14 僕の魔法の使い道
「これはアルト様がお使いください。」
スープ作りにしばらく借りていた鍋を、宿の主人が快く譲ってくれた。使い勝手のいい鍋だったので、僕はありがたくいただくことにした。
「世話になった。これは礼だ。」
今日の大佐はなんと起きている。大佐が金貨を一枚渡すと宿の主人は目を丸くして後ずさった。金貨一枚あれば、一ヶ月は宿泊できるのだから、当たり前か。
「こ、こんなにはいただけません。」
「主人、もらっておいてください。これでも金貨袋を渡すと言ったのを、僕がなんとか一枚まで減らしたんです。」
僕が囁くと、主人は金貨と僕の間で目をうろうろとさせてから、金貨をゆっくりと押しいただいた。
「ありがとうございます……!」
昨日は荷物をまとめるのに大忙しだった。もちろんスープも作った。今度は最初から宿で配る分も作っておいた。大佐が飲めるのはまだスプーン一杯が限界だ。でもそれでもいい。それが三食なら、一日三杯飲んでいることになる。今までと比べたら格段の進歩だ。
ただ、困ったことに卵とバターが余ってしまった。持ち運ぶのも大変だし、日持ちもしない。どうしようと悩んでいると、大佐が助け舟を出してくれた。木箱の中に水が漏れないように入れた後、卵とバターを皮袋に入れ、水だけ凍らせるのだ。これから卵は凍らないし、割れる心配もない。
「大佐はすごいですね!」
と僕が言うと、大佐は変な顔をして僕を見ていた。なぜだ。
宿の前にはすでに馬車が止まっていた。大佐を乗せた後、僕も乗り込んだ。宿の主人に手を振ると、馬車はゆっくりと動き出した。
道の途中で荷馬車を横につけたカルダンが立っているのを見つけた。何やら暗い顔だ。
「すみません、大佐。カルダンさんがいたので挨拶してきます。」
僕は馬車を降りるとカルダンの所に行く。
「カルダンさん、お世話になりました。……何かありましたか?」
「ああ、アルトさん。」
カルダンは声をひそめた。
「あなたにこういうことを言うのはどうかとも思いますが……かなり物資を買い叩かれましてね。まあ、量もあまり集められなかったせいかもしれませんが。正直、ゼクス大佐の寄付がなければどうなっていたか……。」
「それは……申し訳ありません。」
バルトロメウス隊長ならやりかねない。僕は思わず頭を下げた。
「いえいえ。アルトさんには助けられてますから。それから、これを。」
カルダンは荷馬車の上の木箱を指さす。
「ゼクス大佐へのお礼です。些少ですがお受け取り下さい。……食
糧です。」
声を潜めたのは後方部隊に聞かれないためだろう。
「ありがとうございます。」
大佐の荷物用の馬車に木箱を載せると、僕は手を振ってカルダンと別れた。
城門の外に馬車が出ると、すでに歩きの兵士たちは並び終わっていた。
彼らの前に、馬に乗った大将が颯爽と現れた。
「我らがこれから向かうのは、この先にあるレギ川だ。本日はそこで野営を行う。進軍開始!」
「おう!」
地鳴りのような声が響く。
隊列は騎馬隊、歩兵、それから後方補給部隊と大佐の乗った馬車が後に続く。馬車での移動を許されているのは大佐と補給部隊のバルトロメウス隊長だけだ。たくさんの荷物を積んだ荷車の隣を補給部隊の兵士達が荷車を押しながら歩いていた。
「レギ川はとても大きな川だと聞いています。橋はあるのでしょうか。」
「あっても壊されているだろうな。私ならそうする。」
最近、大佐は起きている時間が少しずつ長くなっていた。前は話をするのも億劫そうだったのが、話しかければ答えてくれるくらいには機嫌もいい。そんな大佐がコホコホと咳をした。
「風邪ですか?」
「いや、空気が乾いているせいか、喉が乾いてな。」
「白湯を作りましょうか。」
「そうだな。頼む。」
僕はゴブレットを取り出すと、水を入れ、いつものように温めて、大佐に渡す。暖かそうに立ち上がる湯気をみていて、僕はふと思ったことを口にした。
「空気が乾くのは、水分が足りなくなったせいですよね。水分を足すには、お湯を沸かせばいいのでしょうか。」
「理論的にはそうなるな。」
「試してみてもいいですか?」
「ほどほどにな。」
僕は大佐の飲み終わったゴブレットに水をいれて床に置こうとしたが諦めた。馬車の揺れで水がこぼれてしまう。仕方なく、先ほど主人から預かった鍋を出し、そこに水を入れて床に置いた。これなら倒れることはない。お湯を沸かすと湯気がもうもうと上がってくる。それが意外と暖かくて気持ちが良い。
「大佐。なんだか暖かくて気持ちがいいですね。」
「そうだな。」
大佐も気持ちがいいのか、目を瞑っている。咳も止まったし、喉に効いているのかも知れない。僕はしばらくそのままにすることにした。
(暑い……。)
少しすると、暑くなってきた。汗が吹き出してくる。大佐を見るが、先ほどと変わらぬ様子で目を瞑っている。暑さを感じないのか!僕は大佐が暑いと言うまで我慢することにした。
「……なんだか暑いな。」
大佐が目を開けてそう言う頃には、僕は全身汗だらけだった。鍋の水もほとんどなくなっている。
「止めますね!」
僕は鍋の温度を下げると、馬車の窓を開いた。初秋の風がふうっと馬車の中に入ってくる。
(涼しい……!)
風の涼しさに浸っていると、大佐が不思議そうにいう。
「なぜそんなに汗をかいている。」
「暑いからです!」
大佐は首を傾げる。
「自分の体温は下げられないのか?」
「え?」
考えたこともなかった。確かに体の中には水がある。その温度を変えられるのか、僕は試してみた。
「あれ。ダメみたいです。」
「ふむ。生体に効果はない、か。それができたら立派な暗殺者になれたものを。」
確かに。身体中の水を沸騰させても凍らせても、相手は死んでしまう気がする。
「い、嫌ですよ!そんな使い方したくないですから!」
想像にゾッとして、身体中の汗が引いていく。そんな僕の様子を見て、大佐はふっと笑った。
「出世のチャンスだと言うのに、欲がない。しかし、この蒸気は心地いいな。また作ってくれ。」
全く汗をかかない大佐に言われても嬉しくない!次はもっと熱くしてやると、僕は心に決めたのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)、リアクションなどしていただけると嬉しいです。




