8話 侍女と護衛
いつも通り爆睡してしまった自分の神経の図太さに呆れつつ、モカと遊ぼうと庭へ出たら衝撃の光景が目に入った。庭中の草花や実がキラキラとエフェクトがかかったように輝いていたのだ。これが昨日話していた聖水効果だろうか。それにしても、効果ありすぎじゃない?
モカは「毎日こうなるよ」と何でもないことかのように言っていたけど、季節無視で毎日じゃがいも量産とか、毎日花が咲いていたらとんでもないことになりそうで、これらをどうすべきか考えないといけない。
それからしばらく家の中でモカにスキルのことを説明してもらう。付与は、私の場合だけど例えば石なんかに火起こし効果をつけようと思えば、願えばそれだけで付与ができるらしい。
浄化は主に瘴気の土地で使うことになるだろうけど、それ以外だと簡単なシミ汚れから毒にも対応できるとのこと。願えばいいだなんて簡単で大変助かる。呪文を唱えろとか言われたら恥ずかしさが勝つ。
まったりと説明を受けながら過ごしていると、インターホンの音が来客を告げる。事前に使い方を教えておいたインターホンのモニターを確認すると映っていたのは、ロキ君だった。ロキ君はどこを見て良いのか分からないのだろう、きょろきょろしていた。
「いま行く」と声をかけてからモカを抱っこして玄関ドアを開ける。日本は一月頭でまだまだ寒かったけど、こっちは全然寒くない。着こまなくて良いのはありがたい。
「ロキ君、いらっしゃい。ごめんね、忙しいのに」
昨日、この二人からはタメ口で話してほしいと言われたため、こちらの交換条件として様付をやめてもらうようお願いしたのだ。おかげでますます親近感が湧きやすくなった。
「いえ。本当は団長が来たがっていたんですけど、召喚問題のほうにかかっていて時間がとれないようなんです。その分、オレが護衛させていただきますね!」
「そうなんだ、大変だね。でも私は話しやすいロキ君で嬉しいけどね。だから、ありがとう」
「はい! モカ様も本日も可愛らしいお姿の方ですね、最高です!」
「あとでママと遊ぶから大きくなるよ」
「えっ、そうなの? 大きい姿で、ママ遊べるかしら」
「大して変わらないよー」
「それにしてもこのいんたーほん? とかいうの凄いですね! まぁ見えているものすべてがすごいんですけどね!」
「これはいろんな種類はあるけど、家があるところにはたいがい付いているものよ」
「いつかゆっくり異世界のお話聞かせてください! ところで、昨日お話ししていた専属侍女を連れてきました」
本来なら門先でするような話ではないのだろうが、まだ家に入れる気にはならないし、周りからも見えないなら良いのではとここを指定したのだ。それになんだかディルク様を差し置いて先に他の人を家に入れると怒られそうな……なんとなくだけど。
「侍女を務めさせていただきますアナ・ベーベルと申します。至らない点もあるかと思いますが、誠心誠意お仕えさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
そう言ってから頭をあげた子は、癒し系のスタイル抜群の可愛らしい女の子だった。これは、羅稀が好きそうだわ。二次元から飛び出してきたみたいな子だもの。
「初めまして、トワと申します。この子はモカ。こちらのこと何も知らないためいろいろ迷惑かけるかと思いますが、こちらこそよろしくお願いいたします」
「トワ様、侍女に敬語を使う必要はありませんよ」
「そんな決まり事があるのね、わかった。でもあなたももっと気楽にしてね、私は堅苦しいの嫌いなの」
「承知いたしました」
「それよ。わかりましたで十分よ。これからあなたにはいろいろ教えてもらわないといけないんだから。早速だけど、あなただけがこの家が見えたのね?」
「はい。ここは広いのですが、半分ほど使われておらず、使用人もそれほどいません。そのため一人しかおらずご不便をおかけすることもあるかと」
「私は自分のことは自分で出来るから、あなたは日常生活のことを教えてくれるとかでいいわよ」
「わかりました。では、早速ですが、その服装はそちらの世界では普通ですか?」
そう言われて今日の自分の格好を見る。モカと散歩予定もあったため、薄手のトレーナーと動きやすいジョガーパンツ。すべて某ファストファッションだ。いまさらだけど、人に会うんだからもっとまともな格好しておけばよかった。
「ごめんね、人に会うのにこんなラフな格好してて」
「いえ、侍女に謝罪する必要もありません。トワ様、こちらの世界の女性はパンツスタイルは乗馬の時のみ、他には騎士団にいる女性騎士のみです」
「マジか」
「トワさん、外へ出てあちらのベンチへ移動しましょう。しばらくこの庭は立入禁止になっていますので、好きに使って良いと殿下から許可を得ています」
ロキ君が歩き出した先には長いベンチが二脚あった。そこに座ったのは私とモカ。
「2人とも座らないの?」
「護衛ですから」「侍女ですから」
「えぇ、会話しにくいな……」
「ねぇ、ママ。ボク、遊んでいてもいい?」
「いいけど、危ないことはしたらだめよ?」
「うん、わかった! ロキと遊ぶ!」
「お、俺でいいんですか!? 聖獣様と遊べるなんて!」
「ママの周りは結界張ってあるからね、大丈夫だよ」
え、モカさん、それなら護衛はいらないのでは……?
嬉しそうに広い中庭に出ていく二人を見ながら昨日のやり取りはなんだったんだと思ってしまう。
「アナ、話しにくいから横に来て」
「ですが」
「何か言われたら私がなんとかする。次は場所も考えるから今日だけお願い」
「……では、今日だけ失礼します」
私と少し距離を保ちつつも話が聞こえる近さで静かに腰を下ろしてくれた。
「ありがとう。これで少し話しやすくなったわ。それでさっきのことなんだけど、この服装で外へ出るとマズイ?」
「そうですね、まず見かけません。素材や形も見たことがないものです」
セールで買ったトレーナーとジョガーパンツが、異世界ではまさかの未知の品。これがダメだとなると私の持ち物はほぼ全滅だ。仕事用の服もちょうど断捨離で大半を処分してしまっていた。帰ったら通販を開くしかない。服選ぶのっていつの間にか時間経ってるのよねぇ。だからあまり好きではないんだけれど、そんなわがまま言ってる場合ではない。
「男性は見かけられたと思いますが、貴族女性はドレスが基本です。私のように働く人間や平民は、シャツにパンツ、シャツにスカートやエプロンワンピースが多いですね」
「そうなると私がいけそうなのは、シャツにスカートかぁ。持ってるには持ってるけど、まだ似合うかな……」
「もしよろしければこちらで購入することも可能ですよ? 念のためお伝えしますが、費用はもちろん国負担です」
「ううん。これからも使うだろうし、なければ自分で買うよ。ありがとね」
ブォンッ ブンッ
突然風を切るような音が目の前を通り過ぎ、見えない何かに押されるように体が傾いた。
「キャッ」
「ギャアッ!」
アナのように可愛く「キャッ」なんて出なかった自分に少し幻滅しながら私とアナは飛ばされそうになるのをなんとかベンチに捕まり留まることができた。
「すみません! トワさん! アナ! 怪我してませんか!?」
「ロキ様っ! 守る側が危険に晒してどうするんですかっ!」
「モカッ! 危ないことはしたらだめって言ったでしょう!」
走り寄ってくる二人に、アナと息を合わせたように同時に怒ってしまい、思わず顔を見合わせてフフッとなってしまう。
「悪いのはロキだよ! 魔力操作が下手なんだもん!」
「本当に俺のせいです! 申し訳ありません!」
その二人も同時に話しだす。今度は三人と、大きくなったモカと顔を見合わせる。こらえようとしたけれど無理だった。
つられるようにみんなで同時に笑い出してしまった。




