9.炊き出しとポーション
困ったなあとあてもなく歩いていると、町の外れに来てしまったようだ。ボロボロの服を着て、暗い目をした人があちこちにうずくまっている。どこかで言い争う声が聞こえた気がして、僕はそっちに足を向けた。
「全く、あいつらときたら、薪も全て持っていっちまったよ。どうやってこれから調理をしたらいいんだい!家を壊せってか?」
怒っているのは三角巾を頭に被った赤髪の大柄な女性だ。もう一人の小柄な女性が困ったような顔をしている。
「この辺の家は石造りだから、壊しても薪にできないよ。」
「分かってるよ!」
竈を前に、二人の女性が言い争っている。そこには大きな鍋が置いてあった。どうやら補給部隊がこの町の薪も根こそぎ持っていってしまったらしい。申し訳なくなって、僕は思わず声をかけた。
「あの、何かお困りですか?」
僕の声に、二人はギョッとしたように後ずさって抱き合った。僕の服を見れば兵士だと分かってしまう。何かされると思われても仕方がない。
「な、なんでもありません。道に迷われたのですか?色街でしたら、その道を反対側に行って……。」
僕は敵意がないことを示すために、両手をあげた。
「僕は何もしませんから。道に迷ったのは事実ですが、薪がないと聞こえたもので。お湯を沸かせばいいのですか?」
僕は鍋に近づく。鍋の中にはなみなみと水が入っていた。信用してもらえたのか、肩の力を抜いた女性が呟く。
「……この辺には一日一回の食事もままならない人が多いんです。だから炊き出しを行なっているのですが、薪が調達できなかったもので……。」
おそらくなるべく多く手に入れようと、補給部隊が薪を買い占めたのだ。戦闘による食糧不足は、弱いところから襲っていく。
「なるほど。」
僕はそういうと、鍋に触れた。沸騰温度で固定すると手を離す。
「……はあ?」
二人の目がこぼれ落ちそうに見開かれる。そりゃ薪もないのに湯が沸いたら驚くよね。
「魔法です。しばらくこの温度を保ちますので、どんどん材料を入れてもらえますか?」
「……驚いた。便利な魔法があるもんだねえ!ほら、ベス、材料を持っておいで。」
さっきの不機嫌さはどこへやら、女性は上機嫌で指示を出しはじめた。
「う、うん。」
ベスと呼ばれた女性は近くにあった荷車へと向かった。被せてあった布を取り去ると、中には野菜や肉が載っていた。野菜はあまり新鮮ではないところを見ると、廃棄される寸前のものかもしれない。肉は大きく見えたが、ほとんどは骨だった。それでも肉がこびりついているだけマシか。
「僕も手伝いますよ。」
最近包丁を握っていなかったので、少し欲求不満だったのだ。骨にこびりついた肉をこそげ取った後、手際よく僕が骨を切っていくのを見て、また驚いている。
「骨をどうするんだい?」
「骨を入れると、いい味になるんですよ。それから、この野菜の青い部分は、臭み取りになります。途中まで入れておいて取り出します。」
僕は材料を無駄にはしない主義なのだ。こそげとった肉は、丸めてスープに入れた。やがてできたスープを僕は味見する。
「うん。……どうでしょう?」
スープを少し皿によそって女性に渡すと、女性は恐る恐るスープを口に入れた。また、驚いた顔になる。
「なんてこった。美味しいじゃないか。屑肉と売れ残りの野菜しか入れてないのに。」
ベスと呼ばれた女性も口に入れた途端、顔がぱっと明るくなった。
「美味しい……。」
「よかった。じゃあ、早めに配ってくださいね。あと30分くらいは冷めないようにしておきますけど。」
鍋の取っ手を触って、保温状態にしておく。僕が立ち去ろうとすると、女性が腰に両手をあてて立ち塞がった。
「待ちな。このまま行かせたんじゃ女が廃る。私はカルダン商会のリザだ。名前を教えてくれないかい?兵隊さん。」
「僕ですか?僕はアルトと言います。」
「そうか。困ったことがあったらカルダン商会を訪ねておくれ。今日のお礼はしっかりするからね。」
「お礼をされるほどのことはしてませんよ。それよりも、薬屋の場所を教えてもらえませんか?」
大佐のポーションを念の為仕入れておきたいのと、大佐の身体について相談したかった。僕は専門家じゃないのだ。
「薬屋か。それならこの道をまっすぐいくと大通りに出るからそこを……。」
「ありがとう。行ってみますね。」
道を教えてもらうと、僕は薬屋に向かって歩いていった。
「申し訳ありません。軍の方が全て徴発すると……。」
こちらも壁の棚はほぼ空っぽだ。残っているのは乾燥させた薬草くらいか。
「そうですか……。質問なのですが、食事を取らずポーションだけで生きていくことは可能ですか?」
ポーションは体を癒す働きがあることは僕でも知っている。でも食事を取らなくても大丈夫なのだろうか。店主は驚いた顔をした。
「どなたか食事が召し上がれないほどご病気の方がおられるのですか?」
「え、ええ、まあ。」
病気ではない、とは思うけど。でも食べられないという病気なのかもしれない。店主はううんと唸って腕を組む。
「そうですね。ポーションは体のエネルギーを使って壊れた部分を直す働きがあります。問題はこのエネルギーの部分はポーションでは補えないのです。」
「ですよね。」
大佐が枯れ木のようになっていて、寝てばかりいるのはそのせいだ。
「体のエネルギーを補給するためには食事が一番いいのですが、おそらく身体が受け付ける状態ではないのでしょう。ただ、そのままでは衰弱して死んでしまう可能性は否定できません。」
僕は大きく頷いた。やっぱり!このままにしてはおけない。
「何を食べさせたらいいですか?」
「おそらく今食べても、身体が食事を受け付けないでしょう。スープなど飲めるものが一番だと思います。ポーションは飲めているようですからね。病気の時にいいとされる薬草を追加すれば、さらに効果が上がるかもしれません。」
スープを飲ませようとした僕の考えは間違っていなかった。
「材料は何が良いですか?」
そうですね、と店主は首をひねる。
「骨からとったスープで野菜を煮込むのはどうでしょう。それから卵やバター、牛乳などがあればいいかもしれません。」
確かに。僕も幼い頃風邪をひいた時、卵の入ったスープを飲んだような気がする。卵とバターは貴重品だが、手に入るだろうか。日持ちがしないから残っている可能性がある。
「病気の時に効く薬草は残っていますか?」
それも入れたほうがいいだろう。有益な情報をもらって何も買わないのは忍びない。
「は、はい。こちらになります。」
袋に入った薬草をもらうと、僕は金貨袋を見た。
しまった。これを全部使い切らないと部屋に帰れないのだった。かといってこの店でこのお金を使い切るのは不可能だ。
僕は金貨を一枚取り出すと、店主に渡した。金貨を見て薬屋の目が丸くなる。
「お、お客様!こんなにはいただけません!すぐにお釣りを。」
「いいえ。スープの作り方を教えてもらいました。その分ですよ。」
僕はそれだけ言うと、足早に店を出た。
読んでくださり、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)、リアクションなどしていただけると嬉しいです。




