↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こえあらず ほうに恋ありけり  作者: ぶりかま
八章 ロトカ=ヴォルテラ
PR
35/40

第35話 恋の司令塔

 待て、どうする。あいつら――コタツとレオ、それにケン――なんて言っていたっけ。

 そもそも、なんで急に水族館に誘うなんて話になった?

 ……そうだ。バスケ部のキャプテンだ。ねむが奴に告白されるかもしれないという危機的状況。それを阻止するために、俺が先手を打ってデートに誘い、既成事実を作らなければならないんだった。


 だから?

 なんでそれがデートなんだよ。論理の飛躍が甚だしい。

 さっきまでの高尚な「ロトカ=ヴォルテラの方程式」なんて、この際関係ないじゃないか。

 俺の脳内は、数式から恋愛感情のもつれへと急降下し、完全にショートした。

 俺は頭を抱え、その場にうずくまった。


「……どした? ハル。頭痛いんけ?」


 宇波さんが心配そうに覗き込んでくる。


「いや……。今、中二病の最中でして。思春期特有の、ちょっと頭がおかしくなる時期なんです」

「ちゅーにびょう? ……病気かぇ。そら大変やな」


 宇波さんとねむが、哀れむような目で俺を見る。特に宇波さんは本気で心配しているようだ。


「そうなんです。中学生のような自意識過剰になる病気が、今頃になって再発しましてね」

「ほー……。そんなんあるがけぇ」


 宇波さんは目を丸くして感心している。その純粋さが痛い。

 宇波さんは「ふむ」と記憶を手繰り寄せるように天井を仰いだ。


「そういや、あんたたちが中学生の時、水族館で定置網の説明したことあったのぉ。その時かな? ねむちゃんと初めて会うたのは」

「え? ……そうなの? ってか、宇波さんあそこにいたっけ?」


 俺は顔を上げた。記憶にあるのは、水族館での社会科見学だ。


「おったちゃー。毎年、小学生と中学生に社会科見学で説明せにゃいけんかったからな。ガイドさんが紹介してくれて、ちょっこしセリフ言うだけの役やったけどな。あとは質問に答えるくらいやったけどな」


 宇波さんは懐かしそうに目を細める。


「今考えると、ハルとねむちゃん。あとケンか。あんたたち、全く質問せんかったがや。ワシおる意味ある? みたいなこと思っとったわ」

「だって……爺ちゃんの仕事だから知ってるし……。質問なんか無いよ……」


 漁師の孫に漁の質問をしろというのが無理な話だ。それに俺とケンはすでに何回も実際に体験させてもらってる立場だった。

 すると、ねむがパタパタとキーボードを叩き、会話に入ってきた。


:『私は知らなかったけど、質問する勇気がなかったかなー』

「ほうけ、ほうけ。……あそこも変わったちゃ。今は――ホタルイカの展示しとるがやと」


 その言葉に、ねむが反応した。


:『えー! 行きたいー!』


 画面に表示された文字と同時に、ねむが顔を輝かせた。


 行きたい!?

 ……なんていいパスだッ! 宇波さんッ!

 あんたは漁師だけじゃなく、恋の司令塔もできるのか! 今しかない。この流れを逃せば、次は無い。


「……行く? 水族館。俺、今日このあと暇になっちゃったし」


 俺は努めて何でもない風を装って言った。すると、ねむの顔がぱっと輝いた。右手の人差し指を下に向け、胸の前から勢いよく前方へ振り出す。


【行くッ!!】


 残像が見えるほどの速さで「承諾」のサインが出た。

 が、その直後。ねむはふと動きを止めた。


 上下に構えた両手の指を揺らしながら横へ滑らせ、続けて両手で四角を描く。俺を指差し、右手の指を顔の前ですぼめながら前へ出すと、首を振った。

 胸元で両手を交互に上下させ、最後にこめかみに指を当てると、困ったように眉を下げた。


【……でも。ハル、別に水族館に興味ないでしょ。私だけ楽しくてもなー……って思うし】


 少しの沈黙。

 興味。そうだ。普段の俺なら、魚を見るためだけに金を払うなんて非合理的だと一蹴していただろう。

 ただ、今は違う。俺には「行く理由」が必要だし、何よりこじつけでもいいから肯定材料が欲しかった。


「……さっきさ。ねむの『お年寄りが増えることで自分たちの家業が潤う』というパラドックスの話、しただろ?」


 俺は早口でまくし立てた。


「そこで『ロトカ=ヴォルテラ』のことを思い出したんだよ。元々、ヴォルテラはアドリア海の漁獲記録をヒントにしたんだ。戦争中に漁が減ったら、サメみたいな捕食魚の割合が増えた。そこから捕食者と被食者の関係を数式にしたんだよ。条件が揃えば、両者の数が周期的に増減することまで説明できる。数学の魔法みたいなもんなんだよ」


 当然だが、ねむと宇波さんはポカンと口を開けて目が点になっている。

 構うものか。俺は続ける。


「そう考えると、実際の生態系を見て、その数式のモデルを検証するのも悪くない。……なんか、行きたくなってきたんだよ」


 苦しい。我ながら苦しすぎる言い訳だ。

『デートしたい』の一言が言えないばかりに、数学史を持ち出すなんて。


「だから、ねむにも魚見ながら、その方程式の話してやろっか?」


 俺がそう提案すると、ねむは両手を胸元からさっと払った。次いで両手の人差し指を並べ、勢いよく前へ動かす。


【んー。そんなのどうでもいい。行こッ!】


 バッサリと切り捨てられた。


 く……そこは「面白そう!」って言ってくれる予定だったのだが。

 まあいい。結果オーライだ。

 心の中で、俺は拳を握りしめた。

 成功したぞッ! ケンッ! レオッ! コタツッ! 第一関門突破だ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。