↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こえあらず ほうに恋ありけり  作者: ぶりかま
二章 非効率な優しさ
PR
7/40

第7話 面倒くさい幸せ

 バスを降り、苔むした長い石段を一段ずつ踏みしめる。登り切った先が、俺たちの「城」だ。

 ねむの家は目と鼻の先にあるリノベーション済みの古民家。中学の二年間は隣の市から通っていたが、卒業と同時に一家でこちらへ越してきた。対して俺の家は、山頂近くの斜面に建つ築百年の木造屋敷。黒光りする梁と柱が、この地の風雪に耐えてきた時間を物語っている。


「よっしゃ着いた! 総員、戦闘配置ッ!」


 引き戸をガラガラと開けた瞬間、ナナのスイッチが切り替わった。

 ローファーを脱ぎ捨て、制服の上から使い古したエプロンを巻き、シュシュで長い髪を一瞬にしてまとめ上げる。その手際は、まるで変身魔法だ。


「兄ちゃん! ねむ! ハーフタイムなしでいくよ!!」


 台所の板の間に仁王立ちし、ナナがパン! と高く手を叩く。夕日が差し込む薄暗い土間に、乾いた音が弾けた。まさにこの家を統べる「厨房将軍」だ。


「おう。……今日は一段と殺気立ってんな」


 俺とねむも、流れるように動き出す。

 芦名家の夕飯時は、いつだって戦争だ。両親を含めた九人の家族に、ねむを加えた総勢十名。一度の食事で米は一升。味噌汁は給食センターのような寸胴鍋で作る。

 この家には、『料理は女、力仕事と掃除は男』という鉄の掟がある。時代錯誤も甚だしいが、効率を突き詰めた末の、不文律だ。


「兄ちゃん、指示出すよ!」


 ナナが菜箸の先を、俺の鼻先へビシッと突きつける。


「裏の畑からアスパラ二握り! 玉ねぎ七個! キャベツ二玉! カブ十個! ダッシュ!」


「了解。……って、あれ? ガキどもは?」


「今日は遅い! ユウちゃんはピアノ、レオは獅子舞の練習、チビーズは寺で墓掃除の手伝い!だから今日の戦力は私とねむと兄ちゃんだけ。正真正銘のハードモードだよ、なははは!」


 ナナは豪快に笑いながら、冷蔵庫から巨大な猪肉の塊を取り出し、ドン!とまな板へ叩きつけた。


「……ってことは、掃除とドブ攫いは俺一人?」


「そーゆーこと! 冷蔵庫のシフト表見たでしょ?『ハル(単独)』って赤字で書いてあるじゃん。名誉ある孤軍奮闘。おめ!」


「マジかよ……ははっ」


 俺が泥にまみれている間、あいつらは何の憂いもなく好きなことに打ち込める。

 面倒くさい。けれど、この面倒くささが、きっと幸せなんだと思う。


「え? 何ニヤニヤしてんの? 兄ちゃん、もしかして真性マゾ?」


「ちげぇよ。矜持だ」


 軽口を叩き合っているうちに、ねむも準備を終えていた。エプロンを締め、髪を耳にかけた姿は、普段の儚げな印象とはまるで違う。

 ねむは無言のまま俺の背中に手を添えると、ぐいっと台所口へ押し出した。そして背筋を伸ばし、額に手を添えて敬礼する。


「おいねむ、無理すんなよ。お前、学校で電池切れてただろ」


 俺が眉を下げると、ねむはムッとしたように頬を膨らませ、力強く拳を握った。

 揃えた右手の指先を左胸、右胸へと当てる。続けて俺を指差し、右の人差し指を下に向けて勢いよく前方へ振り出した。最後にニッと笑い、敬礼する。


【心配せんでいいちゃ。ほら、行ってこられ☆】


 そのサインには学校で見せる儚げな少女の面影は消え、十人分の胃袋を支える、頼もしい「ど田舎のオカン」が立っていた。


「……そっか。悪かったよ」


 俺は降参するように両手を上げる。


「わかった。行ってくる」


「急げ! 日が暮れるぞ!」というナナの罵声を浴びながら、俺は外へ飛び出した。

 夕闇が迫り、空は紫に染まり始めている。湿った土と草の匂いが、濃く鼻腔を満たした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。