23.僕がいなくても
「つまり、これからバルトロメウス隊長が僕のところに来て、罪をかぶれと言って、死ぬように迫ってくるから、それを受ける芝居をしてくれってことですか?」
僕は牢の中で参謀と向かい合っていた。縛られた手はすでに解かれている。急に騎馬隊に捕縛されて、連れてこられたのは、この牢屋だった。警備隊のいる建物の地下にある牢は石造りでジメジメとしている。少し寒く感じるくらいだ。後で少し温度を上げてみよう。
「実はバルトロメウス隊長が大佐の命を狙っている可能性がある。それを阻止するためにも君の協力が必要だ。」
真剣な参謀の顔を見て、断れるわけがない。
「もちろんです。なんでも言ってください。」
僕は大佐の盾なのだ。大佐を守れるなら牢に入れられるなんて大したことじゃない。演技ができるかどうかは少し不安だけれど。
「ああ、それから、これが終わったら、しばらく後方補給部隊の隊長を頼もうと思う。なにしろ隊長も副官もいなくなってしまったからね。」
「隊長ですか?」
副官からさらに出世してしまった。そもそも僕が副官になったのも、他に帳簿をつけられる人がいなかったからだ。それを考えると、仕方がないのかもしれない。でも、僕には大事な仕事がある。
「あの、大佐の食事はどうすればいいですか?」
「ああ。そうだね。アルト君も忙しくなるだろうからね……。」
参謀はしばらく考えたあと、うんと頷いた。
「しばらくのことだからね。補給部隊で作った食事を持って行ってくれないか。」
「そうですか……。」
英雄になる大佐のためにも、目の前で作らなくても、僕が作ったものではなくても、食事が食べられるようにしていかないと。分かってはいることだけれど、心の中に氷を差し込まれたように、その事実は冷たく落ちていった。
参謀が言った通り、バルトロメウス隊長はやってきて、僕に毒を差し出した。参謀ってすごい。僕は素直に感動した。
「なにしろ、『死神大佐』だからなあ。」
バルトロメウス隊長がそう言った時、僕の中の何かが切れた。なんだこいつは。大佐のことを全く分かっていない。
大佐は、みんなのために『死神』になってくれてるんだ。
なぜそれを貶める?僕は絶対にこいつを許さない。僕は毒の入った瓶を握りしめた。
「最後に教えてください。帳簿の数字を改竄したのは隊長ですか?」
「ああ。そうだとも。」
「……だそうです。参謀!」
「よくやった。アルト。」
奥の牢の暗がりから出てきたのは参謀を見て、バルトロメウス隊長は腰を抜かしていた。
「ち、違うのです、参謀!これは私自身がアルトから話を聞きたかったので……。」
「黙れ。」
参謀の冷たい一言で、バルトロメウス隊長は項垂れた。
僕は牢から出され、代わりにバルトロメウス隊長が入れられていた。
「バルトロメウス。君の話は後でゆっくり聞かせてもらう。」
参謀はゆっくりのところにすごく力を込めて言った。僕も最後にどうしても言いたいことがあった。
「バルトロメウス隊長。」
僕は代わりに牢の中にいる隊長に声をかける。
「ゼクス大佐は、あなたの思っているような人じゃない。自分の体を犠牲にして、みんなのために戦ってくれているんだ。そんな人に感謝の気持ちも持てない人を、僕は絶対に許さない。帳簿は僕が隅から隅まで見直します。」
隊長の顔色は真っ白で、口をはくはくと動かしているが、声にならないようだった。参謀に肩を叩かれて、僕は振り向いた。
「ありがとうアルト君。さて、早速だが、後方補給部隊の隊長として、君に仕事を頼みたい。」
参謀が手を挙げると、近くの兵士が金貨袋を出してきた。それも二つ。
「これで、帰国までの食糧を準備してきてくれないか。君がここの商会と懇意にしていると聞いている。君が戻ってくれれば薪もいらないからな。」
参謀がウィンクをしてくる。僕の魔法のことを大佐の次に知っているのはこの人だからな。
「分かりました。このお金、物資の量に関わらず商人に全て渡してしまいますがよろしいですか?」
この前補給部隊がほとんどお金を払っていなかったと聞いている。それなのに新しく食糧をくれとか、僕は言えない。彼らにだって生活はあるのだ。
「もちろんだとも。この前迷惑をかけた詫び料も入っているからね。」
「ありがとうございます!」
僕は重い金貨袋を両手に抱えると、カルダン商会に向けて歩き出した。
カルダンさんはいい人だけど、許してもらえるかどうかは、僕にかかっている。金貨袋の重さが、肩にのしかかってくるようだった。
「……聞き分けのいい子は扱いやすいね。助かるよ。」
参謀の小さな声は、僕の耳には届かなかった。
「申し訳ありませんでした!」
カルダン商会で、商会長のカルダンさんに会いたい旨を伝えると、すぐに通してくれた。リサさんも一緒だった。
座りもせず頭を下げた僕に、カルダンさんは慌てて立ち上がった。
「アルトさん、あなたのせいではないでしょう。」
「そうだよ。むしろ私を助けてくれたじゃないか。」
リサさんも続けていってくれるが、そう言うことじゃない。
「いえ、私も軍の一員ですから。それに、今は私が後方補給部隊の隊長です。ケジメは付けさせていただきたいのです。」
僕はさらに頭を下げた。
「……分かりました。謝罪を受け入れます。頭を上げていただけますか?」
「ありがとうございます。」
僕はほっとして顔を上げた。
「確かに軍の支払いはひどいものでしたが、大佐からの寄付がありましたから、損はほとんどなかったんです。色街での支払いはみなさんご自分のお金でなさっていましたしね。」
「そうなんですね。それで、その。」
また物資が欲しいと言わなければならないのだが、言い淀んでいると、カルダンさんが微笑んだ。
「帰国なさるそうですね。魔狼のボスを倒したとか。私たちも一息つけそうです。」
「この町の兵士たちが偵察に行っているが、魔狼の姿はないって。町の外に塀を作りながら、少しずつ畑を増やす話が出ているよ。」
リサさんも嬉しそうだ。
ベルギンの町は発展すれば、周りにあった村も少しずつ復興できるかもしれない。ここが希望の星なのだ。
「商会としても、できるだけのことをしたいと思っていますよ。守っていただきましたからね。」
僕の考えていることなどカルダンさんにはお見通しのようだった。
「僕には、大した力はないんですけど、大佐に話をしてみます。この町を救えるように。」
「アルトさんに言われると、なぜだか希望が持てますよ。よろしければ、また来てください。」
「はい。必ず。」
カルダンさんが差し出してきた手を僕はぎゅっと握った。
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