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2.金貨は怖いです

「失礼します……。」


 大佐の天幕を覗いて、僕は驚いた。ここは倉庫だったっけ?


 部屋を埋め尽くしているのは、木箱に入ったポーション。それが乱雑に置かれている。全部飲んだら横にどかす、というのを続けていった結果、こういう状況になったのだろうな、と想像がついた。


 木箱の奥から見えるのは机と椅子。その側には寝台。寝台がこんもりと盛り上がっているので、まだ大佐は眠っているようだ。


 そのまま1時間待ったが、起きてこない。仕方ない。僕は大きく息を吸った。


「アルトです。本日よりゼクス大佐の副官を命じられました!よろしくお願いします!」


 入り口で大声を出すと、布団の山がびくりと動いた。ちゃんと僕は挨拶をした。見張りの兵士にも聞こえたはずだ。


 しばらくすると、布団の山がモゾモゾと動き、中から枯れ木のような男が這い出してきた。なんだあれは。動揺を表さないように僕は表情を整えた。


 背は高い。透き通るような長い白髪が寝起きでボサボサとしている。食事をいつ摂りましたかと思わず聞きたくなるほど肉がない。眼窩は落ち窪んでいて、『戦場の死神』にふさわしい。というか、不健康すぎる。


 服はおそらく魔法使いを象徴するローブだ。この人、着替えもせずに過ごしているのではないだろうか。下っ端はみんなそうだけど、下着くらいは変えていると信じたい。そもそも戦果を一番稼いでいる人がこれでいいのだろうか。


「また、副官だと?あれほど不要だと言ったのに……」


 しゃがれ声とくしゃくしゃのローブ。そして裸足で立って何かを探してうろついている。


 いや、必要だろう!僕は心の中でツッコミを入れた。この人は人の世話がないと生きていけないタイプだ。しかも死ぬ直前までそのことに気づかない。上層部が無理にでも副官をつけようとする理由がよくわかる。



 僕が余計なことを考えているうちに、死神……じゃない。ゼクス大佐は机の下から革袋を取り出し、それを僕の目の前に投げた……じゃない、落とした。袋はどさりと重そうな音を立てて床に落ちる。


「副官は必要ない。それを持って出ていってくれ。」


 老婆のようなしゃがれた声だ。風邪でも引いているのかと思わず心配になる。


「……中身を確認しても?」


 ゼクス大佐が頷いたので、僕は革袋を持ち上げ中を覗き込んだ。持ち上げた時点でずしりと重かったからまさか、とは思っていたが、中は金貨で埋め尽くされていた。


「……こわ!」


 僕は慌てて革袋を放り投げた。確かに僕はお金に困ってる。実家には腹を空かせた弟や妹が五人もいるのだ。


「金貨が怖いのか?」


 訝しむような声。いや、普段から金貨を見慣れている方にとってはどうってことないんでしょうけど!


「怖いに決まってます!こんなのもらって故郷に戻ったら、覚えのない罪を着せられて、軍法会議にかけられて、死刑になるかもしれません!」


 僕は最悪の状況を考えるタイプなのだ。


「金は、いらないのか……。」


 がっかりしたような声。しゃがれ声でも意外と感情って伝わるものなんだな。


「あ、お金はいるんです。お腹を空かせた兄弟が家で待ってるので。ただ、このままいただくと僕が疑われてしまいます。そこで、ぜひ僕を一週間でもいいのでここに置いてください。ご褒美としていただいたという実績が欲しいです。」


「実績……なるほど。一週間でいいんだな。」


 先が見えたことで安心したのか、ゼクス大佐が乗ってきた。


「はい。ただ、仕事をしたぞと僕も見せないといけません。まずはこの部屋を片付けても良いでしょうか。空のポーションと入っているものを分けるだけでも、便利になると思います。それから、シーツと服の洗濯もさせて下さい。」


 しばらく考えて、ゼクス大佐は頷いた。


「私が戦場に出ている間にやるなら構わない。その代わり、帰ってきたら一人にして欲しい。」

「分かりました。ただ、報告だけはさせていただきます。義務なので!あと、僕はどこの天幕を使えばいいですか?」

「外の見張りに聞いてくれ。私は寝る。」

「あ、じゃあ、その前に。」


 投げ出された金貨の袋をゼクス大佐に渡す。長い指は肉もなく、骸骨が皮をかぶっているようだ。


「危ないのでしまっておいてください。では、失礼します。」


 僕はゼクス大佐の天幕をでた。



 とりあえず追い出されるのは回避したけれど、期限は一週間しかない。その間に副官として認められなければならない。認めてもらえなくても、金貨はもらえそうだけど、あれは貰いすぎだ。自分の身の丈に合わない金を持つと、人は身を持ち崩す。なんで知ってるかって?父親がそうだったからだよ。


 おかげで息子は夢も見ない現実主義者になった。兄弟にはひもじい思いをさせたくないから、頑張るけれど。


 天幕の入り口に立つ見張りの兵士に声をかける。


「すみません。今日からゼクス大佐の副官になりましたアルトです。副官の天幕はどこでしょうか。」


 見張りの兵士は天幕の左を指差した。一人用の小さな天幕がある。


「ありがとうございます。」


 僕が頭を下げてお礼を言うと、兵士が真面目な顔で言った。


「頑張れよ。俺はお前が一週間持ちこたえる方に賭けてんだ。」

「え?」


 周りを見ると兵士たちが僕のことを興味深そうに見ていた。人によってはコソコソと話をしている。どうやら賭けの対象にされていたらしい。


「その賭けって、僕が一週間以上続いた場合はどうなるんですか?」


 真面目に聞いたのに、兵士はゲラゲラ笑い出した。

「賭けてる奴はいないから、賭けはお流れだな。まあ、そんな心配はいらないと思うがな。」


「ちなみに、僕の前の副官がどうなったか知ってますか?」

「ああ?軍を辞めたって話は聞いたがな。後は知らんよ。」

「そうですか。」


 おそらく金貨を貰って辞めたのだろうけど、消息不明か。やはりすぐに辞めるのは危険がある。



 天幕の中は生活感がなかった。机が一つ、椅子が一つ。衣装箱が一つ。寝台はない。


 僕の荷物を片付けていく。と言っても、着替えと寝袋と簡単な調理器具。それから紙とペン。これは紐で綴って、バラバラにならないようにしている。ちょっとした記録のために使えるようにしてある。


 あっという間に片付けが済むと、僕は手持ち無沙汰になってしまった。今日の大佐は休養日のようだ。片付けをしたら怒られるだろう。


「アルト副官はおられますか?」


 慌てた声。この声はマールだ。

 天幕を出ると、目を赤くしたマールがほっとした顔をした。


「アルト、助けて!大変なんだよ。」


 まさか追放された次の日に呼び出されるとは。僕は頭を抱えたくなった。


読んでくださり、ありがとうございます。

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