55話 精霊王
「……どこだここ」
足元は可愛らしい白色やピンク色の小花が彩り、空はどこまでも雲ひとつない青。
「まさかまた転移……? そんなの絶対に怒られる!」
心底呆れた表情のモカと魔王降臨のディルクが目に浮かぶ。やばいやばい、ここがどこなのかはわからないけれど、早く帰らないと!
「おやおや、そんな慌てなくてもちゃんと帰してあげるよ」
「ひゃっ」
道を探そうと振り返ると何かにぼすんと当たってしまう。恐る恐る顔をあげると、そこには儚げな雰囲気に薄緑色のウェーブがかった長い髪を横に流した超絶美人な男性がいた。
「ようやく会えたね、私の愛し子」
「へ、あ、あの、どちら様でしょうか」
「みんなは精霊王と呼ぶねぇ」
創造神様の愛し子、聖獣の愛し子、精霊王の愛し子←NEW!
そんなこと聞いてませんけど!?
「後付けだからねぇ」
「後付け……って、もしかして私、声に出してました?」
「ふふ、ここでは考えてることぐらいわかるよ。私はずっときみに会いたかったんだけど、きみの番犬がうるさくてねぇ」
「番犬ってモカのことでしょうか」
「きみの庭は聖水効果以外にも異変が起きていたでしょ?」
そう言われていろいろ思い出す。鉢植えから抜け出したのかなんなのかわからないけれど、違うところに群生しだした花とか、植えた記憶のないスパイスの実があったりとか。
「あれらはわたしの精霊たちが張り切って起こしていたことなんだよ。きみの庭は居心地良いから」
「日本からそのまま来て、ただの水が聖水になっただけでほかは特になにも変えていないんですが」
「聖水効果は言わずもがな。きみの虫嫌いのおかげで虫が来ないでしょ。うちの精霊たちは虫が嫌いな子が多くてねぇ。でも虫が来ないと成長しないものだってあるでしょ? それの代わりに精霊たちが張り切って世話をした結果でもあるんだよ。あの庭は」
「なるほど……でもなぜそれをモカが話すのを渋っていたのでしょうか。瘴気の土地に行けば教えると言われてはいたのですけど」
「ああ、それはきみの心労を増やしたくなかっただけだよ。ママが困るようなことはするなってみんな言われちゃってねぇ。それを困らなければいいと受け取った精霊たちが美容液とか作り出したんだよ」
「そうだったんですね、実はそれが裏庭の一番の謎だったんです! モカが教えてくれるまで分からないと思っていたので、スッキリしました」
「私がモカに怒られちゃうねぇ。きみと会ったことも含めて」
なるほど。ずっと引っかかっていた謎が、こんなにあっさりと解けてしまうとは。
「私と会うのは禁止されていたのですか?」
「瘴気の土地でなら構わないと言われていたんだけれど、きみはいつも庭の世話をするときお礼を言ったり、綺麗だとか可愛いと言うだろう? それが精霊たちの喜びでもあるから私も我慢できずついお礼を言いたくなってしまったんだよ」
「私は愛し子とか正直よくわかっていませんけど、こうしてお会いできたことは嬉しく思います。あの庭のおかげでここでの生活が充実したものになってもいますし、助けられています。こちらこそいつもありがとうございます」
草花が踊り出したように大きく揺れ、風が靡いた。その風がなぜか喜びを表しているような気がする。
「それが精霊の愛し子にはわかる感覚だよ。実際、彼らはものすごく喜んでいるからこれからも庭はますます成長するよ」
「……庭の広さ足りるかな……」
「ふふ、瘴気の土地に行っても同じだよ。きみたちが浄化を終えれば、我々の活躍時なんだ。楽しみにしておいで」
「一緒に来てくださるんですね」
「もちろんだよ。我々が姿を現すことはそうないけれど、きみに呼ばれればいつでも会いに行くよ。そうだ、庭や瘴気の土地になにか欲しいものはないかい?」
「いえ、いまでも十分いただいていますから」
「えー、せっかくなんだからなにかない?」
庭の恵みは本当に十分だし、他になにかなかったかな。あ、そうだ、あのことを聞こう。
「それなら私が触れた花、夢幻花でしたっけ。あれはスマホ鑑定ではなにもわからなかったんですけど、どういったものなのでしょうか。初めて見ました」
「ああ、あれは百年に一度咲くか咲かないか分からない花と言われていてね。こういう不思議な現象を呼び起こすきっかけになったり、見たい夢を見させたり、触れたものによって起こる現象が様々すぎて世間的には詳細がわからないと言われているんだよ」
「世間的には?」
「世間的にはね。実際は、あれを煎じて聖水に混ぜて、2人で交互に飲めば来世でも結ばれると言われているね」
「来世……」
「きみの恋人にバレたら大変だろうねぇ」
いまの彼なら絶対飲みそう……。うん、来世の自分が同じ病気にかかるかはわからないけれど、彼には自分の子どもを持てる人生を送って欲しいから念のため黙っておこう。
「……それはどうだろうねぇ」
「え?」
「いいや、なんでもないよ。ちなみにものすごく苦くて飲めたもんじゃないと聞いたことがあるよ」
「そうなんですか、あんなに綺麗なのに。でもそっか、百年に一度ならもう見られないんですね」
「普通はね」
「普通」
「そう、普通」
普通じゃないうちの庭はどうなる!?
「楽しみだねぇ。おや、そろそろ時間のようだ」
「えっ、またお会いできますか?」
「さっきも言ったでしょ、いつでも会いに行くよ。それに浄化が終わればますます精霊の活躍時だからね。緑豊かな土地にして欲しいから」
「私もそう考えています。何があるのかさっぱりわからない土地なのでいろいろご協力お願いすると思いますが、その際はよろしくお願いいたします!」
「ふふ、ぜひ任せておくれ」
「ありがとうございます!」
頭を下げたあとにまた風が靡く。その風に目を閉じ、再び開けると、こちらをのぞき込む琥珀色の瞳とタンザナイト色の瞳と目があった。




