25.祝宴と裏切り
ベルギンの町から国境までは急いでも約7日かかる。なるべく頑張ってかき集めたけれど、それでもかなり厳しい。
馬車の中で僕は食糧の残量を計算し、野営地に着くと、すぐに食事の支度に取り掛かった。
「この骨と野菜を入れて煮込むよ。凍らせてある野菜から持ってきて!」
隊員達は言われた通りに鍋を準備して持ってくる。
「隊長!準備ができました。」
「……このまま1時間沸騰しているから、たまに水だけ足しておいて。」
そんなことをしていると、外から呼び出しがかかった。弓兵隊が鳥を持ってきてくれたのだ。
「これ、食べられるか?」
「うわあ。ありがとうございます。早速準備しますね!」
血抜きと内臓の処理。そしてまた食事の配膳。食べ終わったら片付け。
座っているのは食べている時だけだ。
マールが食事をする僕を心配そうに見ている。
「ねえ。もう少し他の人にも仕事を渡していいんじゃない?アルトは一人で頑張りすぎだよ。」
「うん。でももう少しだから。」
マールの言っていることは分かっていた。でも仕事をしていると、余計なことを考えなくて済むのだ。
大佐はちゃんと食べているだろうか、とか。本当は嫌われたんじゃないか、とか。
そんな毎日にもいいことはある。
「いやあ、スープがまた温かくなったよ。やっぱりこれじゃないとな。」
「ああ。これを飲むと体が暖かくなって、よく眠れるんだよ。」
具が少ないスープと固いパンの食事でも、兵士たちは喜んでくれた。その言葉を聞くと、僕は嬉しくなる。僕はやっぱり戦いよりもこういう仕事の方が合っているのだ。戻ったら弟や妹たちと食堂を作るのもありかもしれない。
「マール。お願い。これを大佐に持って行ってくれる?」
僕がスープが載ったお盆を差し出すと、マールはちょっと困った顔をした。
「いいけど……。多分受け取ってくれないよ?アルトが行った方がいいんじゃないかな。」
「僕は、顔を出さないように言われているからね。」
「アルト……。」
どうやら僕はちょっと情けない顔をしていたらしい。心配そうなマールの顔を見て、僕は慌てて笑顔を作った。
「ほら、他の人にも仕事を渡さないといけないし。マールなら前に顔を合わせているから大佐も受け入れやすいと思うんだ。お願いね。」
「う、うん……。」
でもやっぱり、スープは皿に入ったままだった。
そんな道程が五日ほど続いた日。残り厳しい食糧の配分を考えていると急に馬車が止まった。なんだろう?まだ野営の準備をするには早い時間だ。
「どうしたの?」
「さあ。前が止まったので止めたのですが、理由はさっぱり……。」
御者の兵士に聞いたが、首を傾げるばかりだ。そのうち前方から兵士が走ってきた。
「輸送隊が来た!隊長は急いで前方へ行かれたし!」
「了解!」
騎馬隊が知らせてくれたのだろう。助かった!僕は慌てて隊列の先頭まで走った。
そこには、たくさんの荷物を積んだ荷馬車が列を作っていた。先頭にいた騎馬の高官が大きな声で言う。
「遠征ご苦労!あと少しで国境だが、少しでも足しになればと持ってきた。これで兵士たちを労ってやれ。」
「ありがとうございます!」
僕が頭を下げる横で、参謀も大きな声を張り上げた。
「少し早いが、今日はここで野営とする!酒もあるそうだ!」
「うおおおお!」
兵士たちが大喜びで野営の準備を始めた。輸送隊は荷馬車から荷物だけを下ろすと、町へと戻っていった。手の空いた兵士たちが、後方の補給部隊まで木箱や酒樽を運んでくれた。木箱には野菜だけではなく新鮮な肉も入っていた。ありがたい。
「今日は薪も準備して!肉を焼こう!」
スープばかりだったから、たまには違う料理も出してあげないと。
周りで聞いていた兵士たちの顔がパッと明るくなった。
「ありがてえ!久しぶりに腹一杯食えそうだ。」
「酒もたっぷりあるからなあ。荷物を減らすためにもたくさん呑まないとな!」
準備が終わると、兵士たちは思い思いに輪を作り、談笑しながら酒を飲み、食べ始めた。僕は机の上に、鍋や焼いた肉を大皿に盛り付けたものをどんと置く。
「あとの食事は各自持っていく形にします。洗い物は明日の朝、やりましょう。皆さんも大いに飲んで食べて楽しんでください。」
「おお。ありがてえ!」
今までずっと見ているだけだった隊員たちが大喜びで食事と酒をとりわけ、同じように輪に入っていく。
「ふう。疲れた。」
僕が腰を下ろして肩をぐるぐると回していると、マールが二つコップを持って僕のところに来た。
「アルトも少しは休憩しないと。はい、これ。」
「ありがとう。」
喉が渇いていたので何も考えずにぐっと飲んだ。……水じゃない!途端に、焼けるような苦さにむせかえる。
「アルト、大丈夫?」
慌ててマールが自分のコップを投げ捨て、背中をさすってくれ
た。
「ゴホッゴホッ、水じゃなかったの?」
「あ、ごめん。お酒の方がいいかと思って……。」
僕は近くの水樽から水を汲むと、口の中を何度もゆすいだ。なんとか苦さがおさまった。みんなあんなものを美味しそうに飲んでいるなあ。
マールが済まなそうに僕を見る。
「ひょっとしてアルト。お酒飲んだことなかったの?」
「あ、うん。ちょっと嫌な思い出があって。」
いつも飲んだくれて潰れていた父親を思い出すから、お酒は飲まないことにしていた。
「マールの分もダメになっちゃったね。ごめん。」
「いいんだよ。僕も水を飲もうかな。」
そのまま二人で座って、みんなが騒いでいる様子を眺めていた。その輪の中に大佐の姿はやっぱりなくて、胸がちくりと痛んだ。僕は慌てて気持ちを逸らす。
「マールは帰ったらどうするの?」
「え、僕?どうしようかな。考えてもいなかった。」
本当に考えていなかったようで、首を傾げている。
「あはは。忙しすぎたよねえ。家族はいるの?」
「うん。母親がいる。」
「そしたら、顔を見せに行かないとね。」
「そうだね。」
たわいのない話をしているうちに、僕はなんだか眠くなってしまった。
「あれ、なんだか眠くなっちゃった……。」
「そりゃ毎日あれだけ忙しくしてたんだから、仕方ないよ。少し眠ったら?」
気がつくと、あんなに騒がしかった声が、嘘のように静まり返っている。僕はそれが少し気になったけれど、重い睡魔の力が全てを塗りつぶしてしまった。
「ん……。」
僕は目を覚ました。焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。
明かりの周りでは、兵士たちが人形のようにだらんと眠りこけていた。起きている人は誰もいない。
お酒を飲んだにしても、これはおかしい。心臓が嫌な速さで脈うち始める。隣を見ると、いるはずのマールもいなくなっていた。
マールはお酒を飲んでいないはずだ。どこに行った?それとも……連れて行かれた?
「大佐!マール!」
僕は嫌な予感を振り払うように、大佐の天幕を探して走り出した。
大佐の天幕はすぐに見つかった。見張りの兵士も天幕に寄りかかって眠っている。天幕を開けようとした僕の手が止まる。中から声が聞こえたのだ。
「ごめんなさい大佐。あなたに死んでもらわないと、僕もアルトも死ぬしかないんです。」
「マール?」
天幕に飛び込んだアルトが見たのは、大佐にナイフを向け、半泣きになっているマールの姿だった。
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