24.大佐の命令
それから二日間、僕は帰国する間の物資を手に入れるために、ひたすら奔走した。カルダンさんにだけ甘えてはいられないのだ。
「アルト、少しは寝ないとダメだよ。」
とマールに心配されてしまうほどだった。
騎馬隊は最少の携帯食と水を持って先に帰国することになった。カルダンさんと一緒に集めたそれを騎馬隊に渡し、ベルギンから出発するのを見送って僕は少しほっとした。騎馬隊がいないだけでも食糧の減りが少なくなる。馬の飼い葉も馬鹿にならないのだ。
僕はもう売り物にはならないからと安く譲ってもらった野菜を、傷んでない分だけ選り分けて切っている。切ったほうがさらに傷むけれど、これを凍らせて持っていけば、しばらくはもつ。それから肉屋で大量の骨ももらってきた。
デズモンドが肉の骨を見つけ、いらないと言って捨てた話を聞いて、思わず腹が立ったくらいだ。なんてもったいない!町の外に食べられそうな草も採取しに行った。なぜかリサさんもついてきて、採取を手伝ってくれた。食べられる草を教えてると、
「これも食べられるのかい?あんた、色々大変な生活をしてきたんだねえ。」
と哀れみのこもった目で見つめられた。あまり思い出したくないけれど、あの苦しい生活が今役に立っているのが不思議だ。気をつけないと、食べられる草とそっくりの毒を持った草もあるから、それはしっかり伝えておいた。
パンもパン屋さんにお願いして、たくさん焼いてもらっている。ちゃんとその分のお金を前払いで渡したら、涙ぐまれてしまった。前は払っていなかったらしい。ごめんなさい。
ゼクス大佐のことはずっと気になっていたけれど、行く余裕が僕にはなかった。寝る暇もないから仕方がないのだけど。
薬屋さんに行くようもあったので、この前の薬草茶も買って、ポーションと一緒に大佐に届けてもらった。ちゃんとご飯を食べてくれているだろうか。またポーションだけの生活に戻っていなければいいけれど。この前の宿と同じ場所に泊まっていると聞いたから、宿の主人が面倒を見てくれていると信じたい。
マールが緊迫した顔で、僕のところに飛び込んできたのは、そんな食糧集めが一段落したところだった。
「大変だよ、アルト!バルトロメウス隊長が毒を飲んで死んだって!」
マールには牢にいるバルトロメウス隊長に食糧を届けてもらっていた。届けに行ったら町の衛兵に死んだことを伝えられたらしい。あの時の毒は参謀が持っていったはずだから、まだ他の毒を持っていたんだろうか。
それともまさか共犯がいる……?大佐は大丈夫だろうか。
僕はいてもたってもいられなくなった。
「ちょっと参謀のところに行ってくるよ。明日出発するって聞いてたけど、変更するかもしれないから。」
「う、うん。行ってらっしゃい。」
マールに見送られて、僕は参謀の泊まる宿へ向かった。
「後方補給部隊隊長、アルトです。」
僕が名乗ると、中から「入れ」と声がした。
入ってみると、ひどく機嫌の悪そうな参謀が書類を目の前に積み上げて座っている。
「バルトロメウス隊長が死んだと聞きました。」
「ああ。まだ半分くらいしか聞き出せていなかったんだがな……くそっ。」
参謀はバンと机を叩く。よっぽど悔しかったらしい。
「どっちにしろ死んでしまえば証拠にならない。身体検査もかなりしたはずなんだが、一体どこに毒を隠していたんだか。」
横領については帳簿があるから逃れようもないが、バルトロメウス隊長は他にも何か隠していることがあったのだろうか。
「大佐が狙われることはありませんか?」
「ない……とは言えないな。協力者がまだいるようなことは匂わせていたからな。こちらでも気をつけるようにする。」
「お願いします。僕には何もできないので。」
僕にできることは、祈ることだけだ。
「ところで、物資の調達はなんとか終わりました。明日出発と聞いていましたが、変更はありますか?」
「ああ。変更はしない。私たちが無事に帰国することが最優先だからな。バルトロメウスの遺体の処分はこの町の領主にお願いしておいた。」
「分かりました。では、今日のうちに物資の積み込みを終わらせます。」
集めた物資を荷馬車に全て詰め込まなくてはならない。
「アルト……。いや、いい。補給部隊の隊長として励んでくれ。」
「はい。」
僕は一礼をして参謀の部屋を退出した。
補給部隊の待つ宿舎に戻る途中、大佐の泊まっている宿があった。おそらくこの前と同じ部屋に泊まっているのだろう。部屋の明かりを探してみたが、暗く閉ざされていた。
「大佐……。」
薬草茶を淹れに寄ってはダメだろうか。僕は宿へとふらふらと近寄っていった。宿の主人は僕のことを覚えていた。
「ああ、アルトさん。」
「すみません。ゼクス大佐は……。」
主人は困った顔をする。
「それが部屋から出てこないのです。鍵も渡してしまったので、私も入れません。声だけでもかけてはもらえませんか?」
まさか、中で倒れていないだろうか。僕は慌てて大佐の部屋の前までいった。
「ゼクス大佐!大丈夫ですか?」
「……アルトか。」
中から大佐の声がした。良かった。生きてはいる。
「あの、スープを作る時間は取れないのですけど、せめて薬草茶をお淹れします。開けてはもらえませんか?」
「……大丈夫だ。自分でできる。お前は自分の仕事をしろ。それが終わるまではここには来るな。これは命令だ。」
僕は呆然とした。
部屋に入れてもらえると思っていたのに。大変だった食糧調達の話とか、バルトロメウス隊長の話とか、話したいこともあったのに。
僕の隊長としての仕事が終わる時なんて、帰国するまで来ない。
そうか、と僕は不意に悟った。僕の副官としての仕事は終わってしまったのだ。七日間はとっくに過ぎていて、僕がそれを忘れてしまっていただけなのだ。
「大佐の命令なら……従います。」
僕はそれだけ言って、宿をでた。
ひゅうひゅうと胸が寒くて、仕方がなかった。
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