60話 打上げパーティ
夕方、滞りなく一般公開が終わり、今回も大盛況だったと連絡があった。ディルクが数年ぶりに護衛として参加していたことで多少の騒ぎはあったらしいけど、大きな問題にはならなかったみたい。
その連絡がきてからが怒涛だった。アナに磨きまくられ、お化粧とヘアメイクもしてもらい、ディルクからもらったドレスを着る。
採寸していないのになぜサイズぴったりなのか聞いたら、モカが詳細鑑定でばらしていた。それはそれでかなり恥ずかしい。いっそ採寸のほうが良かったと思うぐらいには。でもそのおかげでお直しすることもなく、自分で言うのもなんだが、よく似合っていると思う。
「ママ、すごく綺麗だね!」
「モカのその制服と同じ色の蝶ネクタイも良く似合っているわよ」
カシャカシャッと撮影する手が止まらない。ディルクがモカにくれた蝶ネクタイは、第二騎士団の色と同じ黒地にシルバーのツタ模様が入ったものだ。アナ曰く、紫色にするかディルクは悩んでいたらしいが、第二騎士団がお世話になっているからとこの色になったのだとか。あれから時々ほかの団員さんたちも散歩に混ざるようになったからモカを可愛がってくれる人も多くなったからね。
コンコンコンッ
ドアのノックに反応し、アナが開けてくれる。今日は自室で着替えてからくると言っていたディルクだろう。
開けられたドアの前に立つディルクに言葉をなくす。
綺麗なのは知っていたけれど、めっちゃくちゃかっこいいんだけど!?
普段の制服より装飾が華やかで、赤いマントが片側についている。いつもはおりている前髪の片方が耳にかけられ、麗しい顔立ちがよりはっきりと見えるようになっていた。
「ちょっと2人とも。いつまで呆けてるの」
モカから冷静なツッコミが入らなければ、まだ見惚れていたことだろう。それに対して慌てるように部屋に入ってきた彼が私の手をとり、そこに口付けを落とす。
「トワ、よく似合っている。とても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます……」
「ふ、なんで敬語なんだ」
「だって! 無理! こんなかっこいいなんて聞いてないもん!」
手の甲にキスなんて王子様みたいなことするし、ときめきすぎて心臓が痛い。
「初めてかっこいいと言われたな」
「え、そうだっけ?」
「綺麗としか言われたことがない」
「よくそんなことまで覚えてるわね。今日のあなたはかっこよすぎてどうしようって感じよ」
「それはあなたも同じだと思うが? 正直、こんなに綺麗だと大勢に見せたくない」
「あなたの横にいれば霞むからその点は心配無用よ」
「あなたはまるで自分のことをわかっていないな。おや、モカ様も大変よくお似合いですね」
モカの蝶ネクタイを見て顔をゆるめる。そうなの、よく似合ってるのよ。
「そうでしょう!」
「なんでママが威張るの」
「ママの大事な子だからよ! アナが丁寧にブラッシングもしてくれたし、私のお化粧とかもしてくれたのよ」
「そうなのか。ベーベル嬢、感謝する」
「っ! いえっ、勿体ないお言葉です」
アナの動揺っぷりがすごい。アナはディルクが苦手なのかと聞きたいぐらい声をかけられただけで動揺する。
「待って、写真写真! タイマーならいけるかな。ちょっとこの高さに合わせて並んでスマホ見ておいてねっ」
今日のこの日を撮り逃したら、絶対後悔する! 撮れた写真に満足して、モカの見えない空間に片付けておいてもらう。
「そろそろ行こうか。お手をどうぞ、俺だけのレディ」
声にならない声を出すと、彼が笑い声をあげる。それを初めてみたアナは大きな目が零れ落ちそうなほど驚いていた。
会場に入り、アナのあの顔を思い出し笑いしていると、こめかみに唇が触れる。
「俺が横にいるの忘れていないか?」
「ちょっと思い出したことがあっただけよ。あ、今日のロキ君とロク君もかっこいいわね。いつもは可愛い系なのに」
こちらに近づいてくるロキ君とロク君が目に入った。
「わっ、トワさんめっちゃ綺麗ですね! モカ様もよくお似合いですよ!」
「団長、トワさんのこと好きすぎません?」
「そうだが?」
二人はマントこそ付いていないものの、ボタンや刺繍がいつもより広範囲に入っている煌びやかな制服を着用している。柔らかそうな髪は後ろに流され、凛々しく見える。
ああっ、なんでここでカメラが使えないのかっ!
待って、今日ってもしかして……ゲイル団長さんもいるのでは!? 賄い長は……さすがにいないか、残念!
「トワ」
そんな邪な考えが筒抜けだったのか、隣からは絶対零度の声が聞こえる。なんなら前にいるモカもしらーっとした目で私を見ている。
だって、仕方なくない? せっかく推しがいるんだからこっそりちらっとぐらい見たいと思うでしょ。
「これ以上よそ見するなら、あとで後悔することになるのはトワだぞ?」
「よそ見しません!」
それだけは避けなければと人間の本能が働いた。食い気味で答えてたわ。それはそれで気に食わないのか眉間にシワ寄せて見下ろしてくるけれど。
「ねぇ、ママ。あのお肉、食べてもいい?」
モカが言う方向を見れば、あれはなんのお肉だろう? 骨付き肉がずらっと並べられているテーブルが見えた。
「もうすぐ陛下の挨拶があります。その後でしたら問題ありませんよ」
「えー、早くしてくれないかな」
ディルクの回答にモカの不服そうな声が聞こえたのか、開始の合図が響き渡った。
少し離れた壇上をみれば、両陛下の斜め後ろにリオレス殿下の姿が見えた。ここからははっきりと見えないけれど、殿下は髪をふんわりと後ろに流していて、マントを付けているようだ。近くで見たいような見たくないような。目が潰れないかな……。
「ママ、ボクたち呼ばれてるよ」
「えっ」
余計なことを考えていたせいか全く挨拶の言葉が耳に入ってなかった。ヤバい。
「トワ、ここからは俺は一緒に行けない。モカ様に任せてれば大丈夫だから」
こういう時の私への信頼のなさがすごい。そっと背中を押され、モカと一緒に両陛下の前に並び立つ。
「聖獣モカ様ならびにその主であるトワ嬢。愚弟と副神官長がしでかしたことについてまずは正式に謝罪する」
王様がそう言うと、ザッと音がした。そっと視線を周りに向ければ、騎士団全員が片膝をつき、貴族たちは頭を垂れていた。
私の内心はただひとつ。マージーでやーめーてー!だ。
「それから、私と妻である王妃の命の救済。それは同時に多くの国民の命を救うことにも繋がった。誠に感謝する」
『モカっ、こういうときはどうすればいいの!?』
『黙ってたら勝手に終わってくれるよ』
『全然そんな感じないけれど?』
「褒賞も不要というお二人には、せめて我々王家が後見として就くことを許可いただきたい」
いや、褒賞言ったし! 後見なんていらないんだけど! 面倒事であふれる予感しかない!
『これ、断ったらまずいやつよね?』
『断る人もいないだろうねぇ』
『くっそ、やられた!』
『これは創造神様からのお告げの明確な違反だ。あとでお灸据えておくから殿下の顔もあるし、いまは受けておいて』
『モカ様ぁ!』
殿下は私たちがこういったことを望んでいないのは知っていた。それなのにこんなことが起こったということは知らなかったのだろうか。その殿下をちらと見れば、首を軽く横に振られた。つまりは両陛下の独断か。でもここで殿下の面子を保つためにも受けるしか選択肢がない。モカを信じよう。
「……私にはもったいないお話ですが、謹んでお受けいたします」
瞬間、会場から一斉に拍手が起こった。なんて茶番。
せっかくの楽しかった気分が台無しだわ。早くディルクのもとに戻りたい。
「皆も、我らと同じように彼女たちを温かく迎え入れてやってくれ。開宴だ!」
わっと沸く周りを放置して、私はモカを連れて即座に踵を返した。
「トワ」
世界一安心する腕の中。なぜか泣きたくなる。周りからすればめでたいことのはずなのに、私からすれば全くそうは思えなかった。
「もう帰るか?」
「ふふ、いま始まったところよ?」
「どうだっていい。あなたのほうが大事だ」
周りが私たちに近付こうとしているのが見える。でもいつの間にか囲ってくれていたロキ君とロク君とモカが協力して牽制してくれていた。とんだ茶番に付き合わされて沈んだ心を温めてくれる恋人と仲間がいることが救いだった。
「トワ嬢」
「……リオレス殿下」
ふわりとオールバックにしてまるで宝石のようなエメラルド色の瞳がよく見えるキラキラした殿下を見られたのに、さっきみたいなテンションにはならなかった。
「殿下、これはどういうことですか。こんなことならトワたちをここへはなんとしてでも連れてこなかった」
「私も知らなかったんだ。それで済む話だとは思ってはいないが、お2人には両陛下が申し訳ないことをした。望んでもいないことを受け入れさせてしまった」
殿下は私が自立を望んでいるのをよくわかってくれている。それなのに後見人として王家が付けば、かなりの制約が付く。あとでモカがなんとかしてはくれるのだろうけれど、貴族たちには理解できないだろう。なんならもっともっとといろんなことを期待をし、自分たちにも恩恵をと望んでしまう可能性のほうが高い。
遠回しに両陛下は、私とモカをこの国に縛り付けたのだ。
「殿下が悪くないことはわかっています。ですが、正直戸惑いがあるのも事実です。いますぐこの場を去るようなことはいたしませんが、早めに出ることは許していただけるでしょうか」
「ああ、もちろんだ。ディルクも連れていくといい」
「ありがとうございます」
ロキ君とロク君にはお礼を言い、モカにも行こうと声をかける。さっき見えたバルコニーが風にも当たれて良いかもしれない。
「あ、でもモカはお肉食べないとね」
「食べたいけれど、ボクだってママのほうが大事だよ」
「みんなのおかげで少しはマシになったから大丈夫よ。ディルクもそんなに怖い顔しないで」
先ほどからディルクは冷たいオーラしか出ていないし、視線は鋭く、誰もが近付くのを躊躇っていた。
「ディルク」
そんななか、彼の名前を呼ぶ声に思わず私まで振り返った。
次話、第一章の最終話です!




