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こえあらず ほうに恋ありけり  作者: ぶりかま
六章 確定事項
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第25話 好きなタイプ

 目指すは隣の要塞、芦名家。あそこの飯は、いつだって俺を裏切らない。

 俺は躊躇いなど微塵もなく、芦名家の重厚な引き戸をガララッと勢いよく開け放った。


「こんばんはー!! カーソン兄妹が入りまーすっ!」


 土間に踏み込み、小脇に抱えていたエマを床に下ろす。

 まるで買い物袋のような扱いだが、これが一番速い。


「エマ。リビングに突入するぞ」

「ええ!? ま、まだ、こ、心の……準備が……」

「鼻を利かせろ。この甘辛い醤油と揚げ油の香り……牛カツだ。しかも今日はナナが厨房に立っているはず。絶対に美味いことは確定している」


 俺は深呼吸をして、漂ってくる黄金色の香りを肺一杯に吸い込んだ。


「そ、そんな、あああ、味かか、かかか……」

「変わるね。俺はナナの味付けが一番好きだ。甘めで濃いからな。お前は?」

「きき、決められない……みんな美味しい」

「そうか。まあ、食えばわかる」


 そんな会話をしながら靴を脱いでいると、ドタドタと廊下を走る音がして、タオが顔を出す。


「よっ! タオ!」

「あああっ! ケンちゃんだ! エマちゃんも来たよーっ!! ……って、またご飯狙ってる顔してるーーーっ!!」


 タオが指を差して叫ぶと、奥のリビングから爆発音のような笑い声が轟いた。


「なははははっ! 呼べ呼べーっ!! 巨人が来たぞー!」

「うそー!エマも来たのー!?やったー!」


 奥へ進むと、案の定いつもの騒音の中で晩飯が始まっていた。

 それにしても、相変わらず相撲部屋かと思うほどの凄まじい量の飯が並んでいる。

 そして俺の予想通り、メインは揚げたての牛カツ。

 さらにサイドメニューには、新鮮な刺身盛りが鎮座しているっ!

 最高だっ!! 勝利は確定した。

 その喧騒の中で、ねむがこちらを見た。

 口いっぱいに頬張った牛カツのせいで、頬がパンパンに膨らんでいる。


「よっ! ねむ」


 俺が片手を挙げると、ねむもモグモグと口を動かしながら、嬉しそうに手を振り返した。


「どした? ケン。飯食いに来た?」


 ハルが椅子に浅く腰掛け、ニヤニヤしながら聞いてくる。


「おう。手違いで家に飯が無い。恵んでくれ」

「ふーん。手違いねぇ」


 ハルは全てを察したようにクスリと笑い、キッチンの方へ首を捻った。


「だってよー! ナナっ! 飯あるー!?」

「あるよーっ!! 全部食えっ!! 刺身も追加してやるよっ!」


 ナナがひょいっと立ち上がり、お玉を掲げて頼もしく叫ぶ。


「よっしゃーーー!!!」


 俺がガッツポーズを決めると、隣のエマも、両脇を締めて小さくガッツポーズをしていた。

 用意された特等席にドカッと腰を下ろした。

 エマはねむと手話で挨拶を交わし、ユウの隣の席に座り、丼が運ばれてくるまでの間、俺はハルとねむの顔を交互に見た。

 ふと、脳裏にバスケ部キャプテンの言葉が蘇る。

『香椎さんって……彼氏いる?』

 俺の視線に気づいたのか、二人が「なに?」という顔でこちらを見返してくる。


「なぁ。ねむってさ、好きな俳優とかいる?」


 唐突な質問。ねむは箸を止め、人差し指を唇に当てて少し考え込む。

 そして、真剣な眼差しで手話をする。


【ル○ィとかナ○ト。あと炭○郎とか】

「…二次元じゃなくて……まあいいやハルは? 好きな女優とか」


 ハルは丼のご飯をかき込みながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「俺は、宵野かすみとか、柏木せいら」


 ……死ね。俺がこの前「最高だ」と勧めたセクシー女優の名前を並べやがった。しかも、俺の性癖である「ムチムチの良いケツ」の女優ばかりをピンポイントで。

 その瞬間。

 ドゴッ!!

 鈍く、重い音が響いた。

 ねむの拳が、ハルの脇腹に綺麗な軌道で突き刺さっていた。


「ッブフォッ!?」


 ハルが飯を吹き出しそうになりながら、くの字に折れ曲がる。

 ねむは涼しい顔で手話を紡ぐ。


【いいお尻だよね。二人とも】


 ――こいつ! 女優の名前だけで誰だか分かったのか!? むっつりか!


「お? いいね。ねむも分かってるじゃん。あと、アリーヤ・ブラントもいいよな!」


 同志を見つけた喜びで、俺は同意を求めた。――その瞬間。


 ドゴォッ!!


「ブフォっ!」


 俺の横腹にも、強烈なインパクトが走った。

 予想外すぎて腹筋に力を入れられなかった。呼吸が一瞬で止まり、視界が揺れる。


「ぐぅぅ……」

「くそっ……」


 俺とハルは二人揃って椅子から崩れ落ち、床の上でのたうち回った。

 見上げると、ねむは何事もなかったように咀嚼し、美味しそうにお茶を啜っている。

 床を這いながら、ハルと目が合った。お互いに脂汗を流している。


「テメェが……女優なんか聞いてきたからこうなったんだろ……デカブツ……」

「テメェが……AV女優なんか名前あげるからだろ……モジャモジャ……」


 俺たちのうめき声を聞きながら、芦名家の食卓は今日も平和に?過ぎていくのだった。


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