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第二話

第二話


「潮の向こうから呼ぶ声」

――恵比寿、旅立ちの章―― 


海が静まり返った翌朝、

 村はまるで新しい世界に生まれ変わったようだった。 


嵐で折れた桟橋は、夜のうちに潮が運んだ流木で補われ、沖に沈んだはずの網は、まるで誰かが丁寧に畳んだように浜辺へ戻っていた。 

村人たちは口々に言った。 


「海が……蛭子を守ったんだ」


「いや、あの子が海を守ったんだ」 


蛭子はただ、静かに海を見つめていた。

 その瞳は、昨日までの少年のものではなかった。


海の底から聞こえる“名もなき声” その夜、蛭子は眠れなかった。


 胸の奥で、海のざわめきとは違う“何か”が響いていた。 


 ――来い。

 ――潮の向こうへ。

 ――七つの光が、お前を待っている。 

言葉ではない。


 しかし確かに“呼ばれている”と感じた。 

蛭子は浜辺へ出た。

 月が海を銀色に照らし、波は彼の足元だけを優しく撫でた。


「……行かなきゃいけないの?」


 波は答えない。

ただ、彼の足首を包み込むように寄せては返す。 

蛭子はその意味を理解していた。


村の長老との別れ 


翌朝、蛭子は村の長老の家を訪れた。

 長老はすでに外で待っていた。


「来ると思っていたよ、蛭子」


「……僕、行かなきゃいけない気がするんだ」


「うむ。お前の中の“海”がそう言っておるのだろう」 


長老は静かに海を指さした。


「昨夜、七色の光が海の向こうへ走った。あれは“神々が集う兆し”だ。お前はその一柱なのだろう」


 蛭子は驚かなかった。

むしろ、ようやく言葉にしてもらえたような安堵があった。


「でも……僕は、ただの子どもだよ」


「違う。お前は海に捨てられ、海に育てられ、海を鎮めた。それは“海の神”の証だ」 


長老は蛭子の肩に手を置いた。


「行け。お前の旅は、この村のためでもある。お前がどこへ辿り着くのか、わしらも見届けたい」


 蛭子は深く頭を下げた。

海が開いた“道” 旅立ちの日。

 村人たちは浜辺に集まり、蛭子を見送った。


「気をつけてな!」


「帰ってこいよ、蛭子!」


「海はお前の味方だ!」 


蛭子は微笑み、海へ一歩踏み出した。 


 その瞬間、

波が左右に割れ、まるで“道”のように彼の前へ伸びた。 

村人たちは息を呑んだ。


「……海が、蛭子を導いてる……」 


蛭子は振り返り、深く頭を下げた。

「ありがとう。僕を育ててくれて……ありがとう」 


そして、海の道へと歩き出した。


潮の向こうに見えた“七つの影” 海の道はやがて閉じ、

 蛭子は小舟に乗って東へ進んだ。 潮の流れは彼を押し、

 風は彼の背を押し、

 魚たちは舟の周りを守るように泳いだ。 


 やがて、水平線の向こうに

七つの影が揺らめくのが見えた。 

それは人の形にも、光の柱にも見えた。


 蛭子は胸の奥が熱くなるのを感じた。 

――あれが、僕と同じ“孤独”を抱えた者たち。 

――あれが、僕の行くべき場所。 こうして蛭子は、恵比寿としての旅路を歩み始めた。 

七柱が集う“島”へ向かって。

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