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第十二話

天寿星より降りし者


――星がまだ神を必要としていた時代


世界が生まれるよりも前。

天には無数の星々が浮かんでいた。


星々は光で語り、 軌道で歌い、 瞬きによって意思を伝えていた。


その中でもひときわ強く輝く星があった。


天寿星。

寿命と運命を司る星である。


ある夜、その星が静かに震えた。

星の震えは誕生の兆し。

やがて天寿星の中心から、一筋の光が流れ落ちた。


それは星の欠片ではない。

ひとつの魂だった。

光は雲を抜け、 風を越え、 遥かな地上へ降りてゆく。


 辿り着いた先は、仙人たちが修行を重ねる深山幽谷の仙境だった。

光は大地へ触れるとゆっくり形を変えた。

長い頭。

白く豊かな髭。

深い皺を刻んだ顔。


 しかし、その瞳だけは夜空の星のように澄んでいた。


 老人は静かに目を開く。

そして最初の言葉を口にした。

「……私は、どこから来たのだろうな」


 仙人たちは驚いた。

天から落ちた老人。

その姿はまるで星の化身だった。

やがて仙人のひとりが問う。


「あなたの名は」


老人はしばらく考え、ゆっくり答えた。

「福を授ける者。

 禄を与える者。

 寿を守る者。

 ならば――福禄寿であろう」


 その日から福禄寿は仙境で暮らし始めた。

すると不思議なことが起きる。

枯れた木々は再び芽吹き。

老いた鳥は若き日の翼を取り戻し。

病に伏していた仙人は立ち上がり。

弱った獣たちは力を取り戻した。


 仙人たちは畏れた。

「寿命を延ばしているのか」

しかし福禄寿は首を振った。

「違う」

「私は寿命を延ばしているのではない」

「本来あるべき命の長さへ戻しているだけだ」


 その言葉に仙人たちは悟る。

この老人は人の理ではない。

星の理を宿しているのだと。

だが福禄寿自身には分からなかった。

なぜ自分が地上へ降りたのか。

何のために存在するのか。


 その答えは、ある満天の夜に訪れる。

天寿星がひときわ強く輝いた。

福禄寿は空を見上げた。

すると胸の奥に声が響く。


――地上には欠けた運命がある。

――それを補うため、お前は降りた。


福禄寿は問い返した。

「欠けた運命とは」


星は答える。

――七つの光が揃う時。

――世界は新たな均衡を得る。

――だが今はまだ揃っていない。


 その瞬間、福禄寿は理解した。

自分は運命に呼ばれている。

まだ見ぬ仲間たちの元へ。

しかし天寿星は最後の試練を与えた。


福禄寿の前に三つの影が現れる。

短命の影。

長命の影。

不老の影。

影たちは問いかけた。

「寿命を司る者よ」

「お前はどれを選ぶ」


福禄寿は迷わなかった。

「どれも選ばぬ」

「寿命とは長さではない」

「その者が歩んだ道の深さだ」

「短くとも輝く命はある」

「長くとも空虚な命もある」

「大切なのは生きた証だ」


三つの影は静かに光へ変わった。

そして天寿星は告げる。

――よくぞ見抜いた。

――寿命とは長さではなく深さ。

――お前は真の福禄寿となった。


 その日から福禄寿は地上を歩き始めた。

病に苦しむ者には本来の寿命を。

運命に迷う者には星の導きを。

絶望する者には未来への希望を。

静かに与え続けた。


 人々は彼を福の老人と呼んだ。

しかし福禄寿は微笑むだけだった。

「私はただ、星の理を伝えているだけだ」


 ある夜。

彼は空に七色の光を見た。

恵比寿が見た光。

大黒天が見た光。

毘沙門天が見た光。

弁財天が見た光。


 その光が西の海へ伸びている。

福禄寿は静かに立ち上がった。

「ならば私も行こう」

「待つ者たちがいる」

天寿星が優しく輝いた。

星は何も語らない。

だがその光は確かに背中を押していた。

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