6.僕の魔法は
「もう一度湯を作ってみせてくれ。」
朝起きた大佐の第一声がそれだった。自分の体調より、見たことの無い魔法の方が気になるらしい。でもチャンスではある。
「分かりました。その代わり、白湯を飲んでくださいね。」
「ああ。」
僕は昨日のゴブレットを出すと、水袋から水を出し、ゴブレットに注ぐ。そしてゴブレットに触れてちょうどいい温度に変化させた。
その様子を大佐は食い入るように見つめている。
「大した魔力は使っていないが、なぜ水が温まる?水自体に変化を求めているのか?それに魔力を使わず固定する理論が理解不能だ……。」
「何もないところに炎が出てくるのも僕には理解不能ですよ。」
魔法の理論とか言われても僕には分からない。僕の差し出したゴブレットを素直に受け取ると、大佐は中身を一口飲んだ。
「魔法学園に通おうとは思わなかったのか。」
魔法を使える者は少ない。だからこそ、平民にも通えるようにはなっている。一応。ただし、条件があるのだ。
「僕の魔力は少ないんです。だから、魔法学園に入れませんでした。代わりに軍に入りました。」
「何故だ?」
「お金が必要だったので。」
僕の家は小さな領地のある男爵家だった。ある日、領地の中で金山が発見されてから、全てが狂った。金山を王家に献上し、多額の報奨金を得た父はいままでの質素な生活を捨て、金を湯水のように使い始めた。気づけば借金だらけ。男爵位も領地も返上し、残されたのは平民になった、僕たち兄弟だけだ。持ち過ぎる金は自分を滅ぼす。幼くして僕が得た教訓だ。
「だから、金は要らないと言ったのだな。」
「ええ。僕にとっては多すぎるお金は毒と一緒です。」
「そうか……。」
大佐はしばらく考え込んでいたが、何かを思いついたように顔を上げる。
「水の温度を変えられると言ったが、例えば氷を作ったり、蒸気を出したりすることはできるのか?」
氷はともかく蒸気?大佐は何を言っているのだろうか。
「どちらも試したことがないですが、やってみますか?」
「ああ。頼む。」
大佐はゴブレットの中身を飲み干すと、僕にゴブレットを戻した。
大佐がゴブレットを凝視する中、僕はゴブレットの中に水を注いだ。そのまま氷の温度に固定する。ゴブレットから冷気が伝わってくるので、慌てて床に置いた。
「……凍ったな。」
「はい。凍ってます。」
表面だけではなく全体を凍らせたので、試しに布でゴブレットを包んでひっくり返してみたが、何も出てこなかった。
「……ふむ。では逆に沸騰する温度にしてくれ。」
「はい。」
指先をゴブレットにつけて、沸騰温度に固定する。やがて氷は解け、湯気が出てきた。
「しばらくこのままで。」
「はい。」
大佐と一緒に眺めていると、ゴブレットの中身は少しずつ減ってくる。
「今、ゴブレットの中身が減ったのがわかったか?これは蒸気になってこの周りに漂っているからだ。」
それは知らなかった。今までスープを作っていると量が減るのはなんでだろうと思っていたけど、そう言う仕組みだったのか。
「じゃあ、僕の周りには水がいっぱいあるってことですか。」
「そうだ。」
「知らなかった……。」
僕にとって水とは水の形をしたものだけだったのだ。
「温度を変えることで、水を追い出すことも、水を増やすこともお前にはできるのではないかと思うんだが、試したことはあるか?」
「ないです。」
「では、ゴブレットの温度を解除してくれ。」
温度の解除は触れなくてもできるから便利だ。
「しました。」
温度を解除してもすぐに冷たくはならず、ほんのりと湯気が立っている。
「次に、この周りの水の温度を下げてみろ。水があると思ってやるんだ。」
見えないけれど僕の周りには水がある。そう思いながら僕はゴブレットの上に手をかざし、温度を下げてみる。手のひらの近くに冷気が溜まり、そこから水滴がポタポタと垂れて、ゴブレットに滴った。
「できた……。」
空気の温度を下げれば水ができるのか。これで僕は水がなくて困るということがなくなった。すごい!
ならば水の温度を上げたらなくなるのか?
「魔法学園に入れば、水の性質についても学ぶ機会があっただろうがな。この知識があればお前の魔法も幅広くなり、手柄をあげることもできるだろう。副官などしていなくてもな。」
大佐の言葉は僕の耳を素通りしていた。
「ちょっと試したいことがあります!」
部屋に戻って布を取ってくると、それにゴブレットの水をぶちまける。
それを持って水の温度を沸騰温度まで上げた。布はシュウシュウと音を立てて、湯気を出していく。
「あちっ」
湯気の熱さに思わず布を取り落とすが、布はそのまま湯気をあげ続けた。湯気が立たなくなった布を恐る恐る触ってみるが、すでに熱さはない。
「こ、これなら……」
僕は思わず感動にうち震えた。
「これなら?」
「洗濯がものすごくラクになります!」
だって一瞬で乾くんだよ?雨でもできるんじゃない?
たっぷりと時間を取った後、大佐はしみじみと言った。
「お前は魔法で戦おうとは考えないのか?」
「使えますかね?」
僕は首を傾げた。空気中の水の温度を変えて相手の服を濡らしたり乾かしたりしても、しょうがないんじゃないか?僕の様子を見て、大佐は何かを諦めたようだった。
「なるほど。もう少し自分の力について学ばないと分からないのだな。」
そんな、できない子を見る眼差しで見ないで欲しい。僕はもう一度ゴブレットに水を入れると、白湯にして大佐に渡した。
「約束ですから飲んでくださいね。」
「そうだな。」
素直に受けとって飲んでくれた。少しは信用して貰えたらしい。
「大佐がそんなに僕の魔法に興味を持つとは思いませんでした。」
「もし私がその力を手に入れたらどうなると思う?」
僕は想像した。自分の好きな温度で火力を変えられる。それはなんて……
「素敵ですね!料理の時にとても便利そうです!」
パンが美味しく焼ける。僕の力では焼き物は出来ないのだ。オーブンの火力を一定に保てるなんて最高だろう。しかも無料で!むしろ僕が欲しい。
ぶふっと大佐は白湯を吹き出した。慌てて僕はさっきの布で布団を拭いた。
「やっぱりそういう使い方になるんだな。」
「戦いなんて一生続くわけじゃないでしょう?でも食べ物は一生ついて回りますから。大佐のおかげで魔獣討伐も終わりそうですからね。その後のことを考えないと。」
「その後か……。考えたこともなかったな。」
「ところで、朝食はいかがしましょうか。なんなら僕が……。」
「ポーションをくれ。」
「……かしこまりました。」
大佐が食事をとれるようになるのは、まだ先のようだ。
あったら欲しい魔法です……(笑)
読んでくださり、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)、リアクションなどしていただけると嬉しいです。




