3:世界への帰還
「っ!?」
俺は飛び起きた。
体中が痛い。ぶつけた、というよりも筋肉痛だろうか。起きるだけで体がミシミシ言っているようだ。
「ここはどこだ……?」
確か俺は、カミサマとかいうおっさんと会って、それから……。
「勇者になった……?」
そうだ。取り引きとか言われて勇者になったんだ。
遊び人レベル99が、いきなり勇者にジョブチェンジか。あまり実感がないな。
痛む体に鞭打って、俺はあたりを見回してみる。
今は真昼間。開けた場所だ。道が石畳で舗装されている。どこかの街道らしい。
街路樹まで植えてあるあたり、大きな街の近くだろうか。
あたりを確認していると、俺は隣で寝ている女の子に気づいた。
炎のように赤く、それでいて清流のように輝く髪。眠っているので瞳の色は見えないが、おそらくルビーのように赤いだろう。
見たところ俺より三つか四つ年下。黒い豪奢なドレスが、よく似合っている。
俺はこの姿に見覚えがある。
「魔王、ロスヴィータ……」
そう、確か一緒に化け物の群れと戦い、カミサマの世界に行った魔王様だ。
「おい、起きろ」
まだ状況ははっきりしていないが、眠らせたままでは状況の説明もできない。
「おい。おい!」
少しいら立っていたのかもしれない。つい大声を出してしまった。
「ん、むぅ」
でも、そのおかげでロスヴィータは起きてくれた。
そして俺の顔を見るなり、座ったまま、尻をこすりながら後ずさった。
「遊び人!」
「ああ、そうだよ」
今じゃ、元・遊び人だけどな。
「ここは……、魔王領ではないな。人間の国か? 我をどうやってここまで連れて来た!」
ロスヴィータは気を失ってたから、カミサマ世界のことは知らないようだ。
説明してやらないといけないだろうな。
なので、俺はロスヴィータを見て……少し固まった。
角が、無い。ロスヴィータの額から生えていた、二本の紅蓮色の双角が。
「おい、お前……」
「なんだ、我の問いに答えよ! どうして我が人間の国などにいる!」
「いや、その前に、お前、角が無いぞ……」
「なにぃ!?」
ロスヴィータが慌てて額に手をやった。でも、そこには、
「無い……? 無いだと!? 魔族の王の象徴たる、我が角が無い!」
そうだ。出会った時には、確かにあったはずだ。
角は魔族のシンボルだ。それが、折れたでも抜けたでもなく、無い。
「貴様、我に何をした! 確かに我は、我の身を一時貴様に任せた。だが、このような屈辱を味わわせるとは、どういうつもりか!?」
「いや、俺は何もしていないぞ。俺は……」
そういえば、おっさんが何か言っていたな。ロスヴィータから魔王のジョブを外すとか、変えるとか。
「それに見えぬ。人間の力を見通す我の目が、貴様のことを何もうつさぬ。我は、一体どうなってしまったというのだ」
そうだ。あのおっさんは、ロスヴィータを魔王から賢者にすると言っていた。
ってことは、今のロスヴィータは魔族じゃなくて……。
「人間に、なったのか?」
角が無い。人間の力を見抜く力が消えている。これは間違いないかもしれない。
俺は、ロスヴィータにカミサマ世界のことを話した。
俺たちが戦ったのは、バグとかいう敵であったこと。バグは世界の不具合であること。俺たちがそれを潰さないといけないこと。そして、俺が勇者になって、
「我が賢者? 賢者だと!? それは人間のジョブではないか!」
そうだ。やっぱり。
「魔王ではなくなった? 人間になった? バカなっ、神だかなんだか知らぬが、そのような冒涜的なことを、我に!?」
「間違いない、と思う。少なくとも、俺はお前に何もしてない。裂け目に飛びこんで、変な世界に行って、それからは説明したとおりだ」
「ふざけるな! 我は、我は……」
ロスヴィータの表情は暗い。
そうだろうな。魔族の王様としてずっと生きてきたのに、それがいきなり敵であったはずの人間にされたんだ。
俺だって、知らぬ間に魔族にされた落ち込む。いや、落ち込むどころじゃない。死にたくなる。
魔王は当然プライドが高いだろう。人間にされたショックは、俺には想像もつかない。
「……っ!!」
完全に落ち込んでる。自分が人間になってしまったのを、たぶん痛感してるんだ。魔王だったんだ。その力と知識があったら、気づくんだろうな。
どうしてやったらいいだろう。なぐさめるってのも、なんだか違う気がする。だって、相手は元・魔王だぞ? 人間の俺が何を言っても、怒らせるだけだ。
俺は、とりあえず現状を知りたい。俺とロスヴィータがカミサマ世界に行っている間に、こっちの世界がどうなったのかを。
幸い、街は近そうだ。誰か、世界情勢に詳しい奴がいてくれればいいんだが。
俺は、落ち込んでいるロスヴィータに声をかけずに立ち上がった。
俺の姿は、幸いにして変わっていないようだ。
ラザフォードたちがくれた防具はちゃんと装備してる。相手の攻撃を弱体化するローブ。魔法を弾く鎖かたびら。そこいらの魔族なら相手にできる短剣。
っと、いや、待て、他にも持っているぞ。
剣だ。腰からぶら下げてある。質素な鉄鞘に収まった剣には、かすかに見覚えがある。
剣を抜いてみる。
ああ、知っている、知っているぞ、この剣。
間違いなく、勇者の剣だ。ラザフォードが持っていた、そして折れて無くなったはずの世界最強の聖剣じゃないか……。
俺がこれを持って、しかも持つだけで力が湧いてくるなんて。
勇者に、なったんだな、やっぱり。
カミサマってのは、間違いなく存在して、さっきのは夢物語じゃなくて。
そうだよな。ロスヴィータの姿が変わっているんだ。俺もやっぱり、勇者になっちまったんだ。
実感してしまう。陽の光を受けてきらめく聖剣を見て、俺は涙が出て来た。
ラザフォード、お前は新しい勇者が、なんて言ってたけど、俺がその勇者になっちまったよ。
つまらないジョークを言って、三文芝居しかできなかった、遊び人が、さ。
くそっ、ここに誰もいなきゃ、またわんわん泣いてたかもしれない。俺は涙腺が弱いんだ。特に、仲間のことに関しちゃな。
でも、今は目を潤ませるくらいで我慢しないといけない。これから俺は、勇者として世界を救い、直していかないといけないのだから。
剣を鞘に収める。あまり見ていて気分が良いもんじゃない。どうしても仲間を思い出してしまう。
その、仲間たちのために、俺はこれから戦うんだ。
感傷にひたるのは、これくらいにしよう。とにかく今は、情報収集だ。




