8.ベルギンの町
伝令からベルギンの町で補給をするため、五日ほど滞在すると連絡があった。僕はゼクス大佐と同じ馬車に乗っていた。大佐は戦闘以外の時は、本当に何もしない。ひたすら部屋で眠っている。今回も伝令からその話を聞いたのは僕だ。
だから上官達は副官をなんとかしてつけようとするんだなと、ものすごく納得した。
ベルギンは高い壁で囲まれている。壁の上にいる見張りの兵士がこちらに向かって敬礼をした。
「開門!」
その声の後、ゆっくりと橋が降りてくる。町は魔獣が侵攻できないように濠に囲まれていた。隊列は橋を渡って吸い込まれるようにベルギンの町へ入っていった。
「思ったより大きな町ですねえ。城壁もあって、城塞都市みたいです。」
交易路があり、宿泊する場所として栄えてきた町だ。かつては盗賊に狙われたこともあったという。だからこそ、町のまわりにこれだけの城壁を作ったのだろう。
馬車の窓から町の中を眺める。石畳になっていて、馬車が走りやすいようになっている大きな道の両側に、店が立ち並んでいる。ただ、活気はない。店に立っている住民達の顔には怯えが見えた。
何か、無理難題を言われるのだろうか。
そう思っている顔だった。
「食糧や資材の調達をするために、五日ほどここに滞在するそうです。」
ゼクス大佐は、僕の目の前に座って目を閉じたままだ。
馬車が止まったので、僕は先に馬車を降りた。大佐の宿がどこなのか確認しなければならない。
聞くと一番奥にある大きな宿を教えてくれた。
「大佐。宿の場所が分かりました。ここから歩きますか?」
返事がないので諦めて、馬車を宿の前につけてもらった。
「これはこれは。こんなボロ宿に、ようこそお越しくださいました。」
へこへことしながら出てきたのは宿の主人だろう。
大佐を馬車の外へと引っ張り出す。宿の主人は見たこともない動物を見るかのように、大佐をジロジロと眺め回した。大佐を見た目で判断してもらっては困る。僕は少しムッとしてしまった。
「ゼクス大佐です。粗相のないように。」
僕が言うと、主人は驚いた顔で大佐を見た。大佐は目を瞑ったまま、黙って立っている。
「大層お疲れです。急いで部屋へ案内してください。」
「は、はい。分かりました。お風呂はどうなさいますか?」
一瞬遅れて、主人が返事をし、そのまま歩き始めた。
僕は大佐を見たが、半分眠っているのか、足を動かしながらも目は閉じたままだ。
「……必要であれば、後でお湯をお願いします。」
「かしこまりました。食事はどういたしましょう。」
「食事は一人分だけお願いします。」
大佐は食べないだろうから、僕の分だけだ。
「こちらの部屋になります。鍵もお渡ししますので、誰も中には入れませんのでご安心ください。では、ごゆっくり。」
主人は逃げるように戻って行った。
「大佐。少しだけ待っていてください。」
念のため部屋の中を調べる。天幕のついた大きなベッドが真ん中に一つ。端に小さな書物机がある。隣に小さな部屋があった。ここは従者用の部屋なのだろう。そこにも寝台があった。特に危険なものはない。
「大佐。問題はないようです。」
その声が聞こえたのか、大佐は少し目を開けて、部屋の中をみると、そのまま寝台へと突進した。慌てて上の毛布を外すと、寝台の中に倒れ込んだ。靴のままだ。
「大佐。靴を脱がせます。」
靴に触っても何も言わないから許可が出たのだろう。そう思って僕は大佐の靴の紐に手をかけた。
靴の紐と僕が格闘している間に、兵士たちが馬車にあった大佐の荷物を部屋へと運び込んでくる。
大佐の荷物はポーションと褒章でもらった金貨がほとんどだが、どちらも重い。肩で息をしながら、兵士たちは、全ての荷物を部屋へと運び込んだ。
「はい、終わりました。毛布をかけますね。この部屋は暖かいですから、湯たんぽはなくても大丈夫ですか。」
夕食の時間まではしばらくある。宿の主人に言ってお湯を持ってきてもらった方がいいだろうか。僕がそう考えていると、
「……お前。」
寝台に横たわったままでジト目で睨んでくるゼクス大佐からお呼びがかかった。
「アルトです、大佐。何か御用ですか?」
「金貨袋をどれか一つ、持ってこい。」
「……?かしこまりました。」
買い物にでも行くのだろうか。僕がそう思いながら金貨袋を寝台に持っていくと、追い払うように手が動いた。
「その金で買い物をしてこい。全部使うまで帰ってくるな。……命令だ。」
これは僕を試すための仕事なのだ、と僕は悟った。効率よく、どう金貨を使うことができるのか。それをゼクス大佐は見ようとしているのだ。
「分かりました。買い物をしてきます。部屋の鍵は誰も入って来られないよう、僕が持っていますね。」
「待て。その前にポーションだ。」
「……ついでに大佐が食べられそうなものも探してきます。」
兵士たちの食べている、保存のきく硬いパンや干し肉は、大佐には食べられないだろう。一番いいのはスープだが、そのためにも材料が欲しい。
大佐にポーションを一瓶渡すと、僕は部屋に鍵をかけて町へと出かけることにした。
町の中は、兵士であふれていた。
「エールをくれ!」
「こっちもだ!」
酒場だろうか。エールのジョッキを持って浮かれている兵士たちがいる。そこで働く女性を口説いているのか馴れ馴れしく近くで話しかけている兵士もいる。屋台も普段食べられない美味しいものを食べようと、兵士たちが群がっていた。
「あの、お支払いは……。」
「上官がまとめて払ってくださるそうだ。後で金貨の雨が降ってくるだろうから、楽しみにしておけ!」
「そ、そうですか。」
困った顔をして食べ物を提供し続ける店主を横目で見ながら、僕は市場へと出かけた。
これから先のポーションや食材を探さなければならない。しかし。
「すみません。先ほど軍の方が全てお買い上げに……。」
空の棚が立ち並ぶ食料品店の店主に謝られた。補給部隊はこの街にある食糧と資材をあるだけかき集めているようだ。
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