22.アルトを守りたい
アルトが連れて行かれた。私は止めることもできず、それを見送るしか出来なかった。
アルトはそもそも金を怖がっていた。私が渡そうとした金貨袋を受け取らず、ベルギンでは全て寄付をしてくるような男だ。それなのに横領など、するはずがない。誰かが裏で糸を引いている。
私は参謀の所へ向かった。参謀はベルギンの高級宿の一室にすでに入っていた。書類の山から顔を上げる。
「ゼクス大佐が私の所へ自らお出ましとはね。明日は雨かな。」
楽しそうに言う参謀を私はイライラしながら睨みつけた。彼の頭のキレの恐ろしさはよく知っている。私が戦争を勝たせているわけではない。彼の策が恐ろしいだけだ。私の魔法の使い方を大将に進言したのも彼だ。おかげで戦死者の数がぐっと減った。それで食糧が足りなくなるのは皮肉な話だが。とにかくこの男は絶対何かを知っている。
「アルトを返してもらおう。」
「まあまあ。とりあえず座りたまえ。」
応接セットを手で示され、私は黙ってそこに座った。参謀も書類から離れて私の前に座る。私が何も口に入れないことは参謀もよく知っているから、お茶を勧めるようなことはしてこない。
「後方補給部隊のバルトロメウス隊長から告発があった。アルトが副官時代に資材の数を誤魔化し、それを密かに売り払って着服していた、とな。それに気づいた自分が副官の座から追放したのだと。」
「待て。意味がわからん。」
気づいた時点で告発せずに、追放して、今になってから告発するという理解不可能なバルトロメウスの行動に、私は頭を捻った。
「そもそもなぜアルトは私の副官になったのだ?」
「軍務大臣からの命令だ。私も大将もそれには一切関わっていない。おそらく伯爵の息がかかっている。」
軍務大臣は父の派閥の一人だ。
「おそらくバルトロメウスはアルトが邪魔だった。資材の横流しをしていたのは、彼自身だからな。デズモンドの両親からは息子をよろしくと大金をもらっていたらしい。」
金の亡者はバルトロメウス本人か。
「よくそこまで調べ上げたな。」
私が素直に賞賛すると、参謀は笑って答えた。
「デズモンドに、知っていることを全て話したら罪を軽くしてやれるかもしれんと言ったら、素直に話してくれた。ああ、デズモンドは廃嫡になるそうだよ。せっかく話してくれたのにねえ。」
なんて悪魔だ。
「アルトが君の命を狙う暗殺者ではないか、と大将も私もかなり警戒していたのだよ、最初は。それがどうだい。大佐の部屋を甲斐甲斐しく片付け、餌付けまでしてしまった。しかも意外な魔法の持ち主ときた。バルトロメウスを思わず功労者として称えたくなったよ。」
それについての異論はないが、口に出す義務もない。
「分かっているなら……。」
「分かっているからこそ、アルトは一度拘束する。帰国する前に、君の命を狙う輩は排除しておかないと。大臣たちの手が届く場所に戻ってからでは遅いんだ。そもそも、君の弱点を晒しておくのは危険すぎるんだよ。アルトの命と引き換えに毒を飲めと言われたら、君どうするつもりだい?」
私はその状況を想像する。いや、私が毒を飲んだとしても、アルトが助かる確率は低い。秘密を知った人間を生かしていくほど愚かなことはないからだ。どうすればアルトを助けられるのか。私が真剣に悩み始めたのを見て、参謀は大袈裟に肩をすくめてみせた。
「そういうことだよ。だいたいあいつらは何も分かっちゃいない。君と言う切り札がいるから、戦っていられるんだ。君がいなくなったらあっという間に魔の森からの侵略を抑えられなくなることがなぜ分からない?自殺をしたいのだとしか思えないね。」
この男にとっては、私はどこまで行っても戦いを終わらせるための道具なのだ。利用価値があるうちは、守るつもりがあるらしい。
「ああ。ちゃんとアルト君には説明をするよ。不正を暴くためにお芝居をして欲しいと頼むつもりだ。動き出すまでは牢にいてもらうけれどね。」
「……尻尾を掴んだ後、アルトをどうするつもりだ。」
「そうだなあ。後方補給部隊の隊長の席が空くから、そこに入れておこうかな?彼、節約も上手なんだってね。倉庫番が教えてくれたよ。」
どうあってもアルトを私から離したいようだ。私の副官になってからどれだけ経ったのか。指折り数えてみて驚いた。まだ十日も経っていないのだ。ずっと一緒にいたような感覚さえ覚えるのに。
『大佐がご飯を食べてくれることが、僕の一番のご褒美です。スープだけじゃなくて、パンとか、肉とか。それで『美味しいな』って言ってもらえたら、ものすごく嬉しいです。』
願いを聞いた時のアルトの言葉が不意に浮かぶ。それを聞いた時、その様子を思い描いてしまった。湯気の向こうで笑うアルト。焼き立てのパンの匂い。そんな、戦場にはどこにもない温かい光景を、私は一瞬だけ望んでしまった。それは私にとっては、見てはいけない幸せな夢なのだ。
「……私の側にいると、アルトが危険に陥るなら、それも仕方ない。」
私の言葉に参謀が驚いた顔をする。
「へえ。てっきり自分の側で守り切ると言うかと思ったんだけど。そう言えないなら、離しておくしかないよね。」
「魔法を使うたびに気を失う私が、守り切れるとは思えない。」
ぐっとローブを握りしめる私の手を、参謀は気づかない振りをした。
「アルトには気づかれないように護衛をつけておく。」
「頼む。」
私は参謀に頭を下げた。それが今の私にできる精一杯のことだった。
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