第20話 闇の魔導師
全然違った。そう判明したのは、ハルたちと仲良くなってからのこと。
彼は『アラブの王子』じゃなかったのだ。だってさ、考えてもみてよ。健康的な褐色の肌に、ふわっふわの天然パーマ。
そこから連想されるのって、砂漠? ラクダ? ターバン? 極めつけは両耳の金色のピアス。アラブといえば石油王。石油王といえばゴールド。私の連想ゲームは完璧だったはずなのに。
正解は、中東の血を引くパパと日本人のママのハーフさんでした。
……中東? どこ? っていうか、そもそもアラブって国名? 地域なの? 当時の私はそのレベルの知識しかなかった。
彼の本名は、『ハルーン・アティシュ』。
ちなみに芦名家の子供たちは、アコちゃん以外みんなハルと同じような事情でこの苗字を使ってる。で、ハルーンを通称『ハル』って呼んでるわけ。
名前の意味を聞いた時は震えたね。
『ハルーン』は、導く人。『アティシュ』は、炎。
……カッコ良すぎない!? なにそれ、どこのラノベの主人公!?
ハルは炎属性だったのだ。
言われてみれば、あの天然パーマも燃え盛る炎に見えなくもない……
あ、これは本人に言ったら怒られるやつか。
炎属性の勇者、ハル。対する私は――間違いなく『闇属性』。パーティにおける役割は、後方支援兼デバフ係ってところかな。私が本気を出せば、世界全体を闇に叩き落とす自信がある。
私の重た~い過去を、寝ている人の耳元で延々と囁き続けてやるんだ。声は出ないけど、口はパクパクしてるから、たぶん怖い。
トラウマ植え付けASMR。精神力(MP)をごっそり削ってやる。
そんな邪悪な妄想をしていたら、グーっとお腹の虫が盛大に鳴いた。
お昼休み。私は学校に隣接する公園のベンチで、二人を待っている。ハルとケンちゃん。運が良ければ、ユウちゃんとエマちゃんも合流する、いつものランチタイム。
……でも、今日は二人とも遅いな。
ふんッ! 待ってられない! 先に食べよう。
私は膝の上にお弁当箱を広げた。今日のメニューは、昨日ハルの家で作った酢豚――じゃなくて、シシ肉を使った酢豚。それと、アコちゃんが作ってくれたゼンマイと油揚げの煮物。
そして、主食のご飯は特別仕様だ。お弁当箱を揺らすと、フルフルっとゼリーみたいに頼りなく震える。水分多めで、飲み込みやすく調整された軟飯。そこに梅干しをちぎって混ぜ込み、塩気をプラスした特製『嚥下弁当』だ。
んー。我ながら、このネーミングは美味しくなさそう。
『プルプル・ゼリー・ランチ』とかにしとく?
……きしょッ! 余計に食欲失せるわ。
まずはこれを腹に入れて、後からハルのお弁当に入ってる『アコちゃん特製・山菜の天ぷら』を強奪してやる。デザートには、ケンちゃんの味濃いめのおにぎりを一口もらう。
クックック……。
闇の魔導師を待たせた罪は重いのだよ。
ビョオオオオオッ!!
その時、肌寒い突風が私を直撃した。
「……」
強烈な風に煽られ、視界が砂埃で霞む。
ふと気づけば、周囲には誰もいない。さっきまでチラホラいた他の生徒たちも、いつの間にか校舎内に避難していたらしい。
……なんで?
そういえば、今朝の天気予報で言ってたっけ。今日は『強風注意報』が出てるって。
私の髪の毛は無惨に乱れ、前髪はスカスカ。さっきまでの「闇の魔導師」の威厳はどこへやら、ただの「風に吹かれる落ち武者」状態だ。
嫌な予感がして、私は慌ててスマホを取り出した。SNSのアイコンには、既に赤いバッジが『二件』。
震える指で、タップする。
『今日、風ヤバいから教室で食わね?』
『強風だから教室待機な。昨日酢豚作ったんだろ? ちょっとよこせよ』
送信時間は、休み時間が始まってすぐ。
ハルとケンちゃんからのグループ連絡は、とうの昔に届いていた。
カァ……っと顔が熱くなる。
世界が暗転して、公園の真ん中でポツンと座る私だけにスポットライトが当たるような感覚。
一人で中二病ごっこして、悪役笑いして、強風に晒されて……。
ダッサ……私……
風の音だけが、虚しく響いていた。




