6話 これから。
白いお城のような建物は本当に王子様のお住まいだった。たぶん一人では迷子になる。
案内された部屋の重厚な扉の奥は、全体的に落ち着いた色合いだった。真ん中に応接セットがあり、周りは本棚に囲まれている。ところどころに高級そうな花瓶や絵が飾られている。そこには絶対に触れないようにしようと心のなかで誓う。
モカはいまはポメラニアンサイズだ。このモカを見たとき、みんながメロメロになった。わかる、その気持ち。着席したら、さっと高級そうな白磁のティーカップに琥珀色のお茶がサーブされた。本物の執事だ!
「改めて、うちの国の者が申し訳なかった」
そんな呑気な事を考えていると、殿下を筆頭に皆が頭を下げていた。王族って簡単に頭下げたらいけないんじゃなかったっけ!?
「頭をあげてください! 悪いのは殿下ではありません。それを行った者たちです」
「いや、あれらを放置していた我々にも責任はある。異世界召喚は、我が国では禁止されているため、これから捜査して徹底的に処分を下す。その間はどうかここに留まってもらえないだろうか」
モカと顔を見合わせる。本来ならここではなく、行くべき場所があるからだ。
「それはどれくらいかかるの?」
こうやってモカが動くたびに顔が締まらなくなっているのは、ロク君とロキ君だ。
「2か月後に騎士団の大きな行事があるのでそれまではいろいろ立て込んでいるため、できるだけ早くとしか……」
殿下の返答を聞きながら、モカと素早く念話を交わす。
『この言い方だともっとかかる可能性の方が高いわよね?』
『瘴気の土地はなにもないから、ママにはここで世界を知るのもいいかもよ』
『それなら二か月を最大期限にしようか』
モカと念話を交わしている間、殿下はティーカップを静かに傾けて待っていてくれていた。
「できれば早いほうが嬉しいです。最長で2か月ということでいかがでしょうか。こちらも生活基盤を作りたいので」
「働きたいのか?」
「生きていくためにはお金を稼がないといけないでしょう? 幸いなことに家はあるけど、その家を出す土地も必要ですし」
「なるほど。そういったことなら全て私から紹介できるが?」
「庶民がそう簡単に王族と関わるべきではないでしょう」
「モカ様がいるから庶民とは言いづらいな」
「このサイズなら犬で通用しませんか?」
「そのように真っ白な生き物自体がいないな。そこの双子にも確認してみたら良い」
扉側に立つ二人の方を向くと二人とも頷いていた。
「まず、モカ様のような形状の犬はいません。そして、白い生き物は極めて高貴とされています」
「その段階でモカ様は聖獣だと見抜かれます。聖獣は、気に入った人間を主とすることが歴史上ありました。モカ様とトワ様はその類になるかと思います」
「マジか」
「マジですよ。なので、身辺にも気をつける必要があります」
「マジか」
なぜだ、それでさえ異世界という慣れない生活なのに身の安全も考えないといけないなんて!
「大丈夫だよ、ママ! ボクがいるもん!」
「違うのよ、危ないのはモカなのよ……」
「えー、ボクを倒せるのなんて神様ぐらいだよ? ボクにもママにも加護があるから大丈夫!」
「加護というのは?」
食い付いてきたのは、殿下の隣の一人掛けソファにかけている大神官長様だ。
「創造神ウィスティアード様の加護だよ。ママにはそれと、聖獣であるボクの加護があるし、愛し子だよ」
ガタッと大神官長様が立ち上がり、私の前に跪いて両手を握りしめてきた。
「へ!?」
「まさか私が生きている間に愛し子様にお会いできるなんて感無量です! ああっ、今日はなんという日なのでしょうか! 創造神様! 異世界! 聖獣様に愛し子様!」
ものすごくキラキラした目でこちらを見てくるけど!? しかも踊り出しそうなテンション!
「あの、そもそも愛し子とは?」
「こちらの世界では神や聖獣、精霊などから特別に選ばれ寵愛を受けている者のことです。ご神託で現れると言われておりますが、少なくともここ200年ほどは記録にはありません」
「マジか」
今日そればっかり言っている気がするけど、それしか出てこないんだよ!
「大神官長様、そろそろ手を離さないと斬られます」
クィン様が大神官長様の肩を叩いて指さしたほうを見ると、ディルク様がすごい形相で大神官長様を睨んでいた。
「えー。別に彼のものじゃないのにぃ。私だってもっと愛し子様や聖獣様とお話したいぃ」
大神官長様、見た目とギャップがありすぎる。どう反応していいかがわからない。
「大神官長、そろそろその手を離して席へ戻ってくれ。話の続きがしたい」
「はぁ、殿下に言われたら仕方ありませんね」
渋々と、本当に渋々と言った感じで私から手を離して自席へと戻って行った。イケオジでイケボなのに、残念なイケオジだ!
「大神官長がすまなかったな」
「いえ……驚きはしましたけど」
「話を戻すが、今の話を聞いてもあなたには護衛が必要だと思う。あなたとモカ様は鑑定遮断されているようだからあなただけの行動なら気付かれにくいかもしれないが、どこから洩れるかわからないからな」
「護衛ですか……」
正直、邪魔かもしれない。まだ信用しきれないこの人たちにずっとついて回られるってことでしょ。家が見えてるってことは、神様お墨付きなんだろうけど、もう少し個人個人を知らないとなぁ。
「我々が信用できないか」
さすが一国の王子。年齢はわからないけど、鋭いな。
「しばらくはモカと一緒に行動するつもりです。もし何らかの理由で別行動をとることになった時だけ、護衛をつけていただけますか?」
「ディルクを貸し出そうと思っていたんだがな」
「はい? それこそダメです。団長さんなんですよね? 誰よりも殿下をお守りするべきです」
「私は私で戦えるんだけどね?」
「お断りします」
「残念だったな、ディルク」
「そうですね」
しっかりと頷かれた返事には、なぜ断ったという圧が感じられた。目を合わさないでいよう。怖い。
「では、こういうのはどうですか? モカ様はまだしもトワ様はこちらの世界のことをご存じではありませんよね? 私でよろしければお教えいたしますよ」
「それはありがたいお申し出ですが、大神官長様もお仕事があるでしょう」
「いまあなた方以上に優先するものはありません」
「それなら私の別宮から一人侍女をつけよう。その者から日常生活を学び、国や世界のことを大神官長から教わってはどうだろうか」
「侍女?」
「この別宮自体、女性はかなり少ないんだが、身の上がしっかりしており、我々に興味を示さない人間ばかりを厳選している。その中であなたの家が見える者がいればその者にしよう」
王子様もイケオジも団長もこの容姿だもんな。いろいろ大変なんだろうな。
「見える人がいたら、で良いですか」
「ああ、もちろん。こればかりは私にもわからないからな」




