67話 保護①
大きくなったモカが、私も含めて三人を背に乗せ自宅まで連れ帰ってくれた。
その自宅を見て、二人とも固まってしまった。女の子はお嬢様で豪邸には慣れているだろうけど、こちらの建物とは建造物として別物だから驚いたのだろう。庭はさすがに見せないが、家の中を見たらもっと驚くかもしれない。
先にお風呂のほうが聖水効果で疲れも取れるだろうと思い、風呂を案内するときにふと気づく。
「2人とも、お名前聞いてもいいかな?」
「わたしは、ヴェリタス王国ルーベン辺境伯の次女のエレン・ルーベンと申します。年は10。助けていただき誠に感謝申し上げます」
「えっ」
「え?」
「いや、もっと子供らしく軽い感じで来るかと思ってたから。そっか、辺境伯様のお子様ならそうよねって、私のこの言葉遣いもアウトね」
「いえっ、そのままでお願いします!」
「そう? それならあなたも敬語抜きで私には気楽に接してね」
こんなしっかりした子が十歳! 日本だと小学四年生ぐらいだろうか。野山を駆け回る年齢ではないのか。私が見たことのあるどの貴族令嬢よりもきちんとしているお嬢様だ。ぜひともこのまますれずに育ってほしいものだわ。
「君は? お名前教えてくれる?」
「なまえ……」
「あの、よろしいでしょうか」
「うん?」
「こちらの男の子は、名前がないそうなんです。孤児院にいたそうで、そこでは一応シロと呼ばれていたとのことでしたから、わたしもシロと呼んでいました」
「なるほど。じゃあ、落ち着くまでは私もそう呼ばせてもらうね?」
こくんと小さく頷く彼を見て、小さな疑問が湧く。名前がない。私が訪れたことのある孤児院の子どもたちは一人ずつ名前があった。これは相当な訳ありだろう。それに、シロということは、やはり白銀狼族なだけあって真っ白なのだろうか。モカもじっと彼のことを見ていた。
「とりあえず先にお風呂入ろうか。これまでの疲れも癒えると思うの。先にエレンちゃん、エレンお嬢様から入ってもらおうかな」
「ぜひそのままエレンとお呼びください! あなた方はわたしたちの命の恩人ですから。両親にも必ずそうお伝えいたします」
「ご両親には別に良いんだけど、それならさっきも言ったとおり私には子どもらしく接してね? じゃないとまた逆戻りよ」
「わかりま、ううん、わかった」
「うん、それでお願いね。それじゃ2人にはお風呂の説明するけど、わからなければ呼んでくれたらいいからね」
エレンちゃんはなにせお嬢様。もちろん一人でお風呂に入ったこともない。シロ君はシロ君で孤児院だから立派なお風呂なんてなかったみたいで、説明に一苦労した。でも二人ともどこか楽しそうだ。
二人には着替えやいつもの諸々を出し、私はモカとシロ君を連れてリビングへと戻った。不思議そうに周囲をきょろきょろと見まわす姿が微笑ましい。
「シロ君、先にこれ飲んでくれる? 大丈夫、怪しいものじゃないからね」
そう言うと余計に怪しく聞こえるが、ただの聖水だ。ポーションを飲ませようかとも考えたが、子どもの体にはよくないかもしれない。
一口飲んだあと、そのまま一気に飲み干し、テーブルにコップを置いた際にコトンと音が鳴る。
「ご、ごめんなさい……」
「ん?」
「音立ててしまいました……」
いまにも泣き出しそうな声にモカと顔を見合わせた。音を立てるだけでひどく怒られることが日常的にあったのだろう。
「大丈夫。怒らないよ。それで怒られてたら私なんてしょっちゅうモカに怒られてるもの」
「それは言えてるね」
「……あの、僕、どこかに売られる?」
その優しさには裏があると思ってしまったのだろうか。異世界に来てから一番の衝撃質問かもしれない。彼に目線を合わせて、嘘偽りがないことが伝わるよう断言した。
「それだけは絶対にないから安心して。ここはどこよりも安心よ」
「そうだよ。それは聖獣であるボクが保証する」
「聖獣様……本で読んだことある」
「そっか、本が読めるなんて賢いのね。あのね、2人が一緒にいた理由を聞いてもいい? 嫌ならもちろん答えなくて大丈夫よ」
本が読めるということは文字が読めるのだろう。だけど、バナード王国の孤児院はきちんと文字を教えていたから読めたけれど、多くの平民は文字が読めないと聞いていた。なんだろう、この子のちぐはぐ感は。
「僕は孤児院にいたけど、その前の記憶ない。髪が元は白いからシロって呼ばれてたけど、名前じゃない」
やはり白いのか。ではなぜ、クリーン魔法で落ちなかったのか。聖水で洗って浸かればとれたりしないだろうか。聖水はなんでもかんでも落とすことは私も身をもって経験しているから十分あり得る。
なにより、記憶がないというのが気になる。モカと頷き合ったあと質問を続けた。
「そっか。孤児院にいたのにどうして捕まえられたのか話せる?」
「僕、魔力が多い。だから、高く売れるって」
「……これまでにも何人もそうしていなくなった?」
こくんと頷くのを見て心底怒りが湧いてきた。絶対に許さない。あの奴隷商たちは徹底的に暴いてやる。
『いま、庭の魔物たちにも隣国の情報を探らせるよう指示したからね!』
『さすがモカ! 頼りになるわ』
「エレンって子は獣人国に来ていて家族とはぐれたって話してた」
「そう。女の子をずっと守っていたでしょう? すごいなって思っていたのよ。そうだ、ほかに一緒にいた人たちはいなかったの? 2人だけ?」
「ううん。途中でみんないなくなった。最後が僕ひとり。その後にあの子が来た」
「そっか。ごめんね、いろいろ聞いてしまって」
「ううん」
「そうだ、君の年齢はわかる?」
「シスターが、10歳だって」
嘘でしょ!? もっと下だと思ってたわ。エレンちゃんよりも体は小さいし、細い。孤児院の劣悪な環境と今回の人身売買の影響だろうか。ますます許せないな。きっちりと落とし前はつけてもらおう。
無理矢理、思い出させるのもよくないんだけれど、一応記憶についても聞いてみよう。
「さっき記憶がないって言っていたけれど、どうして名前じゃないってわかるの?」
「シスターがそう言ってた。名前も覚えていないからって。僕は8歳のときに孤児院に連れてこられたんだって。両親は事故で死んで孤児だからって。それからは孤児院でほかのみんなと一緒にいたよ。一緒にいた人たちは良い人だったけど、みんないなくなった」
一気に話し出した彼の目からは涙が溢れだした。
「ごめん! 嫌なこと思い出させたよね! ごめんね!」
首を振る彼を抱きしめると、ぎゅうと背中が掴まれ、彼の涙がとめどなく溢れてきた。
「ごめんねごめん」と背中をさすっていると掴む力がさらにきつくなり、少しでも離れるのが嫌であるかのようだった。
それにしても、字が読めることを考えるとそれまではきちんとした生活をしていた可能性がある。聞いている限り、文字を覚えたのは孤児院ではなさそうな気がするから、本当のご家族に教えてもらったのだろうか。孤児院へ入ってからの環境が劣悪すぎて、成長できなかったのだろう。
「お風呂、ものすっごく気持ちよかった! シロ君も早く入ったほうがいいよ!」
そんなことになっているとは思ってもいなかったであろうエレンちゃんが明るくリビングへと入ってきた。私たちの状況を見て気まずそうなエレンちゃんを、聖水を飲んでもらうためにモカがキッチンへと案内する。
「シロ君、お風呂入れる?」
私の腕のなかのまま、こくんと頷く彼を思い切って抱き上げた。その軽さに驚く。弟妹たちの10歳の頃はもっと重かったと思う。
「よし、じゃあさっき説明した通りお風呂に入って、出たらこっちにまた戻ってきてね?」
「……うん」
「3人で待ってるからね?」
「うん」
ようやく安心したのか私にしがみつく力が弱まり、彼をお風呂場へと連れていくことができた。お風呂から出てきて真っ白になっていたらそれはそれで驚くことになりそうだ。




