20.戦い済んで捕まった
それは急激に起こった。
巨大魔狼が斃された瞬間、魔狼達は何かを失ったかのようにウロウロとし始め、森の方へ逃げていく。弓での追撃でさらに複数の魔狼が倒れていく。
「深追いはするな。目標は達した。」
いつの間にかに来ていた参謀が、魔狼達を追撃しようとする兵士たちを止める。
歩兵隊の隊長は巨大魔狼の屍をじっと見詰めていた。
「ボスがいなくなるとこれか……。あっけないもんだな。」
夜が明ける頃には大佐の炎もほとんど燃え尽きていた。明るくなった河岸に残っているのは、黒く焼けこげた塊だ。
「お前たちは先に戻っていろ。」
参謀にそう言われ、気を失っている大佐と僕は、先に野営地へと戻った。初めて前線で戦いに参加して興奮していたせいか、気づいていなかったが、身体はどうやら限界だったようだ。大佐を寝台に入れて、自分の部屋に戻った後の記憶が全くない。気づけば寝台の上に倒れ込むようにして眠っていた。頬にはベッタリ涎のあとが残っている。
「うええ。」
気持ちが悪いのでとりあえず顔を洗おうと天幕を出ると、なんだかいつもと様子が違った。あちこちで兵士たちが固まって話をしている。顔もなんだか明るい。
「おお、アルト。起きたのか。お疲れさん。」
見張りの兵士に声をかけられた。その声にも明るさがある。
「何かありましたか?」
「ああ。魔狼のボスを倒したからな。どうやら討伐が終わりそうだ。」
ボスを倒したことで、しばらくは魔の森から魔狼達が襲撃してくる可能性は低くなった。どっちにしろ食糧がない僕らも帰るしかなない。ほんの少しだけこっちに運があっただけ。戦いは、結果が全てだ。
顔を洗った僕は大佐の天幕を覗き込んだ。大佐はまだ眠っているようだ。寝る前に飲ませたポーションの瓶が転がっている。
僕はそれを起こさないように片付けると、スープの準備をすることにした。そろそろ汁だけでなく、野菜も食べれるようになってほしい。ジャガイモやカボチャを煮込んだ後、すりつぶしてみよう。戦いが終わるのなら、あとは大佐が元気になる手伝いをするだけだ。
スープの優しい匂いが天幕に広がっていく。それに釣られたのか、大佐が目を覚ました。
「大佐。目が覚めましたか。体調はいかがですか?」
「アルトか。……ポーションを取ってくれ。」
まだ魔力が戻り切っていないのだろう。僕は素直にポーションを一本渡した。
「食べられそうならスープも飲んでくださいね。」
「ああ。」
ポーションを飲んだあと、大佐は素直にスープも飲んだ。顔色も良くなってきている。これなら医者を連れて来なくても大丈夫だろう。僕は兵士に聞いたことを報告しておくことにした。
「一旦帰国となるようです。」
「食料もないからな。ボスを倒したことで、しばらく襲撃もないだろう。」
「やっと戻れるんですね!」
「そうだな……。」
戻れる嬉しさで、僕は大佐の顔が少し翳りを帯びていることに気づくことができなかった。
「帰ったらアルトも王宮で表彰されるだろう。準備をしなくてはならないな。」
「王宮で、ですか?」
僕が戦争の功労者になる。そんなことは今まで一度も想像したことがなかった。
「ああ。国王の前でな。何か望みがあるか、と聞かれるかもしれん。その時はアルトが欲しいものを答えるといい。」
僕が欲しいものはなんだろう。鍋を抱えたまま僕は真剣に考え込んだ。弟や妹を養えるだけのお金。養っていけるだけの仕事。もちろんそれも欲しい。けれども、今はそれよりも欲しいものがある。
「大佐がご飯を食べてくれることが、僕の一番のご褒美です。スープだけじゃなくて、パンとか、肉とか。それで『美味しいな』って言ってもらえたら、ものすごく嬉しいです。」
僕の返事にたっぷりと時間をかけた後、大佐は苦笑した。
「確かに、国王の命令とあらば、私も食事をせざるを得ないだろうな。」
そんな、無理矢理食べさせたいわけじゃない。
「そうじゃありません。ええと。そしたら僕は美味しい食べ物が手に入る場所が欲しいです。そこで、僕が食事を作って大佐に届けますから。きっと大佐がきちんと食事を摂れるようになるまでには、まだ時間がかかると思います。それまで、僕が副官でいられるといいんですが……」
ゼクス大佐は僕よりもずっと武勲を立てている。帰国したら僕なんかが近づけない英雄として、華やかな生活を送るのかもしれない。食事もきっといいものを提供してもらえるだろう。僕が作るより、ずっといいものを。
そう考えていたら勝手に落ち込んでしまった。どうしたんだろう、僕は。
「アルト?」
不審に思ったのか大佐が声をかけてくる。僕は鍋を持って慌てて立ち上がった。
「な、なんでもありません!残りのスープを兵士たちに下げ渡してきますね!」
目が赤いのを誤魔化すように、僕は天幕を急いで後にした。
「我が軍はこれより、帰途に着く!まずはベルギンを目指す。余計な荷物は置いていけ。」
荷物を減らして行軍速度を上げるのだ。食糧が尽きる前にベルギンに着かなければならない。騎馬隊は先行してベルギンに向かうらしい。
「大佐。ポーションを置いていきましょうか。」
「それなら金貨袋を置いていく方がマシだな。」
これくらいの軽口が叩けるくらいには、僕も大佐も気持ちが軽くなっていた。
ベルギンへは歩兵隊であれば一日で着く。大佐の馬車は後方にあるため、歩く速さに合わせてのんびり移動することになる。食糧を切り詰められ、暗い顔で歩いているかと思いきや、帰国できることで歩兵たちの顔は明るかった。
「やっと帰れるな。皆元気にしているといいんだが……。」
「生まれたばかりの息子は、俺を見ても多分わからないだろうなあ。」
口々に帰ってからのことを思い描いては、話をしている様子を見て、僕も弟と妹たちのことを考えていた。最後に会ってから二年が経っている。きっと五人とも大きくなっているだろう。
やがて、ベルギンの町が見えてきた。
「ベルギンだ!」
歩兵隊の足がさらに速くなった。ベルギンの町の入り口では、先に着いていた騎馬隊が待ち構えていた。今日はそれぞれの隊ごとに町の中で休息をとることになっていた。
歩兵隊と共に町へと入ろうとした大佐の馬車を、騎馬隊が止めた。
「お待ちください。アルト副官、降りていただけますか。」
なんだろう。僕は大佐と顔を見合わせたが、思い当たる節はない。
「なんでしょうか。」
僕が馬車を降りると、馬上から槍がガシャンと僕の前で交差された。見た事のない兵士が、馬上からボクを冷たく見下ろした。
「な!何を……。」
「アルト副官。貴様を資材横流しの罪で拘束する。」
資材の横流し?そんなことをした覚えはない。どうしてそんなことになったんだ。混乱する頭で考えようとするが、思い当たる節がない。僕はあっという間に縛り上げられた。
「待て。どういうことだ。」
大佐が慌てて声をかけると、馬上の兵士は一礼した。
「申し訳ありません、大佐。大佐の副官になる前の罪が明らかになったのです。来い!」
縄で縛られた僕は、黙ってついていくしかなかった。
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