11.モリンガの薬草茶
卵やバターは保存がきかないので、軍隊も徴収しなかったらしい。商会が持っていたそれらのものを僕は両手で抱えながら宿へと戻った。このお金の使い道が大佐のお気に召すのかどうかは分からないが、約束は果たした。僕には部屋で眠る権利がある。
部屋の鍵を開けると、中は真っ暗だった。大佐は就寝中のようだ。起こさないようそっと自分の部屋の方へ向かうと、床の軋む音が思ったよりも大きく響いた。
「誰だ。」
不機嫌そうな大佐の声がする。起こしてしまったのなら仕方ないと、僕は明かりをつけて大佐の元へ向かった。
「申し訳ありません。ただいま戻りました。」
寝起きで機嫌の悪そうな目が、寝台から見えている。
「金はどうした。朝までかかると思っていたが。」
「この町の商会に寄付してきました。」
「……それはなかなか斬新な使い方だな。」
カルダンと同じことを言っている。
「ここの商会の方が親切でしたので。欲しいものは別途手に入れてくださることになりました。明日にでも届けてくださるそうです。」
大佐は僕をじっと見つめた。
「……信用できるのか?」
その言葉に、僕の胸は痛んだ。自分が味方からも疎まれている存在だと、ゼクス大佐は分かっているのだ。お金など持っても邪魔なだけ。ならば必要な人に渡すのが良いと大佐はひょっとすると考えたのだろうか。
「大佐は……あのお金でこの町の人を救いたかったのですか?」
「いや、一人でゆっくり休みたかっただけだ。お前はうるさい。」
「うるさい……」
僕の言った言葉をそっけなくかわされた。しかもうるさいと言われた。しょげる僕にさらに大佐は追いうちをかける。
「ポーションをくれ。喉が渇いた。」
ポーションの使い方を間違っている。
「ポーションは水ではないです。薬草茶をお淹れします。」
「薬草?毒ではないのか。」
まだ疑われている。自分が恨まれていると思っているのだから当然か。でも僕はあの薬屋は真っ当な人だと思った。じゃなければわざわざ商会の人を連れてきたりしない。
「まだ給料をいただいてないので、今僕が大佐を殺しても何の得にもならないと思いませんか?目の前でお淹れしますので、ご覧になってください。」
僕はカルダンからもらった薬草を出す。
「これは、モリンガという、栄養のある薬草だそうです。」
僕はそれだけ言うと、葉っぱをちぎって、口に入れる。苦味はほとんどない。草っぽさがあるけれど、食べられないこともない。味わいながらも僕は薬草の葉をちぎっては、ティーポットに入れていく。このティーポットもお茶を淹れるならと商会でお土産にくれたものだ。そこに水と薬草を入れて、温度を上げる。
「あまり熱すぎるのは良くないそうなので、少し温度を下げておきますね。」
僕の魔法が気になるのか、大佐は起き上がって僕がお茶を淹れる様子をみて首を傾げている。
「……何度見てもお前の魔法はよく分からん。」
「お褒めの言葉として受け取っておきます。」
「ああ。褒めている。」
思わず手が止まった。からかわれたのか?大佐を見るが、真剣に僕の手元を見ていて顔色も変えないので、本気だったようだ。
布で漉しながらゴブレットに薬草茶を淹れると、最初に僕が飲んで見せる。うん。不思議な爽やかさのあるお茶だ。でもやっぱり草っぽい。
「はい、どうぞ。」
僕が勧めたお茶をゼクス大佐は一口飲むと、戸惑ったような顔をする。
「うまい……のか?」
「どうでしょう。好みは分かれそうですよね。」
栄養があると知っているから飲むけれども、そうじゃなきゃ僕は飲まない。
「病気で食べられなかった後にこれを飲むのが、この辺の習慣だそうです。体に足りないものを補えるそうですよ。ポーションはそこができないですから。」
血を失いすぎた兵士がポーションを飲んでも、翌日には冷たくなっていることがある。それと同じだ。
「ん?でも大佐は怪我をしていないですよね。ポーションは何に効いているんだろう。」
見えないだけで、大佐の身体の中はボロボロなのかもしれない。飲み過ぎは良くないけど。
「さあな。ただ、ポーションがなければ、私はすでに死んでいてもおかしくない。」
空になったゴブレットを僕に返すと、大佐はまた目を閉じた。
「寝る。下がれ。」
「かしこまりました。おやすみなさいませ。」
僕は明かりを消すと、自分の部屋へとそっと入っていった。
その頃デズモンドは、購入できたもののリストと金額をバルトロメウス隊長に報告していた。
「薪はなんとかなりそうです。食糧も二週間分調達できました。」
実際は町の食糧とあらかじめ蓄えてあった補給物資をかき集めても一週間分にしかならない。そのうち辺境伯領から物資も届くだろうし、兵士たちの一食分の量を減らせばなんとかなる。そうデズモンドは楽観していた.
「そうか。魔の森も近くなってきたからな。それだけあれば足りるだろう。この町を出る時、これを払っておけよ。」
バルトロメウスが出したのは、金貨袋が二つ。実際は三つだったが一つはバルトロメウスの懐の中だ。
「かしこまりました。」
デズモンドは袋を持つと、天幕をでた。金貨袋を見比べ、ニヤリと笑う。
「量が減っていても分からないでしょう。守ってあげているのですからね」
中からそれぞれ金貨を一握りつかむと、ポケットに入れる。このお金があれば、色街で王様になれる。デズモンドの顔はそれを想像して緩んでいた。
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