18.水しか出せない役立たず?
「さて。ここで話すのならいいんだね?ゼクス大佐。」
「ああ。」
ゼクス大佐は起き上がっているがベッドの中だ。ゼクス大佐の椅子は参謀に勧めたので、僕は立っている。
「アルト君。君は魔法を使えるね。」
答えていいのだろうか。ちらりと視線を送るとゼクス大佐が頷いたのを見て、僕は素直に話すことにした。
「はい。水の温度を固定できるだけの魔法ですけど。」
「ほほう。水の温度をね。ちなみにその水の中に他のものが混じってても大丈夫なのか?」
「スープでもできるので大丈夫です。あ、でも、生きているものの中の水にはできません。」
証明として、僕は参謀に薬草茶を淹れてみせた。口に入れても冷めていないお茶に、参謀はほう、と声を漏らす。
「ひょっとして、君は後方補給部隊にいた時、これと同じことをスープにしていたかい?」
「はい。」
なぜわかったのだろう。僕が首を傾げていると参謀が愉快そうに笑った。
「なるほどねえ。道理でスープに苦情が増えるわけだ。」
それからも参謀の質問は続いた。
「昨日、川が凍っているのを見たが、川を凍らせようとしたのかね?」
「正確に言えば、氷の道が作れないか試してみました。しかし、川の水が多すぎて魔力が足りなくなり、そのまま倒れてしまいました。」
僕は正直に昨日の様子を答えた。なんとなく僕のしたかったことは分かっているのだと思う。
「おそらく水量と魔力は比例するのだろうな。私の『爆炎』の威力が魔力に比例するように。」
「なるほど……。」
大佐の言葉に僕は納得してしまった。次々くる川の水全てに対応できるほど、僕の魔力は多くない。
「氷、と言うのは中々良い思いつきだね。なにしろ水に浮くからな。なので、次の作戦の要は、君に任せようと思う。」
僕に任せる?氷?全く意味がわからない。
「氷をどうするつもりなんですか?」
僕の質問に参謀はいたずらっぽく答えた。
「氷で橋を作るのさ。」
参謀の作戦を聞いて、僕と大佐はそれに従うことにした。食糧があと少ししかないことも影響している。
「この作戦が成功しても失敗しても、おそらくは国に戻ることになる。あの巨大魔狼を討伐する。これはこの戦いが終わるかどうかの最後の賭けだ。」
帰り際に参謀の言った言葉が耳に残った。
大佐のスープを4時間ほどじっくり煮ておくようにして準備すると、僕は早速参謀に言われた場所に向かった。『水しか出さない役立たずを準備しておく』と言っていたけれど、誰のことだろう。
そこには木箱を切ったような枠に布が引かれた状態で置いてある。嫌そうな顔をしてその横に佇んでいるのは、デズモンド副官だ。副官服は着ておらず、他の兵士と同じ服を着ている。横には見張りの兵士らしき男が立っている。
「デズモンド副官がなぜここに?」
僕が首を傾げて聞くと、デズモンドは怒りで顔を真っ赤にして横を向いた。見張りの兵士がデズモンドをこづいた。
「こいつが食糧の量を誤魔化していたんだと。しかも支払いに使う金を自分のために使いやがった。その責任を取って、今から水を出す作業をやってくれるそうだ。」
「誤魔化したんじゃない!それしか集められなかっただけだ!」
デズモンドが足を踏み鳴らしながら、喚いている。
「それを隠したから隊長に怒られて、副官を降格させられたんだろう?」
なるほど。デズモンド副官は確かに水が出せると言っていた。
「そういえば、いくらでも水が出せると言ってましたね。」
「ああ。お前よりも俺の方が役にたつはずなんだ。」
僕を忌々しそうにみて、吐き捨てるように言う。
天幕の中もびしょびしょにしていたな。僕はその能力をありがたく使わせてもらうことにした。
「では参謀からの命令です。この木枠に水を入れて氷の板を大量に作ることになりました。目標は、明日の夕方までに400個です。いいですね。」
「よ、400?む、無理だ」
デズモンド副官は青くなって首を横に振る。何故だろう。じゃがいも400個を剥いておけと言われるよりは僕的には楽なのだけど。
「いくらでも出せるって言ったじゃないですか。凍らせる方は僕が頑張りますから。」
大佐が何本かポーションをくれた。飲むと魔力の回復が早くなるそうだ。
「水を凍らせる?なんだその魔法は!」
デズモンドが目を白黒させてるが、あまり時間はないのだ。
「急いでいるので、水をお願いします。」
僕はにこやかにデズモンド副官にお願いした。
「す、少し休憩させてくれ……。」
青い顔をしたデズモンド副官が座り込んでいる。
「え、まだ50個しかできてないですよ。もう夕方ですから、今夜は眠っている暇がなくなってしまうかもしれません。」
最初の方は氷が型からうまく離れなかったり、水が飛び散ってしまったりして時間がかかってしまったのだ。型の形を少し変えてみたりしてやっと順調に作れるようになったところだったのに。僕の魔力はまだ十分に残っているんだから、デズモンドはもっといけるはずだ。
「い、1時間、いや、10分でいい。休ませてくれ。」
今まであまり連続で働いたことがないのかもしれない。貴族のおぼっちゃまみたいだし。確かに連続して作るよりも、少しずつ休憩を取る方が効率的かもしれないと僕は考え直した。
「分かりました。では、10個作ったら10分休むを繰り返しましょう。それなら良いですか?」
こくこくとデズモンド副官が頷くので、僕は休憩を取ることにした。
「少し大佐のところに行ってきます。」
「ああ。見張っているから安心しろ。」
見張りの兵士が頼もしげに笑ってくれたので、僕は急いで大佐のところに戻って、スープの確認をした。うん。できている。大佐は珍しく起きていた。下半身は寝台の中だけども。
「順調か?」
スープを一口飲みながら、大佐が尋ねてくる。
「時間がかかってしまって。でも明日の夕方までにはなんとかします。」
「そうか。他にできることは私も手伝おう。」
「大佐は最後に働いてもらうので、今は休んでいてください。」
僕がまたデズモンド副官のところに戻ると、頬が赤く腫らして項垂れている。
「何かありましたか?」
「逃げようとしたところを参謀に捕まっただけだ。『次逃げたら川に放り出す』と言われてたな。」
食糧を誤魔化しただけでも処罰の対象になっているだろうに。
「この仕事をちゃんと終わらせれば、少しは罰を免除してくれるかも知れませんよ。頑張りましょう。」
僕が励ますと、デズモンド副官はさらに項垂れた。
10個作っては10分休憩。これを延々と繰り返す。周りの兵士たちは時折交代しているが、僕とデズモンド副官は交代するわけにはいかないのだ。
頑張った甲斐があり、夜が明ける頃には、400個の氷の板が出来上がった。
「終わりましたよ!」
「や、やっと、終わった……。」
デズモンド副官はそれだけ言うと、そのまま動かなくなった。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、いびきが聞こえてきた。どうやら眠ってしまったようだ。
「これは私に任せて、アルト殿もお休みください。」
「う、うん。ありがとう……。」
すでに人として扱われていないような気がする。
見張りの兵士に言われ、僕は自分の天幕に戻って夜に備えて眠ることにした。
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