10.金貨の使い道
お金を使おうにも、物資は補給部隊が買い占めており、すでに残っていなかった。僕は金貨の袋を握りしめたまま、トボトボと歩く。このままでは大佐の元へ帰れない。
兵士たちが連れ立って歩いていく方向には、色街がある。賭け事ができる場所もあるだろう。でも僕はそこでお金を使いたいとは思わない。自分が父親のようになってしまうのが怖いのだ。
「もし。そこのお方。」
後ろから声をかけられた。振り向くと、先ほどの薬屋の主人がいた。声をかけてきたのは、その隣にいる方だ。茶色の髪を短く切りそろえた大柄の男。でも肉体労働をしているにしては、着ている服が上等だ。
「先ほどはこの者がお世話になったと伺いました。見ればお困りの様子。話を伺わせていただいてもよろしいでしょうか。ああ、自己紹介がまだでしたな。私はこの町で商会を営んでいるカルダンと申します。」
「カルダン?ああ。リザさんがそんな名前を。」
リザの名前を出すと、カルダンは驚いた顔をした。
「なんと。ではあなたが炊き出しを手伝ってくださったという……。」
「アルトと言います。大したことはしてません。」
むしろ大佐の役にはこれっぽっちも立っていない。悲しい。
「いやいや、リザはとてもあなたに感謝しておりました。こんなところで立ち話もなんですからな。どうぞこちらへ。」
行くあてのない僕は、その厚意に甘えることにした。
案内されたのは、カルダンの商会だ。石造りの高い建物には多くの者が出入りしている。薬屋の主人は、そこで一礼をすると戻って行った。
「お入りください。」
扉の奥、通されたのはおそらく応接室だ。僕が座ると、すぐにお茶菓子と紅茶が出される。商会といえどもこれは最上級のもてなしではないか。
「あの、このような応対をされる覚えはないのですが。」
僕はただスープを作って薬草を買っただけなのだ。カルダンは器用に片眉だけあげてみせた。
「薬草一握りに金貨一枚は分不相応な金額です。軍の徴収であれば、安く買い叩かれるのが当たり前。みんなそれを覚悟しているのですよ。そこに金貨だ。それに不思議な力でスープを作られたとか。私としてはぜひお話を伺いたいのです。お力になれることがあれば、致しますよ。」
どうやら僕は常識はずれのことをしてしまったので、ここに呼ばれたようだ。でも彼なら僕を救ってくれるかもしれない。僕は金貨袋を取り出して机の上に置く。
「これを今日中に使い切りたいのです。」
「……失礼ですが見せていただいても?」
「どうぞ。」
この町に落としていくはずの金だ。僕は素直にカルダンに金貨袋を渡した。カルダンはまずその重さに眉を顰め、中を開けてしばらく固まった後、溜息をついた。
「どのような経緯でこのお金を使い切らなければならないのか伺ってもよろしいですか?」
後ろめたいお金を手放したいのだろうと、疑われているのは分かっていたが、正直に話すしかない。
「実は、僕の上官が、これを使い切るまで宿に戻ってくるなと言うのです。」
「……ほう。」
返答に困ったカルダンが適当に相槌を打った。
「怪しい金ではないです。上官が戦闘でもらった報奨金の一部です。でも僕は、このお金を使い切って早く宿に戻りたい。なんとかなりませんか?」
僕をじっと見たカルダンは、嘘ではないとわかってくれたようだった。
「これをこの町で使い切るのは、かなり骨が折れますな。色街もございますが……。」
「そこでお金を使いたくないんです。買い物になりません。カルダンさんならどうやってお金を使いますか?」
僕の質問に、カルダンは驚いた顔をした後、かすかに唇を緩めた。
「私でしたら腕の立つものを雇って商団を作り、ギランまで行って物資を買い占めてきます。商人ですから。」
商人としては元手を増やすことが最優先だから、当然か。
「アルト様は、このお金で何が欲しいのですか?」
何が欲しい。そういえばちゃんと考えていなかった。
「僕の上官の役に立つものを買いたいと思ったんです。」
一番優先したいのは大佐が食べられるもの。あとは魔力を使いすぎた時のことを考えて、暖かくできるもの。服の替えももう少し欲しい。僕より少ないのはどうかと思う。
「そう言えば、上官のお名前をお伺いしておりませんでしたが。」
「……ゼクス大佐です。」
「ああ、あの……。」
カルダンは途中で言葉を濁した。あの、の先は『死神』だろう。おそらく大佐の名前はこの国の中では敵の名前として知られている。石を投げられても仕方がない。
「正直に言わせていただければ、私はゼクス大佐を快くは思っていませんでした。」
僕は頷いた。自分の国の人間がたくさん殺されているのだ。快く思う奴はいない。
「ただ、あなたを見ていると、それほどひどい人だとは思えなくなるのですよ。これほど副官に慕われているのですから。」
慕っているわけではない……と思う。どちらかといえば、放って置けない猫の世話をしている感じだ。でも、大佐は僕を馬鹿にしないし、魔法も教えてくれた。感謝はしている。
大佐がもしこのお金をつかうのならどうするだろう。ポーションを買うか?でもないとしたら……。ふと、大佐との出会いを思い出した。
「そうだ。このお金を大佐の名前でこの町に寄付することはできますか?必要なものだけは買わせていただきたいですけど。」
「寄付、ですか?」
カルダンは戸惑っている。それはそうだ。敵国にお金を寄付する奴はいない。
僕はそこで声を顰めた。
「実は大佐は、お金が嫌いなんです。だから近くに置いておきたくない。なくなって大佐は喜ぶ。僕は宿に帰れて嬉しい。この町もこのお金が入って嬉しい。誰も損はしませんよ。」
多分、嘘は言ってない。大佐がお金を大事にしているなら、あんな無造作に置きっぱなしにはしないはずだから。
カルダンはしばらく呆気に取られた顔をしていたが、やがてクックックと笑い出した。笑いが収まると、僕に笑いかける。
「寄付!なかなか斬新な使い方ですね!しかし、これを知られれば大佐は不興を買うのではありませんか?」
「そういうことを気にする人ではないですから大丈夫です。」
カルダンは机の上の金貨袋を恭しくささげ持った。
「こちらはありがたくいただくとしましょう。感謝いたします。長い戦争で人々は疲れている。困っている人に使うことをお約束しましょう。」
「お願いします。あ、それから、できれば手に入れたいものがあります。」
「なんとしても手に入れましょう。リストを作っていただけますか?」
カルダンは晴れやかに笑った。




