28.温かな食卓
国王陛下に謁見してから半年後。僕はゼクス大佐と一緒にベルギンの町に戻ってきていた。
魔の森に一番近いこの町を栄えさせ、魔獣たちを防げるだけの防衛都市にしたい。そう願ったのは大佐だった。そしてそこを治める領主として、大佐が選ばれたのだった。
あの後大佐はベルンシュタイン伯爵家から籍を抜いた。そもそも伯爵家自体が取り潰しになったのだから、誰も文句は言わなかった。国王は代わりの爵位を大佐に渡した。ベルギン辺境伯。それが新しい名前だ。
大佐がここにいることで、国民も安心して過ごすことができる。参謀がそう国王に吹き込んだとか。
そして、僕はゼクス大佐…いやゼクス伯爵の正式な侍従になった。これは僕がお願いしたことだ。ゼクス様はまだスープしかお召し上がりになれない。僕の夢を叶えるためにも、もうすこし側にいる必要があるのだ。
「アルト、いいのか?」
大佐は何度目か分からない確認を僕にしてくる。
「大丈夫です。弟と妹ももうすぐこっちに来ますから。」
僕がベルギンで暮らすと離したら、全員一緒に行く!と言って聞かなかったのだ。ずっと離れていたのがこたえたらしい。悪いことをしたなと思っている。
領主館の前には、住人たちが集まってきていた。不安そうな顔をしている。その中に、カルダンとリサの顔を見つけた。領主館のベランダにゼクス様と立っている僕の顔を見て驚いている。
「今日からここを治めることになったゼクス・フォン・ベルギンだ。魔獣からの襲撃に怯えながらも、この町を捨てず、守り抜いてくれたこと、まずは礼を言いたい。」
ゼクス様の声は、前ほどしわがれてはいない。低い声はむしろ響きが美しい。
「魔獣の襲撃にもびくともしない防衛都市をここに作ると、国王陛下も約束して下さった。その命令を果たすため、尽力すると私は誓おう。」
しばらくの沈黙ののち、パチパチと拍手をする音がした。カルダンだ。カルダンの拍手をきっかけに、他の住民達にも拍手の波が広がっていく。僕は黙ってそれを見つめていた。
領主館に挨拶に訪れたカルダンは、すっきりとした顔をしていた。
「まさかゼクス様が領主になられるとは思いませんでした。アルトも息災のようで何よりです。」
「あの時お世話になったので、何か恩返しができたらと思ったんです。」
カルダンが骨を折って物資を調達してくれたおかげで、僕達は帰れたのだから。
「商会は畳まないでくださいね。これからきっと忙しくなりますから。リサさんの炊き出しも、手伝う手筈が済んでます。」
まずは、生活の立て直しが先決なのだ。
「さすがですな。先ほどの領主様の言葉は、説得力のあるものでした。こちらこそお手伝いをさせていただけたらと思います。」
カルダンが帰っていく後ろ姿を見送ると、僕はゼクス様を見た。
「さあ。食事の準備をしますね。今日はスープだけではなくて、パンと肉も一口お召し上がりになってくださいね。」
手入れをされた銀髪も、艶を取り戻しつつある。顔もふっくらとしてきた。死神のような顔の時は気がつかなかったが、大佐の顔は整っている。健康を取り戻したら貴族の娘達から噂をされるようになるかもしれない。
「……アルトも一緒に食べるなら、食べよう。」
ゼクス様の一言に僕は困ったように笑った。
「ゼクス様、主従が同じテーブルにつくのは、本当はダメなんですよ?」
「構わない。ここには私とお前しかいないのだから。」
「……仕方がありませんね。一緒に食べた方が片付けもすぐ終わりますし、美味しいかどうかすぐに聞けますから。準備の間にサウナはいかがですか。」
「それはいいな。」
馬車を温めて以来、あれは大佐のお気に入りとなっていた。
手入れをされた銀色の髪が、窓から差し込む陽光を反射して艶やかに輝いている。
かつて死神と呼ばれたその顔に、今は柔らかな安らぎが宿っていた。それを守るのは、僕の仕事だ。今までも、これからも。
「さあ、冷めないうちに。今日のスープは、自信作ですから」
父のこと、追放されたこと……。ささくれだっていた僕の心も、いつの間にか、この食卓の湯気と同じくらい温かくなっていた。
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