5話 運命の人?
「ああっ、よかった! 声が出るようになったのですね!」
固まっていた空気を破ったのは、イケオジの声だった。
大神官長様が、私とモカ、ディルク様の前にクィン様を連れて立った。クィン様は、ディルク様に「良かったな」と笑顔で肩を叩いていた。……私ではなく?
「……どこか違和感とか気持ち悪いとかはありませんか」
手をぎゅっと握られてまだ繋いだままだったことに気が付く。どこか不安そうな声に顔をあげた。綺麗な顔の眉間にシワが寄ってしまっているし、タンザナイト色の瞳が微かに揺らいでいる気がする。
「はい、問題ありません。これがあなたの魔力、なのでしょうか。殿下の魔力はもう少し冷たい感じがしましたが、ディルク様の魔力はかなり温かいですね」
にこやかに回答したつもりだが、眉間のシワが深くなった気がする。なぜ!?
「温かい……」
ボソッと聞こえた声に耳を澄ます。
「はい、カイロみたいです」
「……カイロ?」
「あ、もしかしてこちらにはないんですかね」
まるで理解できないものを聞いたような顔をしている。なんて説明しようかと考えていたら、モカから衝撃の事実の念話が飛んできた。
『ママ、魔力を温かいと感じるのは、相性が抜群に良くないとわからないんだよ』
「え!?」
思わず声に出してしまい、慌てて口を押さえてモカの方に向き直る。なおその間も手は離してもらえない。
「失礼。あなたと聖獣様のお名前をお聞きしても?」
ディルク様が離してくれないままの手を、殿下が興味深そうにチラリと見てから、私とモカを順番に見た。
「大変失礼いたしました。私は、トワと申します。この子はモカです。改めてよろしくお願いいたします」
さすがに王子様相手に失礼だろうと、頭を下げる前に手を離してもらおうとブンブン振る。すると、ようやく繋いだままだったことに本人が気付いたのか、慌てて「申し訳ありません」と手を離してくれた。さっきまでの温かさがなくなり、少し淋しくなる私もどうかしている。
「モカ様とトワ様ですね」
「私のことはそのままトワとお呼びください。モカは聖獣だから呼び捨ては不敬かもしれませんが、私は平民です。畏まられるとちょっと……普通に話してくださるほうがこちらも緊張を和らげることができますのでぜひお願いします」
そもそも本当の名前ではないから思い入れなんてないし、好きに呼んでもらって構わないんだけど。
「ではお言葉に甘えて。いろいろ聞きたいことがあるため、私の別宮へ案内しても?」
「別宮? そういえばここはどちらなのでしょうか」
「ここは私の別宮、つまり自宅の中庭だな」
なんてことをしてくれたんだ! 人様のお宅に転移してしまうなんて! お宅って言う規模でもなさそうだけど!
「申し訳ありません! 王子殿下の自宅へ不法侵入していただなんて!」
勢いよく頭を下げると、モカが尻尾でくるりと私の体を巻くように寄せ付けた。
どこが安全な場所なの。不法侵入、モカがいなければ投獄まっしぐらじゃないの!
「ここと神殿が龍脈で繋がりを持っているから仕方ないんだよ」
そこ詳しく聞きたい、と思ったのは私だけではなかったようで、大神官長様とクィン様が目を輝かせながら近づいてきた。
「話が長くなりそうだ。まずは、応接室へ向かいましょうか。2人も。話はそれからだ」
殿下が冷静に二人を止めて、先触れを出すよう双子くんに指示を出している。その後ろをモカに興味津々の大神官長様とクィン様がついていく。
この二人、特に大神官長様は、実はかなりキャラが濃いんじゃないだろうか。
二人の後ろ姿を見ながらそんな事を思っていると、横に大きな影ができた。
「どうぞ」
手を差し出してきたのは、ディルク様。
これはもしや、エスコート? そんなことされたことないからわからないけど、そうな気がする。戸惑っていると、黒い手袋をした大きな手が私の手をサッと取り、自分の肘にかける。
「歩きにくければ仰ってください」
確かに身長差があるから、歩きにくいといえば歩きにくい。でも断れる? なぜか嬉しそうなこの顔見たら!
それに、手袋越しに伝わる体温に、まるで吸い寄せられるような感覚を覚える。
目が合うと、彼もなにかを感じ取ったのかじっと私の手を見ている。
「い、いえ。お気遣いありがとうございます」
「……こう言うのが正しいのかどうかはわかりませんが、災難でしたね」
本当に言っていいのかどうなのか一度ためらったあとに彼がそう言う。まぁ確かにそうだな。仲の良い家族とも引き離されて会えないし、仕事は無職だったからいいけど、色々気にはなっている。
「そうですね……でも、一番大事なモカがいますから」
モカはなにがあっても生涯守ると覚悟決めて引き取った子だ。日本だろうが異世界だろうがそれは関係ない。でも具体的にどうするにしてもこの世界のことを知らないと何もできないし、街へ出て本屋さんとかに行くべきかな。
うんうんと唸っていると、彼が肘にある私の手をこちらへ気付くようにトントンと軽く叩いた。
「ん?」
「私にできることがあれば何でも仰ってください。なにを置いてもあなたを優先します」
騎士の営業トーク的なもの? ここは適当に返事しておけば良いだろうか。
「嘘、ではありませんからね?」
こちらの返事を見越したかのように、うすく微笑んだ彼の顔は、有無を言わせない圧があった。
「ええっと、もし、そのような機会があれば……」
「ええ。では、その機会をつくりましょう」
「え?」
「殿下の許可が下りてからにはなりますが、街案内なんていかがでしょうか。ここは王都ですから賑やかですよ」
「……それは、モカも一緒でも良いものですか?」
「もちろん」
「行きたい!」
思わず彼の腕を両手でぐっと引っ張ってしまう。
「あっすみません! じゃないっ、申し訳ありません!」
慌てて腕を離そうとすると、それを上から押さえられた。黒い手袋の大きな手がぎゅっと握りしめてくる。
「私もいまから楽しみです」
タラシだっ! この人、自分の顔が全女性に効くってわかってやってるタラシだ!
危ない危ない、冷静になるのよ、永遠。顔で惚れても良いことはないわ。中身で惚れた人も最後にろくでもないことをしてくれたし……まあ、この際それは置いておこう。
この人のペースに巻き込まれたら危険だ。まだ何も知らない相手なのに、安心してしまいそうになる。
それになにより、こんな美形に慣れていない私なんて一瞬で落ちてしまう!
◇◇◇◇
一方、その二人を見ていたロキは、隣のロクと顔を見合わせた。
「あれ、ほんとに団長?」
「さっきもあの人の手握ったままだったよな?」
本当に自分たちの知っている団長なのか疑いたくなる場面ばかり見させられ続け、本物か疑いたくなってきた。
「あのディルクがああなるとはね。親友の僕ですら初めて見たよ」
「彼は大の女嫌いとして知られていますからねぇ」
大神官長様の言葉にロキは先ほどの団長の様子を思い返す。あの団長が、女性の手をあんな風に握るなんて。
数多の女性が言い寄ってきても、まるで見えていないかのように無視してきた人が。
「魔力のことがあるから余計じゃないか? あいつは誰とも魔力の相性が合ったことなかっただろう」
ふと、殿下に目をやると驚いた様子は一切なかった。それどころか、ひどく愉快そうに二人を見つめている。
――まさか、殿下はこうなることまで見抜いていたのか?
ロキはそう思うと同時に、殿下の食えなさに軽く肌が粟立つのを感じた。
「さて、どうするのが彼にとって良いのかな」
「ママに不利になるようなことしたら許さないよ」
ほくそ笑むリオレス殿下をモカ様が睨む。
「もちろんそんなことしませんよ。幸せになるなら、一人より二人でしょうから」
「……なんか信用できないよねぇ」
モカ様の言葉に、リオレス殿下以外の全員が心の中で同意した。




