69話 アニマーリア王国辺境領
翌朝、二人はぐっすり眠れたようで顔色も良くなり、追い聖水でさらに体調は良くなったようだ。シロ君は体の傷がなくなっていたみたいだから、それは秘密だと言っておいた。
エレンちゃんは朝食のパンやジャムにもいたく感動し、どうすれば買えるのかと言われ困った。パンの作り方知らないのよね。調べたら分かるんだろうけれど、いまはまだその余裕がない。だからそのうちとだけ伝えれば、すぐ買いに来るから予約だと言われてしまった。ずいぶんと気の早い小さなお客様だと笑ってしまう。
今日はヴォーン辺境伯領に滞在中のエレンちゃんのご家族に会うため、私も綺麗めワンピースに着替え、モカはスカーフ首輪を付けた。
シロ君とエレンちゃんには、お遊戯会用の衣装一式をプレゼント。ヘアアレンジをしてあげると文句のつけようがない美少年と美少女の完成だ。ちなみにシロ君は茶髪になっている。本来の色でなくてもこの透き通るような美少年ぶりは隠せなかった。
「いまからボクの転移で奴隷商たちも一緒に連れて行くから絶対にボクかママの側にいること。離れたら責任持たないよ」
モカのその宣言に動揺を見せたのはエレンちゃん。なにせ迷子になっているからね。
◇◇◇◇
到着した先にあったのは、獣人たちの居住区を見下ろす高台に鎮座する大きな館だった。広大な広場を取り囲むように配された塀と、重厚な門は、かなりの幅がある。
「エレンッ!」
「お父様!」
そんな館を眺めていると向こう側からだんだんと小走りになって近づいてくる人たちがいた。その先頭の人に対して、エレンちゃんが走り出す。あれがお父様か、ダンディだな。
ひとしきり再会の喜びを味わった家族が私とモカの前へと跪く。またこれかと少しげんなりする。
「聖獣様と主様。此度は娘を救っていただき、誠にありがとうございます。この御恩は生涯忘れることなく、忠義を尽くすことを誓います」
「エレンお嬢様がこうして再会できたことを私共としても大変嬉しく思います。そのような堅苦しい挨拶はこれ以上は無用です。どうぞ気楽に接してくださいますようお願い申し上げます」
「お心遣いありがとうございます。早速ですが宴会の準備ができております。そちらへご案内させていただいても?」
「え、宴会ですか?」
「はい。娘の無事、犯罪者捕縛の祝いと褒賞についても王家とアニマーリア辺境伯ヴォーン家当主からも説明がございますゆえ」
「王家? 辺境伯家だけでなく?」
「はい。聖獣様が来られるということで急遽こちらへ来られたようです」
「そうでしたか。わかりました、ご案内お願いいたします」
仕方がない。宴会なんて嫌だけど、今日はやらないといけないことがある。
建物全体が獣人の体格に合わせて設計されているため、天井が高く、廊下も広々としている。しばらく廊下を進んでいくと、こちらですと重厚な扉が開かれた。赤い毛氈の先には階段があり、そこに鎮座していたのは、虎とウサギの男女が二人ずつ。黄色と黒の虎柄の耳があり、しなやかな尻尾がある。その虎の横にはウサギ耳の女性がいた。虎とウサギの夫婦なの? いろいろ大丈夫なのか? いや、本人たちがいいならいいんだろうけれど。
毛氈の周りは家臣だろうか。跪いているからよくわからないけれど、みな尻尾や耳が見える。虎が立ったと同時に、先を促されたのは私とモカ、それにシロ君だけだ。
虎の領主さんなのか王様なのかはわからないけれど虎が、すっと私たちの前に跪く。
「聖獣様とその主様。私はアニマーリア王国国王、こちらは王妃にございます。その隣にいるのがこの土地の領主夫妻。此度は我が国最大規模の犯罪集団の撲滅にご協力いただき誠に感謝いたします」
あの犯人たちはアニマーリア王国で幅を利かせていた犯罪集団で、その集団を騎士団はずっと取り逃がしていたのだとか。
「大事な客人の御息女を守れぬなど辺境伯家としては恥にございますが、御息女をこうして届けていただき安堵いたしております。誠に、誠に感謝申し上げます」
「ボクたちは犯人を捕まえただけだから。それまでエレンを守っていたのは、ボクの隣にいる子どもだよ。感謝するならまずはその子にして欲しいものだね」
先ほどから感じる視線は決して良いものばかりではない。物珍しさと、平民であろう人間への見下しが透けて見える。このままだと私たち以外は褒賞がもらえないかもしれない。モカはそれに気付いて敢えてこう言ったのだろう。
「ええ、もちろんでございます。娘から話は聞きました。我らからもそれ相応の対応をさせていただきたく思っております」
虎領主の横にそう言いながら並び立ったのは、ルーベン辺境伯様。
「それが本当なら、まずは教会の最高責任者を目の前に連れてきてくれるかい?」
モカがそう言うと、現れたのは丸い耳と全体的に茶色いというか黒い熊のような獣人だった。見かけは厳ついのに、今は冷や汗をかきながらおどおどしている。あの大神官長様とはえらい違いだな。
「聖獣様、この者がなにか?」
「ボクの隣にいる子どもは、教会の孤児院から売られたんだ。どういうことかよくわかっているのはそちらでは?」
ざわっ
一斉に周りがざわつき出す。
「それともうひとつ。あの土地は神の土地であると同時にボクと主の土地であると各神殿や教会には各々の神から神託が下っているはず。そして、それ以降は立ち入り禁止となっているにもかかわらず、こちらの国から入ろうとしていた。おかしいとは思わないかい?」
ビリッビリッ バキバキッ
宴会場であるホールのシャンデリアが点滅しだした。窓が割れ、重厚な扉が音を立てて大きく揺れ始めた。
聖獣の話が子どもの頃から語られているからだろうか。これが聖獣の怒りだと理解し、泣き叫んだり走り逃げ惑う者はいない。それでも恐怖を感じることには変わりない。悲鳴を懸命に抑え、身を屈める者や少しずつ逃げる準備を始めている者もいる。
「おいっ、どういうことだ!? 人身売買のこともご神託があったことも我は聞いていないぞ!」
「あ、いえ、あ、あ……」
「あだけじゃなにもわからん! くそ! 騎士団長! 教会関係者全員、牢へ入れろ! それからいま逃げようとしている奴らも全員だ!」
王様の声を合図に、王家の騎士団とヴォーン辺境伯領騎士団が一斉になだれ込み、次々に捕らえ運び出していく。
「聖獣様、事実確認は必ずやいたします! どうか、どうかっ、お怒りを鎮めていただけないでしょうか!」
「えー、どうしよっかなぁ」
いつもより巨大なモカは尻尾をバッタンバッタンと打ち付け、その風でまたガラスが割れ飛び散る。
シロ君は私の手をずっと握ったままだけど、震えている様子はない。そのことに安堵するが、少し違和感を覚える。こういうのって普通は怖がるものでは?
「聖獣様のご要望がありましたら全て叶えさせていただきます! ですからっ、まずはお怒りをお鎮めいただきたく!」
「うーん。ママ、どう思う? いまの信じて大丈夫だと思う?」
え、私? 完全にモカの独壇場だったのにびっくりよ。そんな動揺見せないようにしないと。よし、私は女優。
「そうねぇ、教会のことすら把握できてないんじゃどうなのかしらねぇ」
「そうだよねぇ? そうだ、ヴェリタス王国はどうだった? どうやってこの国へ来たの?」
「領地の教会から連絡があり、領地のギルドにも通達しております。同時に国からも伝令が回っております。元よりここへは船でしか入国できませんが、情報共有はできているかと思います」
自分に振られると思っていなかった感じのルーベン辺境伯様だが、落ち着いてしっかりとそう答えられた。
「ほら、ね? これは、君たちの怠慢が起こしたことでもあるんだよ。一見、この城は飾り気がなく、贅沢していないように見えるけど、実際は違うよね? 王妃も領主の妻もドレスに宝石を税金で買い集める浪費家、領主は領民に重税を課し続け、近隣貴族も似たようなもので文句を言うだけで何もせず。不要な魔物討伐に、神の土地入口で無許可伐採をしていた」
王家や貴族、領主たちの話は、庭にいる魔物たちから聞いた話だ。なぜかやたら噂話に詳しいのだ。私たちに全言語理解があって助かった。
その話を聞いた騎士団が王妃たちを逃すまいと徐々に距離を詰めていく。
「それと、とある一族を根絶しようと企んでいるのは誰だったかな?」
モカがそう言うと、誰かが大きく体を揺らした。こっそり逃げようとしているのは誰だろう。それに反応した騎士団が逃げ道を塞いだ。
「兄上……」
呆然と呟いたのは国王。つまり、国王の兄が黒幕ってことか。
「こっこれには訳があるんだ! そこにいる王妃の実家だって関わってる!」
「ちょっと余計なこと言わないでちょうだい!」
王妃と王兄、それからその一族だろう者たちがお互いを罵り合いだした。どうやら王家の中でもなにも知らなかったのは国王ただ一人のようで。
「それに、そんな証拠どこにあるのよ!? 聖獣様かなんか知らないけど、私たちは贅沢する権利があるの!」
「白銀狼族を根絶やそうとしたのだってその権利だ! 王族は私たちなんだからな!」
バキバキッミシミシッ
会場を支えている柱が徐々に崩れ出す。モカがうまく調整しているのか子どもたちがいるところは無事だ。
とうとう貴族たちが逃げ出した。下敷きになる可能性があるから仕方がないとはいえ、逃げたところで、ここは結界によって退路は完全に封鎖されている。
「人を殺す権利なんて誰にもないわよ!」
私はそう言ってから、にやりとする。
「それに、誰も白銀狼族なんて言ってないけど?」
あっと口元を覆ったのは王兄。王妃から扇子でバシバシっと叩かれている。義理にしてはずいぶんと仲が良いな。
「そうだ、まだあったね。確か、領主とその一族だったかな? 犯罪集団の犯罪を隠蔽する見返りに金銭を要求しているのは」
モカが尻尾をバタンッと振ると、入口の扉が吹っ飛んだ。それを見たモカは「まあいいか」と話を続けた。
ヴォーン家領主夫妻とその一族たちは、奴隷制度を利用して高くなりそうな者は他国へと売るのを見て見ぬふりで素通りさせていたことがわかっている。
奴隷商たちの証言をもとに、潜入捜査をお願いしていた庭の魔物から昨晩、証拠書類を貰っているから間違いない。
証拠を手に掲げると、一族は両膝をついた。それに対して激怒しているのはルーベン辺境伯と一部のなにも知らなかった貴族たち。
その喧騒のなかで呆然と立ち尽くしているのは国王ただ一人。
「フフ、叶えてもらえることがたっくさん、ありそうだね?」
そう言ったモカの顔は過去一楽しそうだった。




