65話 気配
「……もう、もうっ、だめ!」
ばたんと、なんとかたどり着いた玄関でそのまま倒れる。
「ママ、体力なさすぎじゃない?」
モカが私を背に乗せてリビングまで運んでくれる。これも毎日のことで、すっかり慣れてしまった。たぶんここへ来て一か月。毎日が必死過ぎてもう日にちなんてわからない。
「体力よりも、なにあの虫! なんなのあの大きさ! 足! 思い出したくもないっ!」
さすが異世界の森の中。初めて見た魔物には、相手の魔物に驚かれるぐらい絶叫した。大きさや形、色がおかしな虫たちに発狂しながらもなんとか浄化活動を連日行っている。
森の最北にあった瘴気の沼の大元を浄化したため、沼が増えることはもうない。その沼が原因で、この土地の北部を水源とする二本の川は、新しく住居とした南側の自宅近くまで黒く穢れていた。
川が穢れたままだと大きな問題になるから、禍々しいオーラを纏った沼から川に沿って浄化していった。まだところどころ沼が点在しているが、結界のおかげでなんとかなっている。それに、私には瘴気より虫のほうがよほどの大敵だった。
私が特製蜂蜜入りレモン聖水を飲んでいると、モカは心配そうに私を見ていた。
「やっぱりボクだけで行こうか?」
「ダメよ。私のスキルはこのためなんだから。毎日うるさくて迷惑もかけてるけど、この土地のことは自分も力になりたい」
そんな浄化活動を続けるなか、モカにもたくさんの仲間ができた。モカの仲間がやってきたのは、ここへ来た翌日のこと。玄関を開けて外へ出ようとしてすぐ閉じた。だってなんか見たことない生き物がたくさんいたんだもの!
そしたらそのなかのモカと同じ狼のような子が、聖獣を歓迎しに来たと話しかけてきたのだ。あの時の顔は過去一間抜けだったろうから誰にも見られていなくてよかった。
狼以外にも馬や狐、兎や鳥など、どれも日本の動物とは違う姿をした様々な種族が集まっていた。温厚だけどとても強かったり、草食で戦うのが嫌いな子、植物が好きな子や人懐っこい子などがいて、聖獣であるモカのことをずっと待っていたのだとか。
その魔物たちのなかで、戦うのが得意な子たちが自分たちがお供したいと言いだした。モカがいま言っているのはその子たちのことだろう。
玄関先にきた魔物たちは、なぜかみんな庭に入れる。一匹、いや、一体? なんて数えたら良いのかわからないけれど、それぞれが大きいため庭はぎゅうぎゅうだ。仕方ないから、タブレットで庭拡張したわよ。そしたら、また畑の範囲が自動で広がり、見たことないものが増えた。魔物たちはもとからいる庭の精霊ともうまくやれているようで安心した。
そんな楽しそうな姿を見ていると出て行けとも言えず、毎日一緒に過ごしている。さすがに私も慣れて、いまではもふもふを堪能することさえある。
「本人たちが良いなら虫系に強い子がいてくれると助かる」
「それなら明日からそうするね。今日はもうご飯だね!」
よく歌ってるモカ自作のご飯の歌を歌いながらダイニングへとぴょこぴょこと歩いていく。この土地へ来てからというもの、モカは能力を全開にできるせいかとても元気だ。前に一度見た、見上げるようなサイズで過ごすことも多く、食べる量も半端ない。
ここでは狩りもしているようだけれど、獲物を私に見せられてもどうすることもできない。狩りを褒めたら、獲物は仲間にあげて、自分は私のご飯を食べている。ちなみに魔物たちも私のご飯を気に入ってくれている。量がすごいからお手伝いさんが欲しい。給食のおばさんとか凄かったんだなと改めて感謝した。
それから、南側の海へと降りられるこの平地を見つけたとき、ここを私たちの住処とすることにした。
ここなら庭とはもう言えない大きな庭も広げられる。木々にも囲まれており、広大な土地を先に自宅として確保しておけば周りから見えることもない。
私が敷地を広く取ることは、後々ここに住む人たちにとって問題にならないのかと創造神様に確認したら、むしろそうしたほうが良いと言われたため、結構な広さがある。南側の海を見ようと思ったら敷地内なのに歩いて20分もかかったわ。
魔物たちも屋根のあるところのほうが良いらしく、晴れている日はテントとタープの下で過ごしている。雨はたまにしか降らないけれど、風が強いときなんかは体育館のようなプレハブを出してあげている。そのうえ、食事ありのときもあるんだから至れり尽くせりじゃない?
そのお礼なのか、手先が器用な子は庭の花を使って精霊たちと一緒に可愛いブーケを作ってくれたり、庭の手入れをしてくれている。蜂のような魔物は、とても甘く琥珀色が美しく栄養満点の蜂蜜を持ってきてくれる。要は持ちつ持たれつの関係性ができてきていた。
◇◇◇◇
今日も浄化を終えての帰り道、モカが急に立ち止まった。
『ここからは念話でね。まだ離れてはいるけど、近づいてきている』
『それって、最近ずっと地図に出てるあれ?』
タブレットの地図を確認すると、アニマーリア王国側で点滅している複数の赤や黄色の印がある。
自分やモカは星形、紫は魔物で、黄色は人間、赤は人間で敵意のある者。つまりは私たちにとっての敵がいるということだ。
『もし冒険者とかで探索持ちがいたら面倒だから、念話で会話を続けるね』
『でもこの土地を抜けた人っていないんでしょ? どこへ行こうとしてるんだろ』
『ひとつだけ方法があるんだよ。徒歩で南下して海に出て船を使うんだ。そうすれば他国へ行ける。今回のもきっとそうだと思う』
『つまり、他から見つからないように山々に隠れながら南下してるわけね? 海の魔物はすごく強いって聞いたけど、そうまでしても行きたいなんてどこかへ逃げたい人たちか、犯罪集団よね。この点滅を見ていると敵と人間が一緒にいるみたいだから、一度確認したいかも』
『助ける?』
『う~ん、その必要があればって感じかな。モカのことを見て逃げるような人たちなら助けない』
そりゃ助けられる人がいたら助けるべきだろうけど、誰でも助けたいわけじゃない。助けたことによって勘違いする人もいるかもしれないし、実は重罪を犯している人間かもしれない。そのために鑑定をモカが使い、私はスマホをこっそり向けている。
いまのところ、人間と出会ってはいないけれど、これだけは決めている。
モカに攻撃するような人は助けない。
さて、黄色の人たちはどっちかな。




