1.役立たずはいらない
カクヨムの「この男’sの絆が尊い! 異世界小説コンテスト」で最終選考に残った作品ですが、多少…いやかなり?カクヨム版と設定を変更しております。筋は大体一緒です。
夕飯のスープのいい匂いが鍋から溢れてくる。今日のスープもなかなか上出来だ。鍋を見ていた僕にテントの外から声がかかった。
「アルト、バルトロメウス隊長がお呼びだ。」
「了解しました!マール、鍋は兵士たちに持っていっていいよ!30分保温しておくから!」
「分かった。」
僕は鍋の温度を30分固定したまま天幕の外に出た。日も暮れて、辺りにあるのは松明の明かりだけ。その中を兵士たちが歩き回っている。
「くしゅん!」
昼間は暖かったけど、日が落ちると一気に寒くなる。僕は慌てて隊長の天幕へと向かった。
「アルト。お前は補給部隊には不要だ。出て行ってもらおう。」
「え?」
バルトロメウス隊長に突然そう言われた。今僕達はこの国を侵略してくる魔獣の群れを黒い森まで追い出す任務の途中だ。放り出されたら、魔獣に殺される以外の道がない。僕の背中をひやりと汗がつたう。
「水も出せない、火も作れない。そんな奴に副官を任命する方がどうかしてるんだ。」
バルトロメウス隊長は突き出た腹をさすりながら、忌々しそうに言う。確かに僕は大した魔法が使えないし、武器の適性もなかった。だから後方部隊に回された。それは分かっている。うちが貧乏だったから、その時の知恵を活かして節約しながら食事を作っていたら、前の補給部隊の隊長に認められて副官になった。でも、最近代わった隊長には、僕は認められていなかったのだ。
「そうそう。大した能力もないのにねえ。」
隣にいるのは最近補給部隊に来た男だ。長い金髪をなびかせている。ひょろりとしていて軍人らしさがあまりない。それはボクも同じだけれど。鍛えても筋肉はちっとも増えなかった。隊長は彼の肩をポンと叩く。
「代わりに彼を副官にすることにした。水魔法が使えて、水は好きなだけ出せる。補給部隊で役に立つとは思わないか?」
確かに水が好きなだけ使えるのであれば、川沿いの道を歩いたり、水源を探さなくても済む。戦略的にも大きいだろう。
うなだれる僕に、隊長はニヤニヤしながら紙切れを出してきた。任命書?一番下に書いてある名前は、将軍ではなくて、軍務大臣の名前だ。
「敵地の真ん中で放り出す訳にも行かないからな。お前に新しい仕事を用意した。ゼクス特殊魔導大佐の副官だ。同じ副官だから、文句はないだろう?」
「ゼクス大佐の副官……。」
僕は思わず復唱してしまった。ゼクス大佐はこの掃討の鍵を握ると言われている人だ。英雄と言ってもいい。「爆炎」の魔法の威力は強力で、魔獣の群れをことごとく焼き払ってしまうという。
伯爵家の人なので本来軍隊を率いるところだけど、一人で戦えてしまうため、『特殊魔導大佐』という肩書きができた。そのおかげでこちらの軍隊は怪我人一人もなく、敵地に侵入することができている。もうすぐ魔獣との戦いも終わるんじゃないかと、兵士たちの顔も明るい。
そんな人の副官?これは何かのご褒美なのだろうか。
新しく副官になる男が、くすくすと笑う。
「その顔じゃ知らないみたいですね。ゼクス大佐がこの戦いに来てから、十人の副官が辞めていったんですよ。君で十一人目。」
「英雄に副官をつけないなんて、軍の名誉に関わるからな。せいぜい頑張ってくれたまえ。」
そういうことか。結局僕を辞めさせるための口実が欲しいのだ。それでも僕には逆らうことなんてできない。僕は頭を下げた。
「謹んでお受けいたします。」
軍隊では答えは常に"YES"だけを求められる。
「今日の仕事が終わったら、ゼクス大佐の元に行くんだ。いいな?」
「そうそう、副官の天幕も片付けておいてくれたまえよ。」
二人の命令に一礼をして返すと、僕はトボトボと、隊長の天幕を後にした。
「アルト!大丈夫?」
調理用天幕で僕を迎えてくれたのは、同じ補給部隊のマールだ。ひまわりみたいな黄色い髪に、そばかすの浮いた顔。マールも僕と同じで強くはなれず、後方部隊に回された。一緒にたくさんのジャガイモをひたすらむき、仕事が遅いと殴られた仲だ。彼の前には皿に盛られたスープが二つ。もう冷めているのか、湯気が立たない。
「食事は?」
先ほどまで忙しく働いていた同僚がみんないない。
「食堂に全部持っていったよ。今頃配給してくれてる。僕はアルトが帰ってくるまで待ってていいって言ってもらったんだ。」
長いこと一緒に働いていた同僚は、みんな優しい。同じ境遇だからかもしれないけど。
「ゼクス大佐の副官に任命された。明日からだって。」
「ええ?アルトがいないと、困っちゃうよ。誰が調理の火加減を見てくれるの?絶対失敗するよ……。」
マールが途方にくれたように言う。
「大丈夫だよ。強火にしすぎないように気をつけて。何かあったら連絡してくれれば駆けつけるから。」
「絶対だよ?」
上目遣いにみるマールは、家においてきた弟のようで、可愛い。僕は安心させるように笑顔を作った。
「うん。さあ、今のうちに食事をしちゃおう。冷めちゃってるね。」
僕は皿に触ると、スープを飲むのに一番良い温度にした。熱すぎず、冷たすぎず。僕が唯一使える魔法だ。
「便利だよねえ。アルトの魔法。」
「戦争には役に立たないけどね。」
大佐みたいな魔法が使えていれば、僕も戦争の英雄になって、ここを追い出されるようなことはないのに。
スープの具はじゃがいもと玉ねぎと、ほんの少しの肉。それでもじっくりと煮込んだから、野菜の旨みが出ている。僕はそれをゆっくりと飲んだ。
「……ちょっとしょっぱい。」
マールが唇を尖らせる。目から出ている塩分がスープに入っているからだよ、とは言えず、僕は黙ってスープを飲んだ。
副官には仕事用の天幕が一つあてがわれる。マールと別れた後、僕はそこの荷物を片付けにいった。
自分の荷物は少ししかない。転戦を繰り返すから、荷物は最低限にするよう言われている。服も3着しかない。洗っているから臭くはないけどね。
次に書類の整理だ。補給部隊の副官として、僕は資材の量の確認を任されていた。日付の順に並び替え、パラパラと眺めた。
「あれ?」
僕の書いた数字が消され、上から違う数字が書かれている。こんなに資材が減っているわけがないのに。誰が書いたのだろう。
「まだいたのか。さっさと出て行ってくれないか?」
天幕がさっと開けられると、さっきの新しい副官が立っていた。
その後ろには彫刻の着いた美しい机を持った兵士が続いてくる。
「デズモンド様。この机はどちらに……」
「その質素な机をどかして同じ場所に置いてくれたまえ。くれぐれも傷をつけないように。」
「かしこまりました。」
兵士たちは緊張した顔で机を運び込むと、僕の使っていた机を持ち上げる。
「それはもういらないから、薪にでもするといいよ。」
「かしこまりました。」
兵士たちが机を持って出ていくのを僕は呆気にとられて見送った。自分の荷物は最低限と言われてないのだろうか。
僕は手に持っている書類を握りしめかけ、慌てて力を緩めた。引き続きはしなくてはならない。
「あの、これは資材帳簿です。よろしくお願いします。実は少しおかしなところがあって……」
僕が説明しようとすると、副官は触るのも嫌だというように手をひらひらとさせた。
「その辺に置いといてくれないか。後で確認するから。」
机の上に置くと怒られそうなので、僕は近くの木箱の上に書類を置いた。
「用が済んだら出ていってくれよ。これから寝台も運び込むからね。」
「……分かりました。」
役立たずの僕のいうことなど、聞く気もないのだろう。
出ていく僕の横を、疲れた顔の兵士たちが豪奢な寝台を運んで行った。
すっかり遅くなってしまったので、マール達の天幕で今夜は過ごすことにした。補給部隊は夜が遅くて朝が早い。あちこちですでに寝息の音が聞こえてくる。
「ゼクス大佐って凄く強いんだよね。」
眠れないのか、隣にいるマールが小声で話しかけてくる。
「炎の魔法が得意なんだって。固まっていた魔獣を丸ごと消しちゃったって聞いた事あるよ。」
ついた二つ名は、『戦場の死神』。5年前、急に森から溢れ出した魔獣達に、この国は荒らされた。壊滅しかけた軍隊を立て直し、前線を押し上げられたのは大佐の功績が大きい。早く平和な時代に戻りたい。言葉にはしないけど、みんなそう思ってるから。
「でも副官は……。」
マールがしまったという感じで口を噤む。
「知ってる。みんな辞めちゃうんだってね。五年で十人だから、1人約半年か……」
副官の仕事は上官の補助だ。上官の指示でほぼ決まると言っていい。大佐の副官の場合は、一緒に戦場に行くのだろうか。僕は、生きて帰れるのか。不安になる。背中から冷気が忍び寄ってくる感覚に、僕はぶるりと身震いをした。僕の言葉にマールは首を振る。
「違うよ。大佐が軍に入ったのは2年前。アルトの前の人は一週間でいなくなったんだって。」
2年で10人は中々のスピードだ。噂にもなる。外でひゅうっと木枯らしがなっている。もう少しすれば冬が来るのだ。その前に戦いが終わって欲しい。僕は寝袋の隙間を減らすように、ギュッと紐をキツく締めた。
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