5.見たことのない魔法
集合場所に行くと、輿に乗るように言われた。毎回倒れるので、帰りもそのまま帰れるように用意したのだという。人が近くにいるのは嫌なものだが、仕方がない。黙って乗ると、兵士が四人がかりで輿を持ち上げた。その方が敵からよく見えて、いいのだそうだ。ていのいい、囮である。
「出発!」
軍が動き始める。軍議にも参加しない私は、どこに行くのかも聞かされていない。
馬で近づいてきた男は、確か参謀だったか。笑顔で私に話しかける。
「そろそろここも我らの勝利で終わるでしょう。今日も派手にお願いしますよ。」
「敵は、どこに……。」
「山の麓に誘き出しました。上から狙います。」
どのくらいいるのだろう。そう思っても口には出さない。私はただの生きる兵器だ。たくさんの魔獣を殺してきた。何を躊躇うことがある。
数日前に私が焼き払った山についた。焦げ臭い匂いが鼻についた。あたりの木は黒く焼けこげ、草も生えていない。そこから下を見ると猪のような魔獣がひしめきあっているのが見える。左右は閉ざされ、逃げ場はなくなっている。
「弓箭兵、つがえ!」
下に見える魔獣に向けて、無数の矢が向けられる。参謀が頷くのを見て、私は細く萎びた指を魔獣に向け、魔法を発動した。
「”爆炎“」
渦を巻いた炎が、一直線に魔獣へと向かう。ドン、という音の後、魔獣達は炎に包まれた。苦悶の鳴き声が響き渡る。以前よりも威力が落ちている。それは自分のことだから分かる感覚だった。きっと体が弱っているからだろう。
「打て!」
炎に慌てる魔獣たちを矢の嵐が襲う。
そう考えながら私は体が冷たくなっていくのを感じた。魔力を使いすぎるといつもそうなるのだ。でも、まだ殺されはしない。勝利が手に入るまでは、私は生かしておくべき駒なのだから。
くたり、と輿に身体を横たえると、目を閉じる。
「次もまた、お願いしますよ。……先に戻れ。」
参謀の声は聞こえたが、もう指一本も動かすことはできなかった。
腹の部分が何やら温かく、心地よい。無意識に手を伸ばせば温もりを与える丸いものがあるのが分かる。思わず両手で抱きしめるようにして抱え込んだ。
ゆらゆらと意識が浮かび上がって来る。
「大丈夫そうですな。今日はこのまま暖かくしておきなさい。食べられそうなら温かいものも腹に入れた方がいいでしょう。そもそも栄養が足りていない。」
「そうですよね……。わざわざ来てくださってありがとうございます。」
「なんの。英雄殿のお陰で私の仕事は激減しておりますからな。」
会話する声に、私の中の何かが危険信号を鳴らした。自分の部屋に誰かが忍び込んでいる。カッと目を見開いた私の目の前には、赤毛で琥珀色の目をした副官と見たことのない男が驚いた顔をして立っていた。
「大佐、目が覚めたのですね。良かったです。」
「誰だ。」
赤毛はちょっと怒った顔をして自分のそばに寄ってくる。
「僕は副官のアルトです。お忘れですか?この方は軍医です。大佐は意識不明の状態でこの部屋に運び込まれました。僕は大佐を寝台に寝かせて彼を呼び、診察してもらいました。栄養失調と魔力欠乏による失神だそうです。二、三日は休養してくださいとのことです。」
軍医と呼ばれた男は、にこやかに笑う。
「今回の副官は優秀なようで何よりです。では、私はこれで。」
「当たり前のことをしただけですよ。ありがとうございました。」
医者と一緒に天幕を出て行ったアルトはすぐに戻ってきた。
「欲しいものはありますか?」
「……ポーション。」
チラリと見た部屋の中は、今までの部屋はゴミだらけだったのかと思うほど整然としていた。どこにポーションがあるのか分からない。探しに寝台から出たいと思っても、体は鉛のように重く、動かなかった。
「……ポーション以外のものを口に入れてもらえませんか?スープを作ってきましょうか。」
食事を取らないことはこの前も言った筈だ。黙って睨みつけると、アルトはため息をついた。
「身体を中から温めていただきたいのです。目の前でいれた白湯なら飲んでいただけますか?……ちょっと失礼します。」
部屋の片隅にある棚から銀のゴブレットを出してくると、アルトは顔を顰めた。
「洗ってませんね?これ。」
誰も使わないから、埃をかぶっていたはずだ。アルトは水袋を取り出すと、ゴブレットの中に注ぎ込む。ゆっくりと掻き回し、中の水を捨てる。水は床の土が瞬く間に吸収していった。
「ちょっとお借りします。後で洗いますから。」
天幕の中にあった布切れでゴブレットを拭うと、アルトはそこにまた、水を注ぐ。その後アルトがゴブレットを触った途端、私は目を疑った。先ほどまで水だったのに、湯気が見える。
待て。どうしてお湯になるのだ。火魔法が使えるというのか。しかし、火魔法であれば、ゴブレット自体も熱くなり、持っていられないだろう。
「なぜ、お湯に……?」
思わず聞いてしまった私の言葉に、アルトはこともなげに答える。
「いろいろ試していたら、好きな温度の水が出せるようになったんです。便利ですよ。大佐の使っている湯たんぽも僕が温めました。」
「火魔法……が使えるのか。」
「いえ。水の温度を変えられるだけです。大佐みたいに戦争にも使えない役立たずな魔法ですよ。」
アルトは自嘲気味に言うが、そんな魔法は聞いたことがない。魔法学園に入れば、研究者たちが目の色を変えて寄ってくるだろう。
「水をお湯に変えることはできますが、それ以外はできません。」
それだけ言うと、毒見のつもりだろう。アルトはゴブレットの中の水を飲んでみせる。
「どうぞ。」
差し出されたゴブレットには、なみなみとお湯が入っている。震える手でゴブレットを受け取ると、手に温もりが伝わってきた。やはり水だけを温めてある。
身体を起こそうとすると、アルトが背中に手を添えたが、私はそれよりもアルトの魔法に気を取られていた。一口、口をつけた。湯が触れたところから、じんわりと温もりが体に入っていくのが分かった。乾いた喉に、その白湯はよく沁みた。
もう一口、もう一口と体の欲求のまま飲む間に、気づけばゴブレットの中身は空になっていた。腹の底から温かさを感じられる。アルトは私の手からゴブレットを取り上げる。
「飲んでいただけて、良かったです。では、ポーションもどうぞ。白湯では栄養は取れませんからね。ポーションでも足りてませんけど。」
差し出されたポーションを受け取ると、封を切り、一気に飲み干す。身体の英気を養い、魔力を回復させることのできる最上級のポーションだ。ゆっくりと身体の奥から魔力が回復していくのを感じ、私はため息をついた。
アルトはポーションの空き瓶を取り上げると、私をまた寝台へと横たえた。魔力不足で感じる寒さは、すでにどこかに消え去っており、温かさが私の身体を包み込んでいた。瞼が自然と降りてくる。私はまた湯たんぽを抱きかかえ、丸くなった。
「今日はもうお休みください。例え大将が来たとしても追い返します。」
遠くでアルトの声が聞こえた。
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