第24話 巨人は止まらない
家路につく。
その道すがら、必ず視界に入るのがねむの家だ。今日も、窓に明かりは灯っていない。
暗く沈んだその家を見上げ、俺は鼻を鳴らす。
ということは、今日もねむはハルの屋敷で飯を食っているわけだ。
カーソン邸はハルの家の隣――畑一つ挟んだ場所にある。
週末になると、うちの親父とハルの親父さんは、なぜか芝を先に刈った方が勝ちみたいな低レベルな争いを始める。
「おい! 何先に刈ってんだよ、このデカブツっ!」
「なんだ。お前んところはまだ汚いな。羨ましいか?」
そんな低レベルな大人の喧嘩を、俺は子供の頃から見飽きるほど見てきた。なんで芝生を刈るタイミングでマウントを取り合うのか理解不能だが、あの二人の関係は、今の俺とハルの関係そのままだ。
俺の父さんと、ハルの父さんは親友同士。そして、ハルの母さんとも学生時代からの腐れ縁。
俺とハルとねむは、親たちと同じことをやっているわけだ。
正直、俺たちの未来もそうなることが確定していると思っている。この村に、俺の新しい城マイホームを建てる。
最高のケツを持ったイイ女を嫁にして、週末には庭でBBQをする。
隣にはハルがいて、ねむがいて。俺たちがヨボヨボの爺さん婆さんになるまで、馬鹿話をして笑い合う。
これが俺の夢。完璧な確定事項。
「ただいまー」
重厚な木製のドアを開けると、玄関ホールで妹が座り込んでいた。
何やら一心不乱に手を動かしている。
「おう。エマ。ただいま」
「お、お、おかえり。お、おおお、お兄ちゃん」
ビクッと肩を震わせ、エマが振り返る。
その手には、安物のスニーカーと、塗料や布切れが握られていた。
「何してんの?」
質問をすると、エマは何かを言いかけて口をぱくぱくと動かし――やがて諦めたように口を結んだ。視線が落ち、人差し指が手元の靴をひとつ指す。
代わりに、邪魔な布切れをポイと手放した両手が、滑らかに宙へ上がる。
胸のあたりで両手を軽く握り、交差させた手首をくるりと返した。
それから両手を上げ、親指と人差し指で作った小さな輪を、星が瞬くようにパッパッと開く。続けて、自身の服の胸元をそっとつまみ、下へ引いた。
最後に、人差し指で自身のこめかみをトントンと叩き――ふっと、楽しげに微笑んだ。
【この靴……アレンジして……コスプレ用にしようと……思って】
普段、エマはこうやって、自分の喉のコンディションによって声と手話を切り替える。
手話でも吃音は残るが、声を出すよりは楽だと言っている。
「で、父さんと母さんは?」
リビングの方を見ても人の気配がない。
嫌な予感がして尋ねると、エマが申し訳なさそうに手を動かした。
【今日は……遅くなるって。十二時くらいになるかもって言ってた】
………は?
俺の思考がフリーズし、すぐに胃袋が抗議の声を上げる。
「飯は!? 俺の飯っ!!」
【今から……私がつくる?】
「三十分以内が良い。いや、十五分だ。餓死する」
【カップラーメンなら……】
「ありえない」
俺は即答した。一日の終わりには、炊き立ての白飯と肉が必要だ。それがなければ、俺の筋肉が分解され、精神が崩壊し、死に至ることが「確定」している。
俺は玄関で靴を履き直した。
「エマ。行くぞ」
「えぇぇ!!」
「ハルの家に行く。飯を分けてもらう」
「……ええええっ!!!」
エマが素っ頓狂な声を上げるが、巨人は止まらない。
「ついでにお前のその靴も、ハルの家の広い玄関でやった方が効率いいだろ。ほら、乗れ」
俺はエマの返事も聞かずにその細い腕を掴み、小脇に抱えるようにして家を飛び出した。




