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聖獣と自宅、異世界に着地  作者: 冬実 なぎさ
転移した先での出会い

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58話 夢幻花③

 


「ん…………。モカ? ディルク?」


 こちらをのぞき込む二人に驚きながら、体を起こそうとする。体に力が入らず少しふらつくと即座にディルクが支えてくれる。お礼を言う彼と目が合うと、少し怒っているように見えた。


「体に違和感は?」

「ううん、もう大丈夫。聖水飲んだらすぐ平気になるよ」

「ママ、精霊王に会ったことは覚えてる?」

「覚えてるよ、儚げな美人だった。というかモカ、精霊王様から心労を心配して精霊のことを言わなかったんだろうって聞いたけれど、ママはそこまで弱くないよ。むしろ謎が解けてすっきりしたわよ」

「でもママは心配事ばかりでしょ」

「モカがママのことを心配してくれるのは嬉しいけれど、これからまた不思議なことが起こればママにも相談してね? モカみたいに役立つことは少ないけれど、ママだってモカが心配なんだからね」


 モカをぎゅっと抱き寄せると顔をべろべろと舐めてくる。私もそれに負けじと鼻先やおでこにちゅっちゅしていると視線を感じた。そちらに顔を向ければ眉間に深く皺が寄せられていた。


「ディルクにも心配かけてごめんなさい」

「事情は聞いたよ。だけど、あなたは俺に心配をかける趣味でもあるのか?」

「いえ、滅相もございません……」

「悪いと思ってるなら、一緒に夢幻花を飲んでくれるよな?」


 一瞬、なにを言われているのかわからなかった。モカのほうを向くと、モカは「創造神様のところへ行ってくるね!」と早々に逃げてしまった。真横に座ったディルクが私の肩を抱き寄せ、こめかみに唇を落としたのを感じる。


「家に誰もいなかったとき、モカ様もそうだが俺がどれだけ心配したと思う? 今回のことは突発的だったろうから仕方ないと言えば仕方ないのだろうが、それでも心配なことには変わりはないんだ。もっと身辺には気を付けてほしい」

「ごめんなさい」


 珍しく心配より怒りの声色のほうが大きいディルクに少し驚きながらも素直に謝る。顔を上に向けられて唇が軽く重なるが、そのままおでこをつけられて逃げられないようにされる。


「で、そんな心配をかけてばかりの俺に対してお詫びがあってもいいんじゃないか?」

「なにか別の方法にしましょう。街へ行けばきっとなにか良いものがあるはず!」

「そんなところへ行かなくても良いものが庭にあるんだよ。よく知っているだろ?」


 顔や首筋にキスをしてくるわりにその声に甘さはない。まだ怒りが含まれているような気がする。心配して怒らせたのは自分だから黙ってされるがままになっているが、あれは飲んではいけないものだ。そう答えると動きがピタッと止まった。


「あなたはまだ子どものことを気にしているのか」


 そう言われてドキッとした。気にしているのは自分の子どもが欲しいとかではない。彼に実の子を抱かせてあげられないことが来世も続く可能性があるということが嫌なのだ。来世の自分が健康ならそれでいい。だけど、もしそうじゃなかったら?


「何度でも言うけれど、子どもが欲しいと思ったことは一度もない。考えたこともない。たとえ俺が嫡男だったとしても、養子を取れば良いだけだ。俺にはあなたがそばにいるということのほうが遥かに重要なんだよ。なぜそれが伝わらないんだ? あなたを受け入れるといった俺の気持ちは少しも伝わっていない?」

「そうじゃない! ああ言ってくれて本当に嬉しかった! だけどもしあなたが来世は女性嫌いではなくて、普通に子どもも欲しい人で、でも私はやっぱりその来世でも子どもが生めなかったら? それであなたに捨てられたら? 私はどうやって生きていけばいいの。前世で夢幻花を飲んだせいでって今このときを恨むことになるのよ!」


 彼は大きく息をついたあと、私の手が彼の大きな両手に包まれた。彼のほうを恐る恐る見ると今まで見たことがない穏やかな表情をした彼がいた。


「トワ、俺はあなただけを心の底から愛してる。それは今世だけじゃ正直足りない。来世もその先もずっと永遠に続く。あなたを捨てるぐらいならほかのもの全て捨てる。あなたはもう少ししたら国を出て俺から離れるだろう。でも俺からあなたを置いて離れることは絶対にない。来世では旅行だって許さない。永遠に俺たちは一緒にいるべきなんだよ」

「……思っていた以上に重い」

「それから、もうひとつ聞きたいことがある」

「え?」

「あなたは俺の魔王化をとめるために俺を好きになったのか?」

「は? まさか!」


 一瞬、なにを問われたのかわからなかった。涙も一瞬で引っ込んだ。そりゃ自分にその重大責務があると知ったときは好きになるべきだと考えたこともある。でもいつの間にか、自然と好きだと思えたのはこの人だからだ。


「え、てかいま魔王化って言った? モカから聞いたの?」

「日頃の魔力に関すること、それから精霊王の話的におかしいと思ったからモカ様に確認したんだよ」

「それならもう言っちゃうけど、その話を聞いたときはもうあなたのことがほぼ好きだったときだからね? 最初はたしかに好きにならないといけないのかとか考えたこともあるし、いろんなことがあって受け入れないための言い訳をいっぱい考えていたときだったの。だけど、あなたを好きになったのはちゃんと私の心が判断したこと。そこにそんな魔王化とか異世界とかは関係ない」

「それなら、一緒に飲んで」

「結局そこに戻るのね」


 がくっと頭を倒してしまったわ。さっき言われたこともそうだけれど、なんでこの人、こんなに私のことが好きなんだろう。重すぎる。間違えればヤンデレになってしまうレベルじゃないの? ヤンデレには詳しくないけれど、監禁はダメだ。


「この誓晶石に誓ったじゃない。それじゃだめなの」

「それとは役割が違う。なぁ、トワ」

「……なに、なんかすごく嫌な予感がするんだけど」

「俺だけを本当に愛してくれてるなら、飲んでくれるよな?」


 結果、目の前には細かくすりつぶされ、聖水を混ぜた夢幻花がある。一輪しかなかったこともあり夢幻花自体の量はかなり少ない。ただ、深紅の茎が血の色のようになり、到底食欲をそそるような色をしていない。

 先に聖水を飲んで体調もすっかり良くなっているはずなのに、体調不良を呼び起こしそうな色と匂いだ。なぜかすりつぶすと急に吐きそうになるほどの濃い薬草の匂いを発しだしたのだ。彼が思い出したように嗅覚遮断の魔法を使ってくれるけれど、なかなか鼻についたあの強烈な匂いは忘れにくいものだった。


「……やっぱり飲むのよさない? これどう見ても人間が飲んで良いものじゃないよ」

「聖水が入っているんだから問題ないだろう。これをお互いが交互に飲めばいいんだったか」


 飲むのを絶対にやめようとしないな。ガラスコップ二つに半分ぐらいずつ入っているのを見て彼が、半分ずつ交互に飲もうと決める。途中でダウンしそうになった場合はどうすれば? ああ、そう、気合い……。騎士団根性を恨みそうになるわ。


「せーの」と二人で口に入れた瞬間、確かに魔法のおかげで匂いはしない。しないけれど、強烈な苦みが口のなかを襲い、二人とも一瞬手がとまる。それでも彼はそのまま続けて最初の半分を一気に飲み干した。なお、私はとまったままだった。

 無言のはずの彼の圧が早くしろと言っているのがわかる。圧か苦みか。ここで飲まないという選択をした場合、私はどうなるだろう。いや、彼のことだから口移しでもなんでもして飲ませてきそうだな。それなら自分で一気にいったほうが羞恥心も少なくてすむ。覚悟を決めて止まっていた腕をあげてなんとか最初の半分を飲みこんだ。


 それを待ってましたと言わんばかりに彼がコップを入れ替えて渡してくる。思わずジト目になったのは仕方ないと思わない? 彼が嬉しそうなのが余計に腹が立つ。こうなれば、来世だろうがその先だろうがもう永遠はいらないってあなたが言うまで一緒にいてやる。もう一度「せーの」の合図で今度はお互い手を止めることなく、一気に飲み干した。


 目が合った瞬間、お互いの視線の間に夢幻花と同じ紅の光が繋がった気がした。

 まばたきをする間もなく消えてしまったそれがなんだったのか彼に確かめようと口を開くと、顔をがしっと掴まれ、口内の残りの夢幻花まで味わい尽くすように貪られ呆然としてしまう。

 私の口端から垂れ落ちそうなものまで舐め取り、ぺろりと舌なめずりした彼の蠱惑的な色気に屈した私は「なっなっ」しか言えず、にやりとした彼にそのままベッドへと運ばれてしまった。



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