64話 決意
「ここはアニマーリア王国の辺境伯領側の瘴気の土地だよ」
ここがどこか分かるのか確認したところ、例の瘴気の土地だったようだ。全くそんな感じはしない。だってただの森にしか見えないし、なにも感じない。時々なにかの咆哮は聞こえるけれども。
「ボクたちは結界があるからね。でも思っていたより遠くに飛ばされているね」
「他国とあまり関わりがない獣人国だっけ」
アナから教わったことを思い出す。アニマーリア王国は、獣人が八割の国で人間は少数。少ないからといって狙われたりはしないが、権力的には弱い。それに、辺境伯家があまり評判がよくないらしく、領地を離れたがる者も増えてきているのだと教えてくれた。
「うん。でも今日はもう遅いからこのままここで過ごして、明日から探検しようと思う」
「まさかの野宿……」
そんな経験がないと嘆く私を、モカはなに言ってるんだと言いたげな顔で見てくる。
「ママ……まさか家のこと忘れたの?」
「覚えてるわよ。でも収納もせずになにも持たずにパーティーに出席していたのよ?」
「ママがあの国を出た時点で全てママの元へ戻っているよ。つまり、ママのスキルで呼び出せる」
「えっ!」
「ここなら家も出せそうだし、とにかく、今日はもう疲れたから早くご飯食べて寝よう!」
「……そうね。パーティーじゃろくに食べられなかったものね。よし、家を呼び出しますか!」
自宅召喚と心のなかで呟けば、ぼふんっと庭付きで自宅が現れた。
「マジか」
「あ。やっぱり精霊もきてる」
「あの国の子たちじゃないの?」
半信半疑だった自宅召喚が本当にできたことに呆気にとられる。そのうえ、モカの精霊引っ越し発言。他国に行って縄張り争いみたいなのがないのか心配になる。
「問題ないと思うよ。そもそもここへママを連れてきたのも精霊だもん」
「たしかに? じゃあ家に帰って今後の予定たてようね」
そう言って玄関先へと向かおうとすると、モカは立ち止まったままじーっと私を見あげている。
「どうしたの?」
「あの国に、ディルクのところに戻りたいって言わないんだなと思って」
「そうね……ここが異世界転移先の本来の目的地でなければ、戻りたいって思ってたかもしれない。でも、ここで浄化をやり遂げて自分に少しでも自信がついたら、本当の名前と一緒に告白してみる。その時に彼がどう思っているかはわからないけど……なによりまずは謝りたい」
「わかった。じゃあ、ボクはママの応援するからね!」
「ふふ、モカの応援があれば百人力ね」
自宅でくつろいだ後、モカは創造神様のところへ行くからと、先に寝るよう言い残した。私一人には広いベッドに寝転び、今朝まであった温もりを思い出す。
私を抱きしめる筋肉質な体、寝相の悪い私を閉じ込めようと絡め取る長い手足、見上げれば優しく見つめてくれる綺麗な瞳。愛してると何度も言ってキスしてくれる形の良い唇。
あんなに大切にされていたのに、それでも消えたいと思ってしまったのは、結局、自分に自信が持てなかったせいだ。だから泣く権利なんてないはずなのに、涙は止まらなかった。
涙を拭い、顔を洗いに洗面台へと向かう。目を真っ赤にした自分を鼓舞するように、ぱちんと両頬を挟む。泣くのは後よ、永遠。
彼に会えるのはいつになるかわからないけど、次に会うときは堂々と隣に並び立てるように自信をつけよう。大好きだって伝えて、出来ればやり直してもらって、それから、本当の名前を呼んでもらいたい。
そのためにはここでの生活を考える必要がある。ここは今までとは違って命の危機だってあるかもしれない。まずは、モカと一緒にこの土地の浄化巡りをして、何があるかを把握する。その後にこの土地を発展させる。そのためのチートスキルなんだから。
◇◇◇◇
「いらっしゃい、モカ」
「こんばんは、ウィスティアード様」
モカはトワと離れ、創造神の空間へとやってきた。実は結構な頻度で訪れている。
「創造神様がこの土地へ飛ばしたんでしょ?」
トワの説明からすると、きっとそのまま日本へと帰っていたはず。それなのに今こうして問題の土地にいるのは、創造神が介入したからに違いない。
「だってあのまま日本に帰っても仕方ないでしょう? 彼女には魔王対策してもらわないといけないのに、あんなに幸せそうでも全然自信つかないし、そんなときにこんなこと起こすし」
「それはたしかにそうだけど、目の前で消えるのを見たディルクのほうが魔王化進むと思うけど?」
「まさか誓晶石を発動させて、精霊王がどこかへ飛ばそうとするなんて夢にも思っていなかったんだよ。慌てて介入してここへ飛ばした私を褒めてほしいぐらいだね」
モカはそれを聞いて、やはりあの石が原因だったのかと納得する。精霊王が絡んでいるのは分かっていた。それでもこれはやりすぎだと思う。
「ママのことも心配だけど、ボクはディルクのほうが心配だよ」
「モカは会いに行ってもいいんじゃない? 転移できるんだから」
「頑張ろうとしているママへの裏切りみたいになってしまうからしないよ。それにここにはこないといけなかったのも本当だし」
「そうなんだけどね。ただ、どこにいるかは言わなくて良いから元気だとは言ってあげてほしいかな」
「それだとボクが絡まれない?」
「まあその可能性はあるけれど、このままじゃ犯人たちを暗殺しそうな雰囲気だよ、彼」
「はぁ、仕方ない。近々行くよ」
創造神は「よろしくね」と軽く返事をしたあと、どこか楽しそうな笑みを浮かべる。
「ここではモカにとっても大事な出会いがあるって前に話したでしょう? ディルクにも大事だからね」
「ママに危害を加える者じゃなければいいけど、そうじゃないならどうなっても文句言わないでね?」
「モカは、ハルカちゃんといるときとは全く違うよねぇ。ここにいるときは聖獣だね」
モカはそれに目を細め、少し呆れた。
「ママの前でそうある必要はないでしょ? でもこの土地ではそうも言っていられないからね。ママに嫌われないようにしないと」
「君たちがここへ来た今、各国の神殿にほかの神々からもこの土地への立ち入り禁止令が下される。それと同時に神の土地であることをもう一度知らされる予定だ」
「つまり、いまこの土地の近くにいる者たちは不審者の可能性が高いってことだね」
「気付いていたんだね。うん、どうするかは任せるよ」
「人使い荒いよね、神様は」
「これもより良い未来のためだよ」
ウインクする創造神に対して、モカは小さく息をつく。
「あ、この土地にも神殿を建ててね。そうすればハルカちゃんも私と会えるから」
「ママ、会いたいのかなぁ」
「ええっ、ひどくない? 神様のなかでも偉いよ?」
「神様の無茶振りだからねぇ、ここは」
「まあまあそう言わずにさ!」
「仕方ないからママに言ってあげる。じゃ、ボクはもう戻るからね」
「ああ、またいつでもおいで」
創造神はモカに手を振り、消えた先を見つめる。
「……ハルカちゃんとモカ、それにあの子はうまくいくだろうけど。魔王候補は大丈夫かなぁ……あの国の神にも注意深く見るよう伝えておこう」




