第25話 好きなタイプ
目指すは隣の要塞、芦名家。あそこの飯は、いつだって俺を裏切らない。
俺は躊躇いなど微塵もなく、芦名家の重厚な引き戸をガララッと勢いよく開け放った。
「こんばんはー!! カーソン兄妹が入りまーすっ!」
土間に踏み込み、小脇に抱えていたエマを床に下ろす。
まるで買い物袋のような扱いだが、これが一番速い。
「エマ。リビングに突入するぞ」
「ええ!? ま、まだ、こ、心の……準備が……」
「鼻を利かせろ。この甘辛い醤油と揚げ油の香り……牛カツだ。しかも今日はナナが厨房に立っているはず。絶対に美味いことは確定している」
俺は深呼吸をして、漂ってくる黄金色の香りを肺一杯に吸い込んだ。
「そ、そんな、あああ、味かか、かかか……」
「変わるね。俺はナナの味付けが一番好きだ。甘めで濃いからな。お前は?」
「きき、決められない……みんな美味しい」
「そうか。まあ、食えばわかる」
そんな会話をしながら靴を脱いでいると、ドタドタと廊下を走る音がして、タオが顔を出す。
「よっ! タオ!」
「あああっ! ケンちゃんだ! エマちゃんも来たよーっ!! ……って、またご飯狙ってる顔してるーーーっ!!」
タオが指を差して叫ぶと、奥のリビングから爆発音のような笑い声が轟いた。
「なははははっ! 呼べ呼べーっ!! 巨人が来たぞー!」
「うそー!エマも来たのー!?やったー!」
奥へ進むと、案の定いつもの騒音の中で晩飯が始まっていた。
それにしても、相変わらず相撲部屋かと思うほどの凄まじい量の飯が並んでいる。
そして俺の予想通り、メインは揚げたての牛カツ。
さらにサイドメニューには、新鮮な刺身盛りが鎮座しているっ!
最高だっ!! 勝利は確定した。
その喧騒の中で、ねむがこちらを見た。
口いっぱいに頬張った牛カツのせいで、頬がパンパンに膨らんでいる。
「よっ! ねむ」
俺が片手を挙げると、ねむもモグモグと口を動かしながら、嬉しそうに手を振り返した。
「どした? ケン。飯食いに来た?」
ハルが椅子に浅く腰掛け、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「おう。手違いで家に飯が無い。恵んでくれ」
「ふーん。手違いねぇ」
ハルは全てを察したようにクスリと笑い、キッチンの方へ首を捻った。
「だってよー! ナナっ! 飯あるー!?」
「あるよーっ!! 全部食えっ!! 刺身も追加してやるよっ!」
ナナがひょいっと立ち上がり、お玉を掲げて頼もしく叫ぶ。
「よっしゃーーー!!!」
俺がガッツポーズを決めると、隣のエマも、両脇を締めて小さくガッツポーズをしていた。
用意された特等席にドカッと腰を下ろした。
エマはねむと手話で挨拶を交わし、ユウの隣の席に座り、丼が運ばれてくるまでの間、俺はハルとねむの顔を交互に見た。
ふと、脳裏にバスケ部キャプテンの言葉が蘇る。
『香椎さんって……彼氏いる?』
俺の視線に気づいたのか、二人が「なに?」という顔でこちらを見返してくる。
「なぁ。ねむってさ、好きな俳優とかいる?」
唐突な質問。ねむは箸を止め、人差し指を唇に当てて少し考え込む。
そして、真剣な眼差しで手話をする。
【ル○ィとかナ○ト。あと炭○郎とか】
「…二次元じゃなくて……まあいいやハルは? 好きな女優とか」
ハルは丼のご飯をかき込みながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「俺は、宵野かすみとか、柏木せいら」
……死ね。俺がこの前「最高だ」と勧めたセクシー女優の名前を並べやがった。しかも、俺の性癖である「ムチムチの良いケツ」の女優ばかりをピンポイントで。
その瞬間。
ドゴッ!!
鈍く、重い音が響いた。
ねむの拳が、ハルの脇腹に綺麗な軌道で突き刺さっていた。
「ッブフォッ!?」
ハルが飯を吹き出しそうになりながら、くの字に折れ曲がる。
ねむは涼しい顔で手話を紡ぐ。
【いいお尻だよね。二人とも】
――こいつ! 女優の名前だけで誰だか分かったのか!? むっつりか!
「お? いいね。ねむも分かってるじゃん。あと、アリーヤ・ブラントもいいよな!」
同志を見つけた喜びで、俺は同意を求めた。――その瞬間。
ドゴォッ!!
「ブフォっ!」
俺の横腹にも、強烈なインパクトが走った。
予想外すぎて腹筋に力を入れられなかった。呼吸が一瞬で止まり、視界が揺れる。
「ぐぅぅ……」
「くそっ……」
俺とハルは二人揃って椅子から崩れ落ち、床の上でのたうち回った。
見上げると、ねむは何事もなかったように咀嚼し、美味しそうにお茶を啜っている。
床を這いながら、ハルと目が合った。お互いに脂汗を流している。
「テメェが……女優なんか聞いてきたからこうなったんだろ……デカブツ……」
「テメェが……AV女優なんか名前あげるからだろ……モジャモジャ……」
俺たちのうめき声を聞きながら、芦名家の食卓は今日も平和に?過ぎていくのだった。




