないのか?
俺が悩んでいると、いきなり背中に寒気が走った。
なんだ!?
慌てて、周囲の様子を探ってみる。すると、馬も何か気が付いたようで、いきなりいなないた。
「わっ、とっ、どうしたんだい? いきなり」
ウマを操るおっちゃんはまだ気づいていないようだが……。
俺があたりを見回していると、ロスヴィータが立ち上がった。
真っ赤な瞳が、それこそ燃えるように輝いている。
「来るぞ」
「な、何が?」
俺が戸惑っていると、ロスヴィータが何の前振りも無しに、魔法を唱え始めた。
紅色の魔力光が、ロスヴィータを包む。待て、ヤバい、ヤバいぞ。
このままロスヴィータが魔法を使うこともだけど、悪寒が強くなってきた。
「構えろ、遊び人」
「お、おう」
言われてから、俺も腰の剣に手をかけた。
抜いて、あまり気分がいいもんじゃない。何も無ければいいんだけど。
でも、俺の希望はすぐさま打ち消された。
はっきりとした敵意を感じる。それも、前と言わず後ろと言わず、全部の方向から。
空の色ははっきりとした青。風は穏やかに流れ、虫の微かな泣き声が聞こえる。
そんな空間に、亀裂が入った。
これは……!
「奴らか!」
俺は、もうためらわずに剣を抜いた。
探す前に、あっちから出てきやがった。
裂け目から、羽の生えたガラクタ人形が飛び出してくる。
今度のは丸っこい胴体に四つの脚を付けた虫みたいな格好だ。でも、デカい。馬を一飲みできそうなくらいに、デカい。
それが、亀裂から三体出て来た。
ためらってる場合じゃない!
「ちっ、忌々しい。おい、遊び人、援護をしてやる。お前が前で戦え!」
「分かってるよ!」
言われるまでもない。俺は、勇者の剣でバグどもに斬りかかる。
やつらの頭には、ご丁寧に名前とレベルが書いてあった。『名称未設定・Lv67』 だと? 名札なんかつけて上等じゃないか。
荷台を蹴ると、脚が思った以上の反動を返す。腕には今まで感じたことが無いくらいに力がみなぎり、それでいて、視界は妙に冴えていた。
世界最強の聖剣が、俺の意志に呼応するかのように輝く。今の俺は、勇者だ。なら、この剣もきっと力を発揮してくれる。
俺の剣は、一瞬で奴らの内、一体を上から真っ二つにした。手ごたえはしっかりと感じるのに、感覚としては軽い。勇者の体ってのは、こんなに強いのかよ。
出オチをかました一体に驚いたのか、残り二体は俺から距離を取った。そこを、ロスヴィータの魔法が襲う。
「降魔鮮血雨!」
「ちょ、おまっ!?」
魔法はバグだけじゃなくて、俺まで巻き込んだ。範囲魔法を使うなら、はじめっからそう言ってくれ!
「俺を殺す気か!?」
「言うまでもないっ! 我の誇りを奪った報いを受けよ!」
それは濡れ衣だ! これは八つ当たりだ!
紅の雨を剣で弾きながら、俺は馬車までの五メートルを一歩で戻る。
「ちっ!」
あからさまに舌打ちをしないでくれ。
荒っぽい魔法が、バグどもに降り注ぐ。ザクザクと脳天らしき場所に突き刺さり、バグたちは甲高い悲鳴のようなものを上げた。
今がチャンスってやつだ!
俺は左右に分かれていた方の、右のバグから狙った。
十メートルの距離を二歩で埋めて、剣で横薙ぎに切り払う。
勇者の剣は、俺の思ったようにバグを切り裂いた。しっかりとした手ごたえと、敵の気配が消えるのを感じる。
残りは一体。まだロスヴィータの魔法で足止めされている。
俺は、今度は三歩でバグまで近づいた。右腕を引き、左手を前に。それを、腰の動きも使って一気に逆転させる。
右からの、渾身の一突きだ。
バグは、俺の一撃を受けて悲鳴を上げると、まるで煙のように消え去った。
やっと寒気が抜ける。でも、俺は自分の体に嫌な感覚を得た。
魔法を弾けたこと? 違う。
敵を倒せたこと? 違う。
俺は、自分の体に恐怖を感じた。
俺は細かいことを考えていたわけじゃない。ただ、目の前の敵を倒そうとしか思っていなかった。
だってのに、俺の体はまるで答えを知っているかのように、敵を倒すための最適な行動をしてのけた。
これは、ただの身体強化なんてもんじゃない。剣士とか、剣豪とか、もしくは剣聖みたいに動けた。これが、
「勇者ってわけか……」