75話 日本③
今日は家族みんなで犬連れOKなアウトレットへやって来た。それぞれが両手いっぱいの紙袋を持つ羽目になり、アウトレットから退散した。次は大きな本屋さんがあるショッピングモールだ。異世界では、画面上でしか買い物できないから、現物を見て買い物する楽しさを改めて感じ、爆買いが止まらなかった。ここでも終始、ソラが笑顔で安心した。
「永遠。体は大丈夫なの?」
その日の夜、母と二人きりになり、ダイニングで向かい合ってお茶を飲んでいた。母はいつも明るい人だけれど、いまはいつになく神妙な面持ちだった。
「術後から結構経って転移したから大丈夫だよ。それに向こうでは、聖水があるの。だからなんならこっちにいるときより元気だよ」
「そう……それならいいんだけれど」
「うん。長女なのに、たくさん心配かけてごめんね」
「なに言ってるの。あんたには、小さいときからずっと我慢させて申し訳なく思っていたの。いまは少しでも我慢せずに暮らせているの?」
「……うん、モカが力を貸してくれていて……」
「そう。それなら、好きな人には甘えられてる?」
ああ、だめだ。涙が溢れてくる。最近、涙腺がダメすぎる。忙しさで考える時間が減っていたディルクのことをいろいろ思い出してしまった。
「いいのよ、ここではいくらでも泣いて。あの銀髪の人でしょう?」
こくっと頷くと母は、私にティッシュ箱を渡しながら微笑んだ。
「あの人はどの写真を見ても永遠のことばかり見てるし、すごく優しい顔であんたのこと見てたから上手くいくといいなと思ってたのよ」
「……でも、いまは離れていて……正直忙しすぎて思い出すことも減っていたぐらいで……」
「ふふ、そういうところお父さんと似ているのね。ほかに夢中なものがあるとそっちのけなんだもの」
「ゔっ」
「……その人には体や子どものことは?」
「言ったよ。あの人、いろいろあって実は大の女嫌いで。だから結婚とか、子どもを持つことなんて考えたことすらなかったんだって。だから気にしないって……」
「でも血の繋がりがないとは言え、母親になったでしょう」
「うん、なんかモカと会ったときのような感覚で……保護したときから気になっていて、この子は引き取るって心の中で決めてた」
母は微笑みながら頷く。
「どう? 母親業」
「わからないことばかりで大変だけど、ソラ自身が賢いからずいぶんと楽させてもらってると思う。でも、親になりたいって思ったことがない自分が本当にいいのかって何度も何度も悩むときもあって。その度に、大好きって伝えてくれるソラが愛しくて……うん、あの子の親になれてすごく幸せだよ」
「そう、それなら安心したわ。あとはそのことをその人に伝えないとね?」
「はぁ、それが一番の難関かもしれない……」
「永遠」
「ん?」
「お母さんもお父さんも、羅稀も朝陽華も綺羅花も離れてしまっているけれど、永遠のことが大事で味方なのには変わりないから。あなたはあなたの思う道を進みなさい。応援しているわ」
「……っ!」
「あらあら、今日は泣き虫なお姉ちゃんね。今ぐらいあなたも母親ではなくて、私の娘になってちょうだい」
一体何年ぶりかわからないが、母に抱きしめられて泣いてしまった。目を真っ赤にして部屋に戻ると、待っていたモカが寄り添ってくれて、ソラと三人、川の字で眠った。
その翌日は、羅稀がモカとソラを大きな公園へと連れて行ってくれた。羅稀にこんな面倒見がいいところがあるだなんて初めて知ったわ。いつも妹たちのことはほったらかしだったのに。
合流した後は、大型ゲームセンターや日本のポップカルチャーを味わえるお店巡りをした。もちろん健全なお店だよ。
その最中も妹たちは夢中でモカとソラの写真を撮影していた。
「ソラ、すっかり寝ちゃったわね」
「本屋には行くって俺には言ってたけど」
「え、まだ本買う気だったの?」
「本の作り方とか、そういった本が欲しいんだって。向こうでは本買えないの? チートあるんだろ?」
「向こうの本はとても高価なの。チートの通販で日本のものは買えるけど、サンプルがないものがほとんどだから、こっちで実際に手にすると私でも服とか色々買ってしまったし、気持ちはわかるかも」
「そんなもんか」
「そんなものなのよ」
「姉ちゃんはさ、体とか大丈夫なわけ? ほら、いろいろあっただろ」
羅稀は気まずそうにしながらも車の運転を続けた。
「どうしたの、あんたがそんなこと言うなんて」
「俺だって一応心配してんだよ。突然の異世界転移で、誰も姉ちゃんのことを覚えてもいないし、わけわからないだろ。俺たち弟妹の面倒ばっか見てた姉ちゃんが今度は向こうでも誰かの世話をさせられたり、面倒かけられてんじゃないかと話してもいたし、どうしてるのか気になってたんだよ」
「そうだよ、お姉ちゃん。わたしたちはこれでも心配はしてるんだからね?」
「ハル姉が幸せに過ごせているならいいけど、そうじゃないなら異世界でもどこでもそいつをぶん殴りに行くからね!」
「異世界なのに?」
「そう! それぐらいの気持ちがあるってこと。お父さんだってずっともじもじ心配してたし、みんなハル姉のことが大好きだし、忘れることはないからね! もちろんモカのことだってそうだよ」
「……ありがとう、みんな」
弟妹たちがそんな風に思ってくれているとは知らなかったから感動して俯いてしまったけど、その後すぐに感動が台無しにされた。
「だから、お姉ちゃん。さっさと銀髪美形捕まえにいきなさい」
「そうだよ、さっさと国戻ってアナちゃんを紹介してくれ」
「それなら私はロキ君がいいなー」
「あんたたち、さっきの感動返してくれる?」
「いやでもさ、あんな美形たちに囲まれてると美醜おかしくなりそうだよね」
「ねぇねぇ、お嬢様っているの? 特に悪役令嬢!」
「俺ツエーもいるわけ?」
「令嬢はいるわね。貴族社会だもの。俺ツエーって感じではないけれど、騎士団の人はみんなすごいよ。それに教えてるモカはもっとすごい」
「モカちゃん、すごいね。その調子でお姉ちゃんを守ってあげてね」
綺羅花は、自分の膝の上で寝ているモカを起こさないようにそっと撫でた。モカは少し身動ぎしたけれど、起きる様子はなかった。
◇◇◇◇
あっという間に今日は日本最終日。みんなが出勤する時間に合わせて私たちも異世界へ戻ることにした。荷物がとんでもないことになっているけれど、なぜかこちらでも機能しているマジックバッグに全て詰め込んだ。手芸用の生地が意外に嵩張ったけれど、決して買いすぎたわけではないはず。
「またみんなと会える……?」
ソラがぎゅっと手を握りながら震えるような声で問いかけてくる。その頭を空いている手で撫でる。
「また会えるよ。それは最初にお話ししたでしょ?」
「うん……でもみんな優しくて楽しかったから……」
「ソラが楽しんでくれたならお母さんも嬉しい。ほら、みんなに言いたいことあるんじゃなかった?」
ソラは私の手を離し、すでにうるうるしている妹たちや両親、弟の前に一歩近づく。
「おじいちゃん、おばあちゃん。ライキお兄ちゃん、アサカお姉ちゃん、キリカお姉ちゃん。いっぱい優しくしてくれてありがとう。いっぱい贈り物してくれてありがとう。いっぱい遊んでくれてありがとう。だ、大好き」
みんなが順番にソラとモカを抱きしめる。なぜか今回の転移拠点となっている車へ三人で乗り込んだ。
「くれぐれも体に気を付けるのよ」
「働くにしてもちゃんと休むんだよ? モカとソラ君も君たちのお母さんを頼んだよ」
「うん!」
「また帰ってくるから。今生の別れではないから。だから、またね」
私がそう言った瞬間、光に覆われた。
このときの私は、まさか私たちが日本へ戻ったことによって、家族それぞれが一大決心をしているなんて夢にも思っていなかった。




