3.スープに毒は入っていません
調理用天幕の中は水浸しになっていた。地面は水を吸って泥のようになっている。とりあえず天幕の場所を変えようと、他の仲間たちが忙しく動き回っている。コンロの部分も水浸しで、火を点けるのも難しそうだ。
「……何があったの?」
「新しい副官だよ。俺は水が出せるって大いばりしてたんだ。だけど水の量が調節出来なくて、鍋から水が溢れちゃったんだ。」
「副官はどこに?」
「『後は片付けとけよ』ってどこかに行っちゃった……。」
「朝ごはんは?」
「とりあえずパンと干し肉を出した。でもお昼はスープを作らないと怒られちゃう……。」
マールが泣きたくなるのもわかる。これでスープが出来なければ殴られるのはマールなのだ。僕はため息をついた。
「分かった。とりあえず水を沸かす。どこか場所を見つけて野菜を切っといて。」
「ありがとう!」
マールは水たまりを避けるように跳ねながら離れていった。僕はコンロに近づくと鍋の中を見る。確かに鍋の中にはなみなみと水が入っていた。僕は鍋に触れると、水の温度を上げる。ぐつぐつした状況で1時間でいいだろう。見ているうちに水が沸いた。今のうちにスープの中身を考えよう。野菜だけだと味気なくなる。
「余り物は何かある?」
貯蔵庫に行くと、見張り番の男が僕を見て手を上げた。僕の節約料理にいつも手を貸してくれるのだ。
「ああ、アルトか。朝の干し肉のかけらなら、袋の底に少し残ってるぞ。」
「それ貰うね。」
干し肉を持って帰る途中で、使えそうな薬草(雑草じゃないよ。食べられるからね!)を採取した。これで彩りも多少良くなるはずだ。
僕は干し肉のかけらを鍋の中に入れると、薬草を洗ってちぎりながらしばらく待つ。
「アルト!野菜を切ってきたよ!」
マールがボールに山盛りになった野菜を持ってきた。なるべく小さく切ってある。大きく切るとそれだけ煮込むのに時間がかかるのだ。
「ありがとう。じゃあ火の通りにくいものから入れていこう。」
ぐつぐつと沸いている鍋の中に、野菜を入れ、近くに生えていた薬草(断じて雑草じゃない)を入れて味付けをする。干し肉から塩は出るから入れなくても大丈夫だろう。
煮込んでいる間にコンロの下の水浸しの薪を取り出す。これはしばらく乾かしておかないと使い物にならない。
「新しい薪はある?」
「確か外にあったはず。待ってて!」
マールはすぐに走っていって、乾燥した薪を両手に抱えて持ってきた。
「火を点けておいて。一時間したら温度は下がるから。」
魔法が切れてもすぐに冷たくなる訳ではないけど、準備はしておいた方がいい。慣れた手つきでマールは薪に火をつけた。
「もし水を出してもらうなら、空いてる水樽にいれてもらった方がいいね。」
「うん。次からそう頼んでみる。」
そう言った途端、マールの顔が強ばった。
「おいおい。部外者がなんでこんなところにいるんだい?」
デズモンド副官が戻ってきたのだ。振り返ると嫌そうな顔をして立っている。副官の尻拭いをしに来たと言ったら、怒るだろうな。
「ゼクス大佐の食事を取りに来ました。」
僕の言葉を聞いた途端、デズモンドはゲラゲラと笑い出す。
「大佐の食事!副官失格ですね。無知にも程がある。」
しばらく笑った後、目尻の涙を拭きながらデズモンドは歪んだ笑みを見せた。
「楽しませてもらったから、お礼に教えてさしあげましょう。ゼクス大佐は何も食べませんよ。」
「え?」
人は何も食べないと死ぬ。そう思ってたんだけど違うのだろうか。大佐は人ではない……?
「ポーションが山ほどあったでしょう?あれが食事の代わりですよ。」
確かにポーションは身体を癒す働きがある。だけど身体を動かすには、食べないと行けない。薪がないと火が点かないのと一緒だ。
「せっかくだから、持って行って差し上げなさい。準備を。」
マールはその言葉で跳ねるように動いてあっという間にスープの皿をお盆に載せてくれた。
「ああ、それからここは部外者は立ち入り禁止です。次からは食事の時間に合わせて取りに来なさい。あなた達も勝手なことをしないように。」
皆の困った顔に、デズモンドはイラッとした顔を見せた。
「返事!」
「はい!」
上官に逆らえないのは僕だけじゃないのだ。
僕が天幕に戻った時も、大佐は寝台の中だった。
「あの、スープをお持ちしました。」
デズモンドの言う事が本当なのかどうか、確認しなくてはならない。
やがて寝台から機嫌の悪そうな大佐の顔が出てきた。
「さっきポーションを飲んだ。私に食事は不要だ。」
確かに一本ポーションが転がっている。
「スープだけでもお飲みになりませんか。温めてありますので。」
「いらないと言っている!」
野菜の匂いのするスープを持って大佐に近づくと、枯れ木のような手が思わぬ速さで出てきて、皿を払った。中身をぶちまけながら、スープは床へと転がった。
「熱っ」
思わず声が出てしまった。スープの中身が服にかかってしまったのだ。
「お前も私を殺しにきたのか?」
アイスブルーの瞳が、怒りをはらんでいる。その一言で大佐の今までがなんとなく分かってしまった。戦いを終わらせる英雄として、周りから期待され、羨望される存在だと思っていたけど、そうじゃない。彼はこの軍にとって、ただの生きる兵器なのだ。そんなの、辛すぎるじゃないか。思わず目頭が熱くなる。
「僕はあなたを殺したくない。むしろ味方になりたいと思っています。……着替えてくるので失礼します。」
僕は下を向いたまま大佐の天幕を出て、自分の天幕へと向かった。
「お、おい。大丈夫か?」
見張りの兵士が声をかけてくるが、返事はしなかった。
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