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第三話

海の底からの呼び声 淡路島へ向かう途中、

 恵比寿の乗る小舟は、突然、潮の流れを失った。 


 海が静まり返る。

風も止む。

 魚の影すら見えない。 

まるで、世界が息を潜めたようだった。 

その静寂の中、

 海の底から声が響いた。 

 ――蛭子よ。

 ――海に愛されし子よ。

 ――お前は本当に“海の神”となる覚悟があるか。 

恵比寿は息を呑んだ。

 この声は、海そのものの声だった。


 海が開いた“深海の門” 

海面が割れた。

 海の道とは違う。

 今度は、海が縦に裂け、

 底へと続く巨大な“門”が現れた。 

青黒い光が揺らめき、

 深海の圧力が空気を震わせる。 恵比寿は理解した。 

――これは、海の神になるための試練だ。 

彼は舟を降り、

 裸足で門の中へと歩み入った。


沈黙の海 門をくぐると、

 そこは音のない世界だった。 潮の音も、魚の気配もない。


 ただ、永遠の静寂だけが広がっていた。 恵比寿は胸が締めつけられるのを感じた。 

海はいつも語りかけてくれた。

 波は笑い、魚は歌い、潮は囁いた。 

しかし今、海は何も語らない。


 ――お前は“声なき海”を恐れずに歩めるか。 

恵比寿は震える足を前へ出した。

 一歩、また一歩。 

やがて、静寂の海に

 彼自身の心臓の音だけが響き始めた。 

その音が、

 海の静寂を破る最初の“声”となった。 

静寂はほどけ、

 道が開いた。


逆巻く潮 次の空間は、

 海そのものが怒り狂ったような世界だった。 

渦潮が天へ伸び、逆流する潮が壁のように立ち塞がる。 

恵比寿は押し流され、

 海底へ叩きつけられた。 


――お前は“海の怒り”を受け止められるか。 

恵比寿は立ち上がった。

 海は彼を育てた。

 しかし同時に、海は恐ろしい。 彼は両手を広げ、逆巻く潮へ身を投じた。 

潮は彼を呑み込み、砕き、押し流し、試した。 

だが恵比寿は沈まなかった。


 「海が怒るのは、守りたいものがあるからだ」

 その言葉を胸に抱いた瞬間、

 潮は静まり、道が再び開いた。


海の記憶 最後の空間は、

 海の記憶そのものだった。 


そこには――

 葦舟に乗せられた自分の姿があった。 

泣きもせず、

 ただ海の音を聞いていた赤子の自分。 

そして、

 海に捨てられた瞬間の記憶が蘇る。 

――お前は“生まれの痛み”を受け入れられるか。 

恵比寿は幼い自分に近づき、

 そっと抱き上げた。

「大丈夫だよ。捨てられたんじゃない。海が僕を拾ってくれたんだ」 

その瞬間、海の記憶が光に変わり、恵比寿の胸へ吸い込まれた。


 海の王冠 試練を終えた恵比寿の前に、海そのものの声が響いた。 


――よくぞ三つの問いに答えた。

 ――お前は“海の子”ではなく、

   “海の守り手”となる資格を得た。 

海の光が恵比寿を包み、彼の背に柔らかな光の尾が揺れた。 


それは魚のようでもあり、

 潮の流れのようでもあった。 恵比寿は覚醒した。 海の福をもたらす神として。


海上へ戻ると… 気づけば恵比寿は、再び小舟の上にいた。 


しかし、海はもう以前の海ではなかった。 

潮は彼の名を呼び、

 魚たちは彼の周りを踊るように泳ぎ、風は彼の背を押した。


 恵比寿は微笑んだ。

「行こう。

   七つの光が集う場所へ」 

舟は淡路島へ向けて進み始めた。

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