27
軍隊が国境についた時、すでに扉は開かれていた。その前に立っていたのはセルビアン辺境伯その人だ。大将は彼を見て、馬上から一礼する。
「開門準備いたみいる。皆、国に帰るのを待ち望んでいたからの。」
「いえ。長らくの戦い、ありがとうございました。まずは街で休息をお取りくださいませ。」
「そうしたいのはやまやまだが、取り急ぎ王都へ戻らねばならぬ。少数でいくゆえ、馬だけ替えてもらえるとありがたい。」
軍隊は彼らを避けるようにして、そのまま国境を越えて街へと入っていく。兵士たちの顔にも安堵が見えた。
大将が馬を降りると、辺境伯がそっと寄ってくる。
「その、ゼクス大佐が亡くなったというのは本当でしょうか。」
「ああ。我が国を救った英雄ゆえ、急ぎ王にお目通りをと思っておる。」
大将が沈痛な面持ちでいうと、辺境伯も頷いた。
「そうですね。ところで、私は大佐と縁続きでしてな。せめてお顔を見せていただくわけには参りませんか。」
大将は辺境伯の顔をじっと見た。
「……保存状態をなるべく保ちたいのでな。少しだけであれば。」
「分かりました。」
大将が手を挙げると、後方の大きな馬車が止まる。
扉を叩くと、中から赤毛の少年が現れた。憔悴した顔をしている。
「アルト副官。辺境伯どのが大佐のお顔をご覧になりたいそうだ。」
「……分かりました。僕の魔法で冷やしておりますが、少しの時間でお願いします。」
辺境伯は頷くと馬車に乗り込んだ。棺は両側の椅子の上に乗せられた状態になっている。顔の部分の小窓を開けると、そこには冷たくなった大佐が横たわっていた。まるで眠っているようにも見える。辺境伯がその頬にそっと手を触れた。指先に伝わるのは、生命の灯が消え失せたような、芯まで冷え切った硬い感触。辺境伯は、笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。そのくらいで……。」
馬車の外からアルトという副官が声をかけてきた。辺境伯は表情を整えて馬車を降りると、アルトに向かって一礼をした。
「……彼も国のために戦って死んで、本望であっただろう。王都までの護衛をよろしく頼む。」
「かしこまりました。」
赤毛の副官は丁寧に一礼した。
「ここから先は私と参謀、この馬車だけが先に行く。軍隊の世話を頼んでいいだろうか。十分な休息が取れたら王都へ向かわせてほしい。」
大将の言葉に、辺境伯は頷いた。
二台の馬車は、馬を替えると静かに辺境伯の街をでた。
街の城壁が小さくなった頃、僕はほっとため息をついた。どうやらうまくいったらしい。
「大佐。大丈夫ですか?」
顔の部分の扉を開けると、大佐の目がパチリと開いた。
「ああ。アルトの魔法は本当に便利だな。」
大佐の顔を湿らせ、温度を体温以下に下げておいただけだ。凍らせているわけではないから、凍傷もできない。
「どうしますか?棺から出るなら手伝いますが。」
「……せっかくだから、少し眠っておく。ポーションを少しくれ。」
棺の中は外から見えないようになっているが、寝台のようにふかふかしている。大佐的には寝たまま運ばれているのと同じなのだ。ただ、揺れが腰にくるらしく、ポーションをねだられるのが難点だ。
「分かりました。顔の部分は開けておきますね。」
僕は前を走る馬車を見た。前の馬車には参謀とマールが乗っている。おそらく事情聴取の真っ最中だ。
最初にマールの話を聞いた時、参謀はふふふふふ……と恐ろしい顔で笑った。怒りが頂点に達すると笑ってしまう人がいると言うのを初めて見た。
「そうですか。大佐をねえ。せっかくですからこの機会を利用して奴らの肝を冷やしてやることにしましょう。生きていることを後悔するくらいにはね。」
隣ではマールが気絶しそうになって、僕の袖を掴んでいた。
「ぼ、僕。生きていない方が良かったんじゃ……。」
「大丈夫。マールは重要な証人だから。殺されないから!」
「ああ。ちゃんと君の母親も助けよう。それが約束だからな。」
優しくそう言ってくれたのは大将だ。油断したとはいえ、そもそも自分たちまで睡眠薬を飲まされたことに、二人とも腹を立てているようだ。
「それにしても、大佐が人を頼るようになるとはな。」
大将が大佐を見る目もなんだか優しい。
「流石にお二人の力がないと、この作戦は不可能ですから。」
むっつりとして大佐が答えた。
「任せてくれたまえ。大佐が満足できるよう、たっぷりと策を練らせてもらおう。」
参謀はやたら嬉しそうで逆に怖い。
あとは、国王の前で、全てを暴露するだけだ。
馬車と馬は、王都に向けて、順調に進んでいった。
城の大広間で、僕は大佐の棺の横で跪き、王の声がかかるのを待った。棺の逆側には、大将と参謀が同じように跪いている。
戦争を終わらせた英雄の物言わぬ帰還なのだ。後ろには貴族たちがずらりと並んでいる。
「長い戦争での働き、ご苦労であった。」
国王の声が聞こえた。僕はさらに頭を下げた。
「ゼクスが帰国途中で亡くなったとか。経緯を報告せよ。」
「はっ。私から説明させていただきます。」
参謀は立ち上がった。
「大佐の魔法により、我が軍は連戦連勝。レギ川を挟んだ戦いでは、巨大魔狼の出現により、一時は負けるかと覚悟をしましたが、副官との連携により、川を渡ることに成功。巨大魔狼を倒して、群れを魔の森に帰す事が出来ました。」
「おお、素晴らしい。」
「これでしばらく魔物の出現も減るだろう。」
ザワザワと貴族たちが話をする。それを横目に見ながら、参謀は続けた。
「しかしながら、大佐が武勲をあげて戻ることをよしとしない者たちがおりました。彼らは、様々な手を用いて大佐を暗殺しようと試みました。後方補給部隊の隊長であったバルトロメウスもその一味でした。彼も毒により殺されてしまいました。そして、彼らはあろうことか補給のために国境から持ってきた酒樽の全てに睡眠薬を入れ、大佐を殺そうと画策したのです!そして大佐もまた、毒で……。」
参謀はそこで言葉を切ると、ギロリと後ろを睨みつけた。何人かその眼光からそっと目を逸らした人物がいた。協力者だろうか。
「味方からの差し入れだったゆえ、私も睡眠薬で眠らされてしまった。これは許してはおけない案件にございます。」
大将も怒りを込めた目で貴族たちを見ている。
「首謀者は誰か、わかっておるのか?」
「大体は。ですが、首謀者が分かってももう遅いのです。この国はもう終わりなのですから?」
「口が過ぎるぞ!」
「国王の御前でなんと言うことを!叛逆でもするつもりか?」
貴族たちが大騒ぎをする。国王が手を挙げると、その騒ぎがぴたりとおさまった。
「分かっていないようですから、ご説明いたしますよ。」
参謀はニヤリと笑った。
「そもそも、この戦いに勝てたのは、大佐がいたからこそです。大佐が生きている限り、魔獣たちの襲撃は恐るるに足りないものでした。しかし。大佐はもういない。もし新たに魔の森から魔獣が出現したとしたら……」
察しのいい貴族の何名かは顔色を変えている。
「まさか、また、魔物が来ると……。」
「ええ。そして大佐がいない以上、勝てる見込みは非常に少ない。大佐のような人物が現れるまで、私たちは魔獣に怯えながら生きて行くしかないのです。」
参謀はそこまで言うと、また膝をつき、国王陛下の方を向いた。
「ほう。つまり、大佐を暗殺しようとした者たちは、この国を滅ぼそうとした国賊、ということか。取り潰されても文句は言えんな。」
国王からひんやりとした覇気が漂ってくる。貴族たちが固唾を飲んで見守っている。
「首謀者は誰だ。」
王の問いに、参謀は獲物を追い詰めた蛇のような笑みを浮かべた。
「……マトナ・フォン・ベルンシュタイン。大佐の義兄にございます。」
その瞬間、大広間の空気が凍りついた。全員の目がその人の方を向いた。彼が、大佐の兄なのか。
「どういうことだ?マトナ。」
隣の男が冷たい声で追及する。
でっぷりと太った銀髪の男__マトナが、顔を青ざめ、首を振っている。
「ち、違います。父上。私は唆されたんです!」
「ほほう。どなたにですかな?」
大将がマトナに殺気の籠った目を向ける。睡眠薬を盛られたんだから当然か。
「セ、セルビアン辺境伯だ。それから軍務大臣と……。」
次々と名前を挙げられた貴族たちは顔色を変えた。
「何を言うか、黙れ!」
「お前が話を持ちかけてきたんだろう!」
醜く互いを指差し合い口汚く罵りあう貴族たち。
父上と言われた男はマトナを一瞥する。
「それほど愚かだったとはな。辺境伯も一緒ということは、母親も共犯か。」
「ち、父上……。」
「伯爵家は終わりだ。お前のせいでな。」
突き放すような言葉に、マトナは呆然とした後、激怒した。
「も、元々は父上が、お前が悪いんじゃないかあああ!」
シュッと光るものが見えた瞬間、ベルンシュタイン伯の首から赤いものが吹き出した。
貴族達は更に恐慌に陥った。
「近衛兵!その者らを捕らえよ!」
「はっ」
近衛兵がマトナを羽交締めにして連れ出す。名前を挙げられた貴族たちも縛り上げられ、大広間から連れて行かれた。参謀が床に倒れたベルンシュタイン伯の側に行ったが、立ち上がって首を振った。
「運び出せ。」
「はっ」
ベルンシュタイン伯の遺体も運び出されていく。僕はそれをじっと眺めていた。
重苦しい空気を変えるように、国王が僕に声をかけてきた。
「さて。アルトとやら。大佐の副官だったということだが、その方から申すことはあるか。」
「ございます。……国王陛下を謀りました。申し訳ありません。」
僕は棺の蓋をそっと横にずらした。花に囲まれた大佐の姿が現れると、大佐は静かにアイスブルーの瞳を見開き、起き上がった。
貴族達はそれを見て思わず後ずさった。
「なんと!生きていたのか……。」
「申し訳ありません。こうでもしないと大佐が本当に暗殺されてしまうところだったのです。」
僕はさらに低く頭を下げた。大佐は棺から出ると、僕の前に跪く。
「陛下。アルトは私の命令通りに動いただけに過ぎません。お叱りは私に。」
王は、手を挙げた。
「良い。そなたが生きていることにこそ、意味がある。そうだな?」
参謀が頷くのを見て、王は声を張り上げた。
「ゼクス大佐の命を狙うものは、王への叛逆と心得よ!」
「はっ」
後ろに立ち並んでいた貴族たちが僕達と同じように跪いた。満足そうに頷いた王が、再び大佐と僕の方を見た。
「さて。この戦争の英雄たちに、どんな褒美を与えれば良いか……。」
「そのことですが……。」
僕と大佐の声が揃った。
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