15.作戦会議
隊列が急に止まった。窓の外を見るが、まだ川は見えていない。
「どうしたんでしょうか。聞いてきます。」
馬車の扉を開け、前方を見ると何やら騒がしく動き回っている兵士が見える。やがてそのうちの1人がこっちにやってきた。
「レゼ川の対岸に敵を発見。本日はここで野営をせよと大将からの指令です。」
「分かりました!」
馬車に一度戻って大佐に伝えると、僕は野営の準備を始めた。道の両側は休耕地が広がっている。枯れた雑草が積み重なっているのを見ると、耕作が放置された場所なのかもしれない。
大佐の天幕と自分の天幕の準備が済むと、大佐を天幕に案内する。
「これから作戦会議を開くので、大佐にもご出席いただきたいとのことです!」
伝令がやってきた。大佐はものすごくめんどくさそうな顔をした。馬車に乗っていただけだが、それだけでも大佐の体力は減ってしまう。明日戦うなら今すぐ寝かせて欲しいと顔に書いてあった。
「私が代わりに話を聞いてきましょうか?」
会議と言われても、大佐に意見を求めるものではないだろう。
「そうだな。頼む。念の為、これも持っていけ。私は寝る。」
サラサラと紙に書かれたものは、委任状だ。大佐は着替えを済ますとさっさと寝台の中に潜り込んだ。
「なぜお前がここにいる。」
バルトロメウス隊長が僕を睨んできた。僕は思わず身を竦める。大将の天幕にはすでに騎馬隊、弓兵隊、歩兵隊の隊長と参謀の男が揃っていた。バルトロメウス隊長も呼ばれたのだろう。副官の僕が来るのは確かにおかしいのだけれど、大佐の体調の方が重要だ。僕は身を奮い立たせて背中をまっすぐに伸ばした。
「ゼクス大佐にこちらの会議を聞いてくるよう委任されました。こちらが委任状です。」
僕が委任状を渡すと、大将は委任状を見たあとじっと僕を見つめた。
「名は。」
「アルトです。」
「ふむ。分かった。そこに座っておれ。」
末席を示され、僕はそこに座った。持ってきた紙とペンも用意する。バルトロメウス隊長が目の前で睨んでくるが、目をそらして誤魔化した。
参謀の男が立ち上がり、大将の横にある地図の横に立つ。この国の地図だ。地図の上の方、西から東へと大きく流れているのがレギ川だ。そのレギ川のある一点を参謀は指さした。
「さて、偵察の情報では現在レギ川の対岸に魔狼の大軍を確認したとのこと。数は不明ですが、今までで最大規模ではないかと。」
「なぜ数が分からぬのだ?」
騎馬隊の隊長が尋ねてくる。
「レギ川の川幅が広いため、その奥まで見通せないとの事です。」
「川幅が広いのは難儀なことだな。」
大将が腕を組む。
「ゼクス大佐なら、大丈夫でしょう。今まで負け知らず。どんな大軍でも蹴散らしてくれましたからな。」
楽観的なのは歩兵隊の隊長だ。逆に不安げなのは弓兵隊の隊長だ。
「川幅が広いのであれば、弓でも届くかどう……。魔狼共が後ろに下がれば、届かなくなるのではないか?」
参謀が我が意を得たというように頷く。
「問題は、川を渡る方法ではないかと私も考えています。」
川を渡る方法か。そもそも橋をかけるには木材が必要だ。この辺は畑が広がっていたのか、木はほとんどなかった。木材を調達するだけでも大変だ。飛び石みたいなものでも準備する?足場が悪くて襲われそうだ。
僕が考えているうちに参謀が話を進めた。
「橋をかけるにしても、対岸に行き着かなければ難しい。少人数で行けば、魔狼共の餌食となるのは目に見えている。船を作るか、さらに上流を目指すか。どちらにしても行軍が伸びます。食糧の在庫はあとどのくらいでしょう?」
参謀に質問されたバルトロメウスは背筋をピンと伸ばす。
「はっ。二週間程度と聞いております。」
「切り詰めても三週間程度でしょうか。大将、いかがなされますか?」
参謀の一言で全員の視線が大将を向く。
「……一度、ゼクスの魔法を試してみるか。参謀は川の渡り方について考えよ。補給部隊は万が一に備えて食糧の確保と正しい量の確認をせよ。場合によってはどこかの隊だけでも後方に下がってもらう。」
食糧が不足していれば、どこかの隊は武勲を得ることができなくなる。睨まれたバルトロメウスは、冷や汗を垂らしながら頷いた。
船か。参謀は考えることが違うなと僕は感心してしまった。船でなくても筏でもいいのかも。筏を並べれば橋になるのかな?
「……アルト副官!」
「はい!」
耳元で声を出され、僕は驚いて立ち上がった。
声を出したのは参謀だ。
「どうした?もう会議は終わったぞ。」
気がつくと、大将と参謀以外は天幕からすでに退出した後だった。
「す、すみません。参謀の船で渡るという案が面白かったので、筏をつなげたら橋にならないのかな、と……。」
「なるほど。筏か。ただ、流されないように抑える役目がいるな。魔狼は泳げるし、抑えている兵士を狙うくらいの知恵はある。それをどう防ぐ?」
大将が面白そうに話に加わってくる。そうか。川の流れで筏が流されてしまっては身も蓋もないし、そこを魔狼に襲われたら終わりだ。しょぼんとした僕の肩を参謀がポンポンと叩く。
「戦争に使える案など、100個考えて1つ使えればいい方です。思いつきの方法は悪くないと思いますよ。」
「ありがとうございます。大佐のお役に立ちたいと思うのですがなかなか……。」
「そう言えば、大佐の天幕で美味しそうな匂いがしてくると評判になっているが。」
大将に声をかけられ、僕は思わず背筋を伸ばした。
「大佐の身体のためにスープを作っています。少しずつお召し上がりになっています。そのせいか起きている時間が長くなってきました。」
思わず大佐の体調のことまで報告してしまった。僕の言葉を聞いて、大将も参謀も顔を見合せた。そんなに驚くことなのか。
「ゼクスが食べられるようになったのか……」
「良い傾向ですが……」
なんだろう。食べられるようになったことは良くないのか?僕の不安が顔に出ていたのか、参謀が笑顔を作る。
「ゼクス大佐には無理をさせていますからね。体調が良くなるのは何よりです。ただ、明日の作戦は上手くいかない確率が高い……」
参謀が心配そうな表情をする。大佐は生きる兵器だと思われていると思っていたのに、そうでもないのだろうか。大将が陽気な声を出す。
「なに。上手くいかないこともたまには必要だ。明日も頼むとゼクスに伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
僕は深々と礼をすると、天幕を出た。
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