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こえあらず ほうに恋ありけり  作者: ぶりかま
五章 アラブの王子
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第21話 天然タラシ

 私は強風を突っ切って校舎へ駆け込み、教室にスライディングする勢いで飛び込んだ。


 ガララッ!!

 扉を開けた瞬間、絶望的な光景が目に飛び込んでくる。教卓を囲んで優雅にランチタイムを過ごしている、ハルとケンちゃん。そのお弁当箱の中身は――。


(あーーっ!! 私の山菜とおにぎりがっ!!)


 私は彼らの顔も見ずに弁当箱へダッシュした。

 ない! ケンちゃんのお弁当箱にあるはずの、いつもの特大おにぎり(明太子)が消滅している!

 ハルのお弁当箱の彩りを担っていた『アコちゃん特製・山菜の天ぷら』も、残るはゼンマイのナムル一掴みだけ!

 嘘でしょ……? 私の楽しみが……今日に懸けていたカロリー摂取計画が……。

 ガックリと教卓に突っ伏した。


「お、ねむ。遅かったな。どしたの? ……ってお前、酢豚ある?」


 ケンちゃんが箸を咥えたまま、相変わらずのテンションで私の『嚥下弁当』をロックオンしている。こいつ、私の絶望などお構いなしか。

 私は顔を上げ、鼻息荒く手話を繰り出した。


【外にいたの! 強風の中、ベンチで二人を待ってたの!】

「は? なんで? グループにメッセ入れたろ」


 ハルが不思議そうにスマホを指差す。


【気づかなかったの! ずっと一人でベンチでニヤニヤ妄想してたからっ!】

「よかったな。誰もいなくて。見られてたら通報案件だぞ」


 ケンちゃんが図星を突き、憐れむような目で私を見下ろしてくる。


【うるさいな! いいから二個目のお弁当よこせよっ! まだ隠し持ってるんだろ!? おにぎりちょうだいっ!】


 私はケンちゃんのカバンを指差して脅迫した。この巨人が弁当一つで足りるわけがない。予備の燃料タンクがあるはずだ。


「いいけど? その代わり、酢豚よこせよ」

【……チッ。勝手に取れっ!】


 ぶっきらぼうに、プルプルと揺れる自分のお弁当を教卓に叩きつけた。交渉成立だ。


「そんで? どうなの? 最近。手話の先生体験、やってんだろ?」


 ハルが私のゼンマイ煮をつまみながら、話題を変えてきた。その何気ない問いかけに、ふと現実に引き戻される。


【うん。楽しいよ。みんな私を『先生』って呼んでくれるし。……間違えて調子に乗っちゃうかも。気をつけなきゃ】


 少し照れ隠しに肩をすくめた。調子に乗って失敗するのは、私の悪い癖だ。


「いいじゃねぇの? 別に調子に乗っても。実際、お前はすげえんだから」


 ハルは箸を止めて、真っ直ぐに私を見て言った。

 さらっと。本当に、呼吸をするようにこういうことを言う。

 無意識の「褒め殺し」。これだから天然タラシは困るのだ。別にすごくなんかないのに、勘違いしそうになる。

「前みたいにさ、『手話落語』とかやってやれよ。俺、あれ結構好きだったんだけど」

 ケンちゃんが思い出し笑いをしながら、ニシシと歯を見せた。

『手話落語』。それは、私が勝手に古典落語を手話に翻訳・アレンジして作った、オリジナルの創作落語だ。持ちネタは『寿限無』『猫の茶碗』そして『饅頭怖い』。元々は、私と同じように障害に苦しんで塞ぎ込んでいたコタツ君を、なんとか笑わせてやろうと思って始めた遊びだった。

 身振り手振り、表情筋をフル活用して演じるサイレント・コメディ。

 それが意外にもウケてしまって、当時通っていた支援学校に逆輸入され、全校生徒の前で披露する羽目になった。もちろん笑っているのは、ろう者だけ。黒歴史スレスレの思い出だ。


【そうだねぇ。でもまだみんなはわからないんじゃないかなぁ。理解できるまでは少し時間かかっちゃうよ。でも最近、『時そば』も覚えたよ? 見る? ……いつか、死ぬ前までに】

「いいね。見たい。絶対やって」


 そう笑いながら、ケンちゃんは私の弁当箱から酢豚をガッツリと掬い取った。

 あ、肉を三つも! 報復措置だ。

 私はケンちゃんが差し出したタッパーから、巨大なおにぎりを強奪。さらに箸で半分に割り、中身の「おかか」がたっぷり入っている中心部分を根こそぎ自分の皿に移した。


「あああっ! お前、具を取り過ぎだろっ!」

【お前もなっ!! 肉返せ!】


 ギャーギャーと騒ぎながら、おかずを奪い合う私たち。

 そんな低レベルな争いを、ハルは頬杖をついて眺めていた。

 その表情は、とろけるように優しくて。本当に、楽しそうに微笑んでいる。


 ……可愛い。


 ぱっちりとした二重の瞳が、笑うと目がクシャッと潰れて、瞳が見えなくなる。

 普段はクールなイケメンなのに、笑うと一気に少年みたいになる。

 このギャップは反則だ。

 きっと、世界中がハルを見つけてしまったら、ファンクラブの会員数は一日で百万人に到達するだろう。

 ……よし、ビジネスチャンスだ。

 会員費は月額五百円。特典は『ハルの厳選スマイル動画(日替わり)』が見放題のサブスク形式がいいだろう。

 私とケンちゃんがカメラマンとして協力すれば、毎日投稿が可能だ。被写体との距離感ゼロの私たちにしか撮れない、激レア映像を提供できる。

 売上は……月五億円?

 よし。撮影料およびマネジメント料として、取り分は五割頂こう。ケンちゃんは三割。


 私はおかかまみれのおにぎりを頬張りながら、電卓を弾くようにニヤリと笑った。


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