56話 夢幻花①
「ママっ、ただいまー!」
ぞろぞろと「おじゃまします」と言いながら、モカの後に四人も続いてこの家で決められている手洗いうがいをしてからリビングへと続く廊下を進む。狩りが大物だったこともあり、冒険者ギルドに捕まって延々と話を聞かれたため予定よりずいぶんと遅くなってしまった。
「ママ?」
「トワ?」
モカとディルクは、出迎えてくれるであろう永遠からの返事すらないことに違和感を覚える。
「トワさんいないんですか? こんな時間に?」
時刻は21時。護衛陣からは絶対外には出るなと言っている時間帯だから外にいることはないはず。
「作業部屋にもおられませんでした」
「それなら、お風呂かなぁ。ボク見てくるから、ディルクは2階見てきて。みんなはお土産置いて待っていて」
モカはバスルームへ向かうが、家へ入ってきてから違和感が拭えない。なにかがおかしい。そう考えていると、ディルクが階段を駆け下りてきた。
「いない!」
「ロキ、ロク。侵入された形跡がないか調べろ」
クィンがテキパキと指示を出し、それに従って二人も行動を開始する。
「2階にはそんな形跡はなかった」
「そもそもここはモカ様の結界があるんだから誰も入れないんだろう? そうなればトワさん自ら出て行った可能性しかなくなる」
「「あれだけ言ったのに?」」
モカとディルクの声が重なった。この二人は永遠に関しては重度の過保護を発揮する。そんな鉄壁の守りのなかに永遠がいないことが不自然でならない。
「侵入されたような形跡は一切ありませんでした!」
「トワさん、マジでどこへ……」
「……庭だ」
ディルクが呟いたと同時に庭へのドアを勢いよく開けた。
「ママの靴がない!」
「ってことは、この庭に? でもだれもいませんよ?」
「……っ、トワっ! どこだ!?」
全員で名前を呼ぶが一切反応がない。魔力すら辿れず、討伐ぐらいでしか大声を出さないディルクの必死の様子を見て全員が焦りを覚えだした。ディルクの魔力の揺らぎが漏れ出しているのだ。このままではマズイとモカも珍しく焦り出す。
その時、なにかがモカの足に当たった。躓きそうになって下を見る。
「え……っ、ママ!」
永遠が草むらのなかで倒れているのを発見した。そこに全員集まるが、永遠の様子がおかしいことに気付く。
「……トワ?」
「……ママ? ねぇっ、ママ!」
「トワさん!」
誰の声にも一切の反応を示さなかったのだ。
「だ、団長。息は……」
「僕が確かめる」
今のディルクには無理だと判断したクィンが、ディルクを少し押しのけて、永遠の脈をとる。
「魔力切れではない。だけど、脈も呼吸もかなり弱い。だからといってここに置いておくのは良くない。ベッドへ運びましょう」
「……少し待って」
「モカ様?」
「ようやくこの違和感がなんなのかわかったよ。うまく隠したね……」
モカのふつふつとした怒りを感じ取った四人はモカから少し距離を取る。
「精霊王! ママを返せっ!」
空に向かって大声で叫んだモカに目を見張る。いま、精霊王と言ったのかと。
「もぉーそんなに怒らなくてもちゃんと返すってぇ」
呑気な声には合わない圧倒的オーラを伴って姿を現した精霊王に四人が一斉に頭を垂れ跪く。
「なんで出てきたんだ!」
「モカが呼ぶからでしょ? でもこれは分身だよ。本体はまだきみの大事なママとお話中だもの」
「ママをさっさと返して。そっちに長くいるのは良くないことぐらいわかっているでしょ。現にママはかなり弱ってる」
「えっ、そうなの。それはダメだね。すぐ戻って返すよ。でもその前にディルクってどの男? 顔上げて」
なぜ自分が呼ばれたかわからないが、跪いたまま顔をあげると目の前に美しい顔があり、後退りしそうになるのをなんとか堪えた。
「ふむふむ、なるほど」
瞳を覗かれて居心地の悪さがあるなかディルクは一言も発さなかった。精霊は気分ひとつで国を滅ぼすことを普通にしでかす存在だと言われている。決して機嫌を損ねてはいけない相手なのだ。
「そこに夢幻花という花がある。それを愛し子と飲めばそなたの願いは叶うやもしれぬ」
「ちょっと余計なことを教えないで」
「そうしたほうが彼の魔力も安定するよ。きっと今代だけでは無理だろう。いまはその石でなんとかなっているが、今後どうなるかはわからないなら安定させる材料は多いほうが良いだろう」
「それはそうだけど、夢幻花なんて絶対ママが嫌がるよ」
「すでに嫌がっていたねぇ」
「ほら!」
「何もいますぐにというわけではない。愛し子が戻れば夢幻花をこのままマジックバッグに入れて置けば良いだけだし。ああ、あとそこにいる者たち。お前たちは決して我が愛子を裏切ることのないように」
その瞬間、肌を突き刺すような圧がかかる。それでも倒れるわけにはいかない全員が「はっ」と返事をした。もとよりそんな気は微塵もない。
その答えに満足したのか、精霊王が踵を返す。
「愛し子を寝所へ。のちに戻るであろう」
「のち、じゃなくてすぐ!」
「こちらとは時間軸が違うからそれはどうしようもないねぇ。じゃぁ、皆もまたねぇ」
精霊王が消えた瞬間、ドサッとロキとロクが庭にそのまま後ろへと倒れた。
「ハッ……きっつ!」
「な、なんで精霊王まで……」
「ハァ……一体トワさんは何者なんだ……」
「ママはこの庭に精霊、ましてや精霊王がいることすら知らないんだ。だからボクも彼が直接関わってくるとは思ってなくて油断してた」
「モカ様のせいではありません。とにかく先にトワを運んでも?」
「ああ、うん。お願い」
ディルクがトワをさっと抱き上げ、ロキがドアを開ける。その姿を後ろから見ていたモカは、精霊王の話を聞いて以来ディルク自身が違和感を覚え始めていることに気付いていた。それでもいまはなにより永遠を優先したことがモカにとっては一番大事なことであった。
「トワさんのこと心配ですけど、俺らがいても邪魔になると思うのでまた明日仕事終わりに寄らせてもらいますね」
「オレは明日はトワさんの護衛担当ですので、朝イチに改めて来ます」
「僕もそろそろ戻らないといけませんので、心配つきませんが……モカ様、申し訳ありませんがディルクのこともよろしくお願いします」




